14
鬱状態の主人公は書くスピードが遅くなる。
「ただいまっ!! って、部屋暗っ!!」
ユゼルがたくさんの荷物を抱えて現れる。
ただいまという言葉に、お前の帰る場所はここではないだろうと怒鳴りたくなるのを必死に抑える。
「リューちゃん。どうした? カラクレナイ。リューちゃんを虐めたの~?」
「虐めるわけないだろう」
じっとこちらをユゼルが覗き込んだと思ったらカラクレナイの方を睨んで問い詰めていく。
「カラクレナイに虐められたら言ってよね。俺がとっちめるから」
その言い方が、自分ではなくカラクレナイの方が身内扱いしているような響きでより表情が歪む。
「ユゼル……」
それが寂しくて悲しくて、苦しくて怒りが湧いて……ああ、これが嫉妬という感情かと悟る。
「リューちゃん? どうしたの?」
「……………」
自分を見てくれる蒼い瞳に安堵する。
皮肉なものだ。人間の嫉妬という感情を学んだ時になんでこんな愚かなことをするのかと呆れたものだが、こうやって体験すると気付く。
ああ、誰かを自分のモノにしたいという感情は至極当然なものなのだと。
「ユゼル。帰ろう。………って、言っても」
自分の元に帰って来てくれと告げるが、きっと頷かない。それが理解できる。………理解できてしまったのが辛い。
「お前は帰ってこないんだろうな」
「リューちゃん」
「……………カラクレナイ達と一緒の方が楽なのか」
寂しい。悲しい。
「…………ねえ。リューちゃん。俺さ。人間の真似をすれば人間の思考も分かって生きやすいと思ったんだよね。ほら、野良猫は人間に媚びて生きていくからね」
「……………」
「でもさ、それで野生の本能を捨てるのは別でしょ。大事な自分の才能を踏み潰すようなもので……。でね、そんな迷いもあって、人間を見ていたら気付いたんだ」
「何に、だ?」
「完璧な人間と言われているのはそんな形にはめ込まれて長所を失っていないかと」
「……………」
「……絵が好きな子供が居たんだ。でも、子供の家は学問で有名な家で、子供に向かって告げるんだ。【そんな遊びを捨てなさい】とでも、子供の絵は場所が変われば評価される。………【完璧な人間】は環境や住む場所によっても形が違う」
それは本当に完璧なのか。
「そこから考えると主にも疑問を感じるんだ。主は【完璧な人間】なのか? って」
「しゅ、主君は……」
否定しようと思ったが言葉は出ない。そうだ。主君は魔術師としては【完璧】かもしれないが、人の輪に入れない時点で【完璧な人間】とは言えない。
「疑問に思ったらだめだった。人間の真似っこしていると思った時点で俺は人間になれないと判断して、自分を歪めているのが辛くなった」
「……………」
「リューちゃんは思ったことない?」
何か言うべきだったが言葉が浮かばない。もともと弁が立つほどではない。人間関係のごたごたで何回も仕事をクビになった。クビになるたびに【完璧な人間】ではない仕事場の者を責めていた。
だけど……。
「分からない……」
疑問に思ったことすらなかった。そう言うのものだと思っていた。
「そっか……」
自分の返答にユゼルはどう答えればいいのか笑い。
「とにかく、俺は帰らない。帰れない。きっと、帰ったら俺は俺でなくなる」
「……………」
「俺は自分を捨てれない」
拒絶。
明確に線引きされて、その中に入るなと告げられたような気がする。
「………帰る」
辛うじて告げれたのはそれだけ。
「うん。気を付けて」
帰る場所が同じではない。それが辛い。
胸が痛む。
そっと外に出る。すでに暗い時間で星が出てきている。
「リューステイン」
外を歩き出したらカラクレナイに呼び止められる。
「お前がいいのならいつでもここを帰る場所にしていいからな。迷ったらくればいい」
居候が増えても困らないと告げてくる声に、どんな返事を返せばいいのか分からない。
だけど、帰っていいと告げられて浮かんだのは、ユゼルとギンネズが楽しそうに話をしているのを笑って聞いているカラクレナイ。いつまで話をしているんだと呆れながらもずっと聞き役をしている自分の光景。
…………想像してしまった。想像できてしまった。
「自分は……」
同時に浮かぶのは、かつて死にかけていた子犬だった自分を助けてくれた主君との記憶。
「主君を…………裏切ることはできない」
裏切るという言葉が出てくる時点で心が揺れ動いているのだと理解した。だけど、正しいことが分からない。
「そっか」
無理に引き止めないカラクレナイが、
「でも、たった一つ。俺から言えるのは。迷ったら心のままに動いてみる。俺はそうして過ごしてきた。悔やむかもしれないけど、たぶん、もう片方の道を選んでも同じように悔やむものだ」
それが心を持つということだろうなと笑って告げられた。
「心のままに……」
自分のしたいことは……。




