#05 休息
投稿忘れるとこだった☆てへぺr((
マリを繋いで小屋に入ると、既にルミナがテーブルに座っていた。
「ありがとう」
「おう」
返事をして椅子に手をかけ、座ろうとしたところで動きを止める。
「……どうしたの?」
「……」
どうしたもこうしたもない。
「汚え」
そう、汚い。埃っぽいどころではない、埃まみれだ。
「えー、細かいなあ。どうせ今日は寝るだけでしょ?」
「それでも女か」
どんだけずぼらなんだ。
じとっと目を細めてルミナを見ると、彼女は慌てて手を振る。
「じ、冗談だもん! 本当にめんどくさいとか思ってないもん!」
「……まあ、そういう事にしておくか」
言いながら、壁に掛かっていた箒を取る。ルミナもこちらに寄ってきた。
「はいよ、箒」
「……」
箒を差し出すと素直に受け取ったが、黙って俯き気味にじっと見つめられた。
「……どうした」
「…………なんでもないっ」
不思議に思って尋ねると、それだけ告げて走り去ってしまった。
なんなんだ、一体?
とりあえず、俺も箒とちり取りを装備して掃除を開始する。部屋の隅に向かっていき、ざ、と床を掃く。一度しか掃いていないのにも関わらず、目視できるほどの量の埃が舞う。
「……どんだけ使ってなかったんだ……」
もしくは掃除をしていなかったかだが。行商人とは、案外面倒臭がりなのかもしれない。
文句を言っていても始まらないので、とにかく一心不乱に掃き続ける。
舞う、埃。
「……っくし」
出る、くしゃみ。
仕方ないだろう、こんだけ埃が舞っていればくしゃみの一つも出たいはずだ。
「っくし」
……誰か悪い噂でもしているのだろうか。心当たりが多すぎて見当がつかない。
ずび、と鼻をすする。この分だと布団もしっかり手入れしなければならないだろう。ダニにでも噛まれたらたまったものではない。
一度埃を集めて、ふうとため息をつく。幸いと言うべきか、馬鹿みたいに広いわけでもないので、そんなに時間はかからなそうだ。
ゴミ箱を見つけ、埃を投入した直後だった。
「――きゃあ!?」
「!?」
ルミナの悲鳴が響く。
「ルミナ!?」
先程の件もある。もしや、何かが襲ってきたのだろうか。
「し、シオン!! 早く来て!!」
明らかに脅えた声で俺を呼ぶ彼女。何かあったに違いないと、急いで声のした方に駆ける。
「どうした!?」
「シオンっ」
涙目になったルミナが飛びついてくる。ひどく脅えているようだ、小さく震えている。
「落ち着け、何があったんだ」
『落ち着け』とは言ったが、俺もわずかばかり動揺しながら尋ねる。そっと肩に手をやると、両手はしっかりと俺のシャツを掴んだまま、ルミナが訴える。
「し、シオン、へび、蛇が、蛇が!!」
「蛇?」
一体どんな大事があったのだろうと警戒していたため、予想もしなかった単語に眉をひそめる。
対するルミナは後ろ――つまり俺の正面だが――を指差し、今にも泣き出しそうな様子で更に訴えてきた。
「蛇、蛇がにょろにょろしてるの!!」
「……ああ、なるほど」
見ると、台所の隅で縄のようなものがうごめくのが確認できた。
「大丈夫だ、青大将かなんかだろう。片付けてきてやるから」
「わ、わかった」
頷くのを確認して、ぽんと彼女の頭に手を置く。幸い箒はまだ持っているので、これで追い払えるだろう。さすがに素手で触るのはごめんだ。
臨戦態勢になって近付くと、蛇も何かを察したのかにょろにょろとはいずり始める。片付けると言った手前、どうしようかと視線を回すと、裏口のような扉が目に入った。あそこから追い出せそうだ。
「し、し、シオン、早く、早くっ」
「ちょっと待てって」
扉を開け放ち、蛇の近くまで行き箒でつんつんとつつく。彼(彼女?)はくねくねと身をよじり、扉の向こうへと脱出していった。
もう迷い込むなよ、と心の中で語りかけながら扉を閉める。
「……ほら、もう大丈夫だろ」
「あ、ありがとう。
……大丈夫、よね?」
振り返りながら言うと、辺りを見回しながらルミナが尋ねてきた。半分呆れながら、掃除に戻ろうと歩を進める。
「ついこの間暗殺者二人と対峙して、今日は追いはぎ相手にしたのに、蛇は駄目ってか?」
半分冗談で言うと、ムッとした顔をして反論された。
「そりゃ、私だって女の子だもん。蛇くらい怖がってもいいじゃない」
「……そうかい」
その割には、人間相手じゃ動じてなかったが。
自覚するくらい素っ気ない返事になってしまった。ルミナは更にムキになって噛み付いてくる。
「何よ! いいじゃない、ちょっとくらい怖がったって! キャラじゃなくて悪かったわね!!」
「そこまで言ってないだろうが」
内心、少しそう思っていた節もあるが。
「……全く、お姉さんぶってみたり、女の子主張してみたり……」
「……あっそう、そういう事言うんだ?」
「じゃあどうしろって言うんだ」
明らかに苛立った口調で言われた台詞に、思わず俺も荒い口調で返す。勢いでルミナに振り返り、じっと睨んだ。
「言い方ってものがあるでしょう」
「俺にそんなもの求めてどうするんだ。……つうか、蛇くらい一人で退治出来るだろうが」
「怖いものは怖いんだから仕方ないでしょう!?」
「だからそれを直せと!」
「怖かったんだもん!!」
ルミナが、一際大きな声をあげた。
ハッとして顔を見ると、目尻には涙が溜まっていた。
「怖かった!! 本当はあの暗殺者二人を目の前にした時だって、さっき追いはぎを相手にしてた時だって、死ぬほど怖かった!! 本当は、本当は……貴方も、貴方と初めて言葉を交わした時も、怖かった……!!」
「ルミナ……」
……驚いた。同時に、自分の愚かさに気付かされた。
怖いなんて、職業のせいで最近はほとんど麻痺していた感情だったからだろうか。襲われた時、でなくとも殺意を剥き出しにした相手と対峙する時は、どんな胆の座った男でも焦燥感くらいは覚えるだろう。まして、ルミナは女性だ。
『大丈夫』なんて、強がり以外の何物でもなかったのだ。
その事に、気付かなければいけなかった。
「……ごめん」
「……」
短く、小さくだった。
それは、必要最低限の謝罪。だが、余計な言葉は、含めなかった。ルミナは、俯いて、ただ肩を震わせている。両手は、自分の服の裾を握りしめている。
一歩、足を踏み出す。ほとんど無意識だった。彼女も軽く反応する。
「悪かった。当然だよ」
「……!」
自分でも、どうしてそうしたかは解らない。
「怖くて、当然なんだよな」
「しぉ……!?」
解らない、が。
ただ、しっかりと彼女を抱き寄せていた。
「ぁ、……っ、な、シオン……?」
「……だって、そうだろう? あの時、俺が傭兵だって言うまで待ってたのだって、本当は、アンタが怖がっていただけかも知れなかったんだ」
目の端に、赤くなったルミナの耳が映った。当然か。いきなり異性に抱き着かれたら、赤面しない方がおかしい。
だが、構わない。
「だから、ごめん」
「……っ」
そっと言うと、ルミナが小さく反応した。そっと体を離すと、今度はほんのりと頬を赤く染めた彼女の顔が見えた。今更になって、気恥ずかしさが一気に襲ってくる。
「……だから、その、なんだ? なんつーか……俺も、頑張るから」
「……ふふっ」
ぽりぽりと後頭部を掻きながらしどろもどろに言うと、ルミナに失笑された。情けない気分にもなったが、笑っているなら、まあ……いいか。
「なんか、不思議。朝は『器用そう』って言ったけど、貴方実は不器用なの?」
「俺に聞かれても……」
とっ、と、軽く身体を傾けられ、再び肩を支えなおす。どうしたのかと問う前に、細い腕が背中に回された。
「ルミナ?」
「いいから」
胸に顔を埋められ、身体が密着する事に多少――いや、それなりに――どきまぎしながら問うと、さらに強く抱き着かれた。
先程自分がした事と同じとはいえ、さすがに戸惑いを隠せない。
「なんだよ、急に」
「先にこうしたのはシオンでしょ?」
「……そうでした」
指摘され、それ以上の言葉を返せないでいると、ルミナが小さく声をかけた。
「……ね、シオン」
「うん?」
彼女の頭を見るような形で、視線を下げる。胸元の彼女は顔を上げる事なく、穏やかに尋ねた。
「……泣いても、いい?」
「……ああ」
素っ気なかったかも知れない。返事をして、そっと頭を撫でた。
「……ありがと」
ぎゅ、とシャツを握ったかと思うと、ぐす、ぐすと鼻を鳴らす音が耳に届いた。慰める言葉など、簡単には思い付かず、ただそっと、彼女の頭を撫で続けた。
……どのくらいそうしていただろう。しばらくして、大きく息を吐きながら、彼女がゆっくりと顔をあげた。
「ありがと。すっきりした」
まだ目は赤いが、落ち着いてはいるようだった。
「おう」
「ごめんね、シャツ濡らしたかも」
「気にするな。すぐに乾くさ」
ぽんぽんと頭に手を置き、離れてから側に立て掛けてあった箒を取る。
「アンタは休んでろ。すぐ終わるから」
気遣いのつもりだった。泣いた後にすぐ動くのは億劫だろうと思った結果だ。
「ううん、私もやる」
「へ?」
ところが、意に反して、彼女は自分の持っていた箒を取る。これには俺も面食らって、情けない声をあげてしまった。おかしかったのか、くすくすと笑いながら付け足された。
「一人より二人の方が早いでしょう?」
「……なるほど」
ごもっともな意見だった。
■ ■ ■
「――よし、終わり! お疲れさまっ」
「おう」
使うだろう部屋を全て片付け終わる頃には、時計は既に午後八時時を回っていた。ここに着いたのが六時くらいだったから、結構長い時間掃除をしていた事になる。
そして現在、ルミナはすっきりとした顔をしてテーブルに着いており、俺はぐったりとテーブルに頭を預けていた。
「おかげで助かっちゃった♪ やっぱり男の子は違うわね」
「そりゃあどうも」
何故、俺が疲労困憊の状態なのかといえば。
なんの事はない、力仕事を全て任されただけである。
「……もっと筋トレしようかな……」
「まあまあ、そう拗ねないの。今コーヒーでも入れてあげるから」
「……ブラックがいい」
「はいはい」
腕をだらしなく下げながら言うと、慰めの言葉が返ってきた。特に反抗する必要もない、というよりはむしろありがたいので素直に返事をする。
力仕事とはいえ、何十キロもの荷物を運んだというわけではない。せいぜいが、布団を一人で運んだり、、今日明日の分の食材を一人で運んだり、風呂の為の薪を割ったり、……薪って、必要だったのだろうか。
……考えてみれば、結構重労働だな……
「はい、コーヒー。まだ熱いから気をつけてね」
「……ん、ああ」
コト、と、目の前にカップが置かれた。身体を起こすと、ルミナが隣に座る。自分のカップを置くと、俺をじっと見つめてきた。
「……どうした」
居心地が悪くなって尋ねると、彼女は頬杖をつく。にこにこと笑みを浮かべ、それ、とカップを指差した。
「コーヒー、いい豆使ってるからさ」
「……?」
はて、と考えたが、なおもじっと見つめてくるので、ああ、と思い付く。
見つめている、のではない。観察しているのだ。俺を。
「……いただきます」
「どーぞ」
つまりは飲めという事だろう。一度肩を竦めてからカップを手にとるが、さして気にしている様子はないようだ。
カップを傾け一口含み、素直に驚いた。
「うまい」
「でっしょ!? コーヒーは自信があるのよね♪」
ふっふーん、と胸を張って見せる彼女。コーヒーの良し悪しなど全く解らないが、とにかく飲みやすくて香りがいい。独特のクセも気にならない程度で、濃さも全く丁度よかった。
「店でも出したら売れるだろうな」
「あら、誉めても何も出ないわよ?」
もう一口啜りながら言うと、そうは言うものの顔は嬉しそうだ。顔に出るタイプなのだろうかと考えてみたが、付き合いが浅い以上余計な詮索はよくないかと思い直す。
さて、と、飲み干したカップを置いて立ち上がる。
「じゃあ、飯は俺が作ろうか」
「本当? いいの?」
……『大丈夫なの?』と言っている。顔が。
「……これでも、あんたが雇う前は一人暮らしだったんだけどな」
「え、いや、そんなつもりじゃないのよ?」
あはははー、とあからさまにごまかした笑みを浮かべる彼女を余所に、用意した食材を確認してみる。キッチンの上にあったのは、パスタと玉葱にトマトがたっぷり、それから挽き肉。
「……ミートソースか……」
「……だから心配なのよ」
……私もうまくできた事ないし、とは、聞かなかった事にしておく。
「まあ、……期待はするな」
「そのつもりよ」
なるほど、ミートソースを一から作るとなれば相当の時間がかかるはずだ。心配されても仕方ない。
とにかく、鍋とフライパンを取り出し、それぞれに水と油を入れて温める。言うまでもないが、鍋はパスタ用、フライパンはソース用だ。
玉葱を刻んでいると、おお、という感嘆が聞こえてきた。
「よく玉葱を泣かずに……」
「……慣れた、からか?」
血も涙もなんとやらという言葉を思い出し、返した台詞が疑問形になった。
「私玉葱ダメなんだぁ。絶対号泣するのよね」
「そんなもんじゃないのか?」
「私の場合、炒めてても泣くもん」
涙腺緩いから、という台詞が聞こえたが、それ以前の問題のような気がする。
とにかく、トマトも刻み終えたところで、玉葱を炒め始める。温めると刺激成分が余計に飛ぶという話を聞いたことがあるが、なるほど、弱い人なら確かに辛いかもしれない。
二人とも空腹だったので、それ以降はこれといって会話が続かず、二言三言言葉を交わしただけだった。最後にパスタの水気を切り、煮詰まったソースをかけて出来上がりだ。
「お待たせいたしました」
「なんか、シオンが言うと胡散臭いかも」
「ほっとけ」
笑いながらかけられた言葉に、少し肩を落としながら答える。コト、と皿を置くと、ルミナはじっとパスタを見つめる。
「見た目は普通に美味しそうね」
「……食えなくはないと思うぞ?」
俺が相当な味音痴でない限りは。
「ま、百聞は一見に如かずってやつよね」
「それって用法合ってるのか?」
言いたい事は解るが。
なんともいえない表情になる俺を余所に、彼女は手を合わせ、いただきます、と挨拶する。先程彼女がそうしたように今度は俺も観察してみたが、彼女はお構いなしにパスタを口に運ぶ。そして、ひどく大袈裟に驚いて見せた。
「……美味しい」
「そりゃあどうも」
子供のような反応に、苦笑気味な表情になるのを自覚して、俺もパスタを一口啜る。
「本当だよ? 茹で加減も丁度いいし、短時間だけど味もしっかりしてるし」
「そのくらいなら、普通に料理してれば出来るだろ」
大食いという意味ではなく、いい食べっぷりに苦笑する。こうも美味そうに食べられると、嬉しいような、恥ずかしいような。
「だって、自分で作ったら美味しく出来ないもん。そりゃ、食べられるモノは出来るけど、いっつも味加減とか加熱の加減とか分からなくなって……って、そんな話じゃないわよね」
自分で入れたコーヒーを飲んで一息つき、彼女は再び俺を向いた。
「とにかく、美味しいのは間違いないわ。行商やめたら本当にお店出そうかな」
「それは……」
無謀なんじゃないのか、と言いかけたが、やめた。そもそも俺から言い出した事だし、下手な事を言って機嫌を損ねたらたまったものではない。それよりも、今は完食を目指す事の方が先だ。
「……ごちそうさまでした」
「早っ」
俺が再びパスタに手をかけようとした直後、隣からそんな声が聞こえてきた。思わず突っ込むが、心外ね、と呟くくらいで、機嫌を損ねた様子はなかった。どころか、
「シオンが遅いだけだもーん。余は満足じゃ」
「いつの時代の台詞だ、それは」
おどけてみせるくらいには、機嫌がいいらしい。……これが通常運転かもしれないが。
「とにかく、お皿は私が洗うから、早く食べちゃってね」
「了解」
自分の分の食器をキッチンに運ぶ彼女を横目に、再度(といっても何度目かはわからないが)パスタを口に運ぶ。今度こそひたすら胃に詰め込み、出来るだけ皿を汚さないように完食する。
「……ごちそうさま」
「はい、お粗末さま……って、それは失礼かしら」
俺の隣に来ていたルミナだったが、ふむ、と数秒間考えていたが、まあいいかと一言呟く。
……まあ、気にはしないが。
俺の分の食器を手にした彼女は、立ち上がって台所に向かっていった。
「悪いな」
「どういたしまして。それより、シオンはベッドの方お願い」
「了解」
返事を受け、軽く口周りをなめ回しながら立ち上がる。行儀が悪い自覚はあるが、直すつもりもない癖だ。
布団は先に棚から降ろしてあったので、さほど時間はかからずにベッドメイクは出来た(無論、布団も一度掃除機をかけてある)。
ふぅ、と一つ息をつくと、キッチンの方からガタゴトと物音が聞こえてきた。
「……?」
何か落としたりでもしたのだろうかと考えながら扉に向かうと、音がドタバタという響きに変わった。
あ、やばい、と悟った時には、
「〜〜〜〜ッ!!」
「ぐほぁ!?」
既にドアノブを捻ってしまっていた。
声になっていない悲鳴を上げて駆けてきたルミナは、ラグビー選手さながらのタックルを決めて――もとい、抱き着いてきた。
「――ッ、今度はどうしたっ」
多少咳込みつつ、倒れそうになったので必死に踏ん張る。
……やはり、鍛え直すべきだろうか……。
「〜〜ぅうぇえぁあぁぁあぅぅぅ!!!!」
「落ち着いて喋ってください」
最早正体不明の言語にしかなっていない。
深呼吸を促すと、胸に手を当てて、大袈裟に深呼吸してみせた。
やっぱり、これが素なのだろうか。
「だ、だだだ台所にヤツが!!」
「効果無しか」
じゃあ何故あんなに深く深呼吸したんだ。
「んで、何が出たって?」
「ご、ごき、ごき、ごき!!」
「……ああ、なるほど」
……どうやら。
こういった騒ぎからは、縁が切れそうになかった。
どうやら私がほのぼのを書こうとすると長くなる傾向があるようです まる←
次の投稿までまたちょっと空きます。
次回あたりからちょっと違う展開できたらいいな。