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第十四話:猫の自警団結成と、手作りの傷薬 ~冬の森への採取は、過保護な黒猫執事と一緒に~

 北の離宮にたくさんの居候たちがやってきてから、数日の時間が過ぎていた。


 外の吹雪は相変わらず続いていて、真っ白な雪が降り積もっている。

 風の音は昼夜を問わずヒューヒューと鳴り響き、屋敷の分厚い石の壁を叩き続けていた。

 けれど、この石造りの屋敷の中は、とても暖かくて穏やかな空気に満ちていた。

 数十匹に増えた猫たちは、クロが定めた厳しいルールをしっかりと守って生活している。


 廊下の隅に作られた大きな砂場はいつも清潔に保たれ、爪とぎ用の丸太の周りには順番待ちの列ができるほどだ。

 粗相をして屋敷を汚す子は一匹もいなかった。

 クロによる躾もあるかもしれないが、それ以上にみんな、この暖かくてご飯がたくさんある場所を守るために、必死にルールに従ってくれているのだ。


「おはよう、みんな。今日も元気ね」


 私が一階のホールに顔を出すと、毛布の上で丸くなっていた猫たちが一斉に顔を上げた。


『おはよう!』

『今日も屋敷の中はポカポカで最高だニャ』


 彼らの明るい声を聞きながら、私は裏庭の温室へと向かうための準備を始めた。

 寒さを防ぐための上着を羽織り、裏口の重い木の扉を押し開ける。

 冷たい風が耳をかすめるけれど、すぐにガラスの温室の中へと足を踏み入れた。


 温室の中は、いつものように春のような暖かさだった。

 大根や人参の葉が青々と茂り、ハーブの良い香りがふわりと鼻をかすめる。

 私がいつものように水やりの作業を始めようとした時、畝の向こう側からガサガサという小さな音が聞こえてきた。


「誰かいるの?」


 私が声をかけると、葉っぱの陰から三匹の猫がひょっこりと顔を出した。

 先日、王都から逃げてきた痩せ細った三毛猫と、白黒のぶち猫、それに首輪をつけた元飼い猫だ。

 彼らはとても誇らしげな顔をして、前足で何かを押さえ込んでいる。


『カトリーナ様、おはようございますニャ』

『見てくださいニャ! こいつを捕まえたニャ!』


 三毛猫が前足をどけると、そこには丸々と太った野ネズミが一匹、動かなくなって倒れていた。

 畑の野菜を狙って、雪の中から温室の中に忍び込んできたのだろう。


「まあ、この野ネズミをあなたたちが捕まえてくれたの?」


『そうだニャ! この温室の大切な食べ物を守るために、俺たちで見回りをすることにしたんだニャ』

『カトリーナ様には、命を助けてもらった恩があるニャ。だから、俺たちにできることでお返しをしたいんだニャ』


 元飼い猫が、とても真剣な顔で言ってくれた。

 彼らはただ暖かな場所で保護されているだけではなく、自分たちから進んでこの離宮の役に立とうとしてくれているのだ。

 自警団のような役割を、誰に言われるでもなく始めてくれたことに、私はとても嬉しくなった。

 王都の人間たちから冷たい扱いを受けて逃げてきた彼らが、こうして自分たちの居場所を守るために立ち上がってくれている。


「ありがとう。本当に助かるわ。あなたたちがいてくれたら、この温室の野菜はきっと無事に育つわね」

『任せておけニャ! 一匹たりともネズミは入れないニャ!』


 彼らが嬉しそうにしっぽを立てていると、温室の入り口から威厳たっぷりの声が聞こえてきた。


『ふむ。下等な獣どもにしては、なかなか気が利くではないか』


 真っ白な毛玉のようなハクが、ゆっくりと歩いてくる。

 その後ろには、静かに歩幅を合わせるクロの姿もあった。


『王たる我の食事を守るというその心がけ、大変素晴らしいぞ。引き続き、見回りをするが良い!』

『はいニャ! 偉大なる王様のために頑張りますニャ!』


 猫たちはハクの言葉に大喜びして、深く頭を下げた。

 クロも彼らの働きぶりを見て、小さくうなずいている。


『立派な献身です。屋敷を清潔に保ち、さらに食料庫の防衛まで担ってくれるとは。執事としても、あなた方の働きを高く評価いたします』


 クロに褒められた猫たちは、さらにやる気を出して温室のパトロールに戻っていった。

 私はその頼もしい後ろ姿を見送りながら、彼らを受け入れて本当に良かったと心から思った。



 その日の午後。

 一階のホールで猫たちの様子を見ていると、玄関の扉を外から叩く音がした。

 クロが素早く扉を開けると、そこには雪まみれになった山猫のリーダーと、数匹の仲間たちが立っていた。

 彼らは森の周辺を見回りに行き、狩りをしてくれていたのだ。


『人間の姉ちゃん、戻ったぞ。今日は大きめの鳥が捕れたから、夕飯の足しにしてくれ』


 山猫のリーダーが、くわえていた獲物を床に置いた。


「いつもありがとう。みんなのおかげで、本当に助かっているわ」


 私がしゃがみ込んでお礼を言おうとした時、リーダーの右の前足から、赤い血が少しだけ滲んでいるのに気がついた。


「怪我をしているじゃない! どうしたの?」

『ああ、これか。ちょっと森の奥で、機嫌の悪い大きなイノシシと出くわしてな。かすっただけだから、大したことはないさ』


 リーダーは気丈に振る舞っているけれど、歩くたびに少しだけ足を引きずっているように見えた。

 大したことがないはずはない。


「無理しないで。すぐに治してあげるわ」


 私はリーダーの怪我をした前足にそっと両手をかざし、頭の中に清らかな水を思い描いた。

 イノシシの牙に毒やばい菌があったらいけないと思い、まずは浄化の魔法を使う。


「『キュア』」


 私の手から少し冷たい水が生み出され、前足を優しく包み込む。

 水が見えない汚れや毒を綺麗に洗い流していった。

 傷口が清潔になったのを確認して、私はもう一つ魔法を重ねた。


「『ヒール』」


 今度は温かな水が怪我をした部分を包み込む。

 水がスッと消えると、そこにはもう傷跡一つ残っていなかった。


『おお、痛みがすっかり消えた! 人間の姉ちゃん、すごい魔法だな。ありがとう!』

「これくらいお安い御用よ」

『でも、毎回姉ちゃんの魔法に頼るわけにもいかないな。俺たち森の生き物は、怪我をすると特別な草を食べて治してきたんだ』

「特別な草?」

『この近くの深い雪の下に生えているんだ。すごく傷の治りが早くなるんだぜ』

「冬の薬草ね……」


 その話を聞いて、私はとても興味を惹かれた。

 もしその薬草をたくさん採って保存しておくことができれば、私が魔法を使えない時でも、いつでもみんなの怪我の手当てができるようになる。


「よし、みんなのためにその薬草を採りに行きましょう。案内してもらえるかしら?」

『ああ、任せておけ!』


 私が立ち上がり、上着を取りに行こうとした時だった。

 暖炉の前で丸くなっていたハクが、不満そうに顔を上げて声を上げた。


『おいカトリーナ、外に出るというのか』

「ええ、みんなのために森へ薬草を採りに行ってくるわ」

『ならん! この真冬に我という偉大な王を差し置いて、家臣であるお前が勝手に出歩くことなど許可しないぞ!』


 ハクは毛を逆立てて、私の前に立ち塞がった。


「でも、薬草があればこれからの生活に絶対に役立つわ。すぐ戻るから」

『だーめーだ! あんな雪だらけの寒い場所に行くなど、考えるだけでも嫌だ! 我は暖かいこの場所から一歩も動かんからな!』


 どうやら、自分が置いていかれるのが嫌なだけではなく、寒い外に自分も引っ張り出されるかもしれないという警戒心があるらしい。

 寒がりな彼らしい反応だ。

 私が少し困って見つめていると、ハクは気まずそうに視線を逸らして鼻を鳴らした。


『……ふん。どうしても行くというのなら、クロを連れて行け。王の家臣が一人で外をうろつくなど、我の顔に泥を塗るようなものだからな』


 素直ではないけれど、彼なりの心配の裏返しなのだ。


『カトリーナ様。ハク様のご命令とあらば、私も同行いたします』


 クロが私の足元にやってきて、きっぱりと言った。


『森の中は危険が潜んでいるかもしれません。執事として、主の護衛は最優先の務めです。それに、採集の作業であれば、私の魔法がお役に立てるはずです』

「ありがとう、ハク、クロ。頼りにしているわ」


 私は厚手の上着を着込み、手袋をして、採集用のカゴを背負った。

 クロと山猫のリーダーたちと一緒に、雪の降る森の中へと足を踏み入れる。


 外は想像以上に寒かった。

 長靴の下で、雪がギュッ、ギュッと音を立てて沈み込む。

 吐く息は白く、少しでも立ち止まると体が芯から冷えてきそうだった。

 北の冬の厳しさを肌で感じながら、それでも足を進める。


『こっちだ。俺たちの足跡を踏んで歩いてくれば、雪に深く足をとられないぜ』


 山猫のリーダーが先頭に立ち、器用に雪をかき分けながら進んでいく。

 その後ろを私が歩き、クロが周囲を警戒しながら続いた。


 しばらく森の奥へと進むと、木々の間が少し開けた場所に出た。

 雪がこんもりと積もっているだけで、他には何も見えない。


『ここだ。この雪の下に、その草が生えているはずだ』


 山猫たちは一斉に雪を掘り始めた。

 前足を使って、ものすごい勢いで雪を横へと飛ばしていく。

 あっという間に深い穴が開き、黒い土が顔を出した。


『あったぞ! これだ!』


 山猫のリーダーが教えてくれた場所を覗き込むと、土に張り付くようにして、濃い緑色をした小さな葉っぱがいくつも生えていた。

 こんなに冷たい雪の下で、じっと耐えて命を繋いでいるなんて。

 その強い生命力に、私は感心してしまった。


「これが冬の薬草なのね。なんだかとても力強い色をしているわ」


 私は手袋を外し、そっとその葉っぱを摘み取った。

 少しだけ土の匂いと、爽やかなハーブのような香りがする。


『カトリーナ様、周囲の雪は私が風で飛ばしましょう。そうすれば、採集がもっと楽になるはずです』


 クロが前に出て、短く言葉を発した。

 優しい微風が地面を這うように吹き抜け、積もっていた雪を綺麗に横へと押しやっていく。

 おかげで、隠れていた薬草の群生が次々と姿を現した。


「すごいわ、クロ。これならたくさん採れそうね」


 私は寒さも忘れて、夢中で薬草を摘み取っていった。

 背負ってきたカゴが緑色の葉っぱでいっぱいになる頃には、指先がすっかり冷え切って赤くなっていた。

 けれど、心の中は温かい達成感で満たされていた。


『もう十分でしょう。カトリーナ様のお体が冷え切る前に、屋敷へ戻りましょう』


 クロの提案に従い、私たちは採集を終えて離宮へと引き返した。



 屋敷の厨房に戻ると、かまどの火がとても暖かく感じられた。

 冷え切った指先を火に近づけて、少しずつ温めていく。

 カゴいっぱいに採集した冬の薬草を広げながら、私はこれからのことを考えていた。


 私が魔法で怪我を治すこともできる。けれど、いつも私がみんなのそばにいるとは限らないし、何かの理由で魔法を使えない状況になるかもしれない。

 みんなの安全を守るためには、やはり、これは加工していつでも使えるようにしておくべきだ。

 それに、毎回雪を深く掘って採りに行くのも大変だ。


「根っこが残っている元気なものは、温室の隅に植えて育ててみましょう。そうすれば、いつでも新鮮な葉っぱが手に入るわ」

『それはすばらしい名案です。さっそく、私が温室の土を整えて植えてまいります』


 クロがカゴの中から状態の良い薬草をいくつか選り分け、口にくわえて温室へと向かっていった。

 頼もしい執事に手伝ってもらいながら、私は残りの葉っぱを見つめる。

 ここからが本番だ。


「さあ、残りを加工するわよ」


 私は手元に残った薬草を、大きな木のたらいの中にあけた。

 まずは、葉っぱについた泥や冷たい雪を落とさなければならない。


「『ウォータ』」


 空中の何もない場所から、澄んだ水が生み出される。

 その水はたらいの中の薬草を優しく覆い、葉の裏側についた細かい土まで綺麗に洗い流していった。

 汚れた水は別の容器へと移し、再び綺麗な水で洗う。

 この作業を何度か繰り返すと、薬草は鮮やかな緑色を取り戻して、明るく輝き始めた。


「洗う作業はこれで終わり。次はしっかりと乾かさないとね」

『私の出番ですね。お任せください』


 温室から戻ってきたクロがたらいの前に立ち、緑色の瞳を少しだけ細めた。


『風よ、優しく吹き抜けよ』


 クロから放たれた微風が、たらいの中の薬草を下から上へと持ち上げるように吹き抜けた。

 葉っぱの表面についていた水滴が、風の力で綺麗に吹き飛ばされていく。

 強すぎず、弱すぎない、ちょうどいい感じな風の調節だ。

 あっという間に、薬草は水気を失ってカラリと乾いた状態になった。


「ありがとう、クロ。すばらしい魔法ね」


 私は乾いた薬草を、石でできた大きなすり鉢へと移した。

 そして、太い木のすりこぎを両手でしっかりと握りしめる。


 ここからは、力と根気のいる作業だ。

 ゴリゴリ、ゴリゴリと、すりこぎを鉢の底に押し付けるようにして回していく。

 最初は葉っぱの形が残っていた薬草も、何度もすり潰すうちに、少しずつ細かな緑色のペースト状へと変わっていく。

 腕が少し疲れてきたけれど、休むことなくすりこぎを動かし続ける。

 王都にいた頃なら、泥のついた葉っぱを触ることすら許されなかっただろう。

 それが今では、自分から進んでこんな作業をしているのだから、人間とは変わるものだ。


 厨房の中に、薬草の独特な強い香りが充満し始めた。

 少しだけ青臭いけれど、森の奥深くを思わせるような、とても落ち着く匂いだ。

 この匂いを嗅いでいるだけで、体が元気になっていくような気がする。


「これくらいでいいかしら。とても良くなったわ」


 すり鉢の中には、綺麗な緑色をした薬草のペーストが出来上がっていた。

 私はそれを小さな木の壺にいくつか取り分け、しっかりと蓋をした。

 これで、いつでも使える手作りの傷薬の完成だ。

 怪我の手当てだけでなく、お湯に入れて飲めば、体を温める薬としても使えるはずだ。



 その日の夜。

 暖炉の火がパチパチと音を立てる食堂で、私は大きな木のお皿に温かいシチューを取り分けていた。

 ハクとクロ、それに数十匹の猫たちみんなが、美味しそうにご飯を食べている。

 温室の野菜と、森の恵みがたっぷり入った食事だ。


「今日も一日、みんなお疲れ様」


 私は自分の分のシチューを一口食べ、ほっと息をついた。

 手作りの薬草の香りが、まだ少しだけ指先に残っている。

 それは、私がこの場所で、みんなの役に立てているという確かな証拠のように思えた。

 王都から逃げてきた猫たちも、森で生きる山猫たちも、今ではすっかり一つの大きな家族のようになっている。


 明日はどんな一日になるだろうか。

 温室の野菜はどれくらい取れるだろうか?

 それに、今日採取した薬草はちゃんと育ってくれるだろうか?

 

 それに、鶏たちも温かい卵を産んでくれるだろう。


 楽しみなことが多すぎて、厳しい冬の寒さなんて少しも気にならない。

 私は、にぎやかな食事の風景をゆっくりと眺めながら、心からの幸せを噛み締めていた。


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