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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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09 熊男登場

「きゃっ……!」


 リリアンナの小さな肩が、びくりと跳ねた。


「閣下ァ! 魔物討伐部隊、ただいま戻りましたああ!」


 食堂の空気を震わせる大声とともに、ひとりの大男が踏み込んでくる。戸口をくぐるとき、彼はひょいと首をすくめた。そうしなければ、頭が扉の上枠にぶつかってしまうのだ。


 ガレスも大きいが、食堂に入ってきた男はそれよりさらにひと回り大きい。まるで森の熊が、そのまま屋敷へ迷い込んできたかのようだ。


 ふわふわと好き勝手に跳ねた金色の髪に、澄んだ青い瞳。歳はガレスと同じくらいだろうか。

 その視線が、まずガレスをとらえた。それから横へ流れて——リリアンナのところで、ぴたりと止まる。

 ぱちり、と一度まばたきをして。


「美人だ——————!?」


 グラスがびりびり震えるほどの叫び声。リリアンナは目を丸くしたまま、思わず両手で耳をふさいだ。


「バルド。声を落としてください。……驚かれています」


 ガレスが眉を寄せて窘(たしな)める。だが、熊男——バルドは止まらなかった。


「え!? 閣下、こちらが例の仮婚約者様ですか!? 天使!? それとも女神!? 本当に実在してます?」

「……声量を、落とせと、言っています」

「いや、だって!」


(とても元気な方ね……)


 嵐のような勢いに、リリアンナはぽかんとしたままバルドを見上げた。その先で、澄んだ青い瞳と視線がぶつかる。

 するとバルドは、にかっと歯を見せて笑った。丸太のような両腕を身体の脇にぴったりとつけ、勢いよく頭を下げる。


「失礼しましたッ! 俺、ヴァルグレイブ領の討伐部隊で隊長を務めております、バルドって言います!」


 挨拶の声まで、やはり大きい。

 リリアンナは座ったまま背筋を伸ばし、膝の上で両手を揃える。


「リリアンナ・ルベルハルトと申します。よろしくお願いします、バルド様」

「うわっ、声も可愛い!」

「……バルド」

「すんません、閣下ァ!」


 バルドは頭を抱えて謝りながら、はっと何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、そうだ閣下。報告を忘れるところでした! 東の森にでた魔物、全部やっつけてきました!」

「……ご苦労でした。怪我人は」

「ゼロです!」

「あら。王都でも魔物の討伐をなさっているのですか」


 リリアンナが小首を傾げる。バルドは待ってましたとばかりに胸を張った。


「王家から要請があったんです! なんせ、うちは魔物退治の専門家みてえなもんなんで」

「まあ……。頼もしいのですね」


 リリアンナが感心したように目を細めると、バルドの顔がぱあっと輝いた。


「褒められた! 閣下、俺いま褒められましたよ!」

「…………バルド」

「すみません、閣下ァ!」


 ガレスとバルドのやりとりに、食堂のあちこちに控えていた使用人たちから笑い声がこぼれる。


 そこへ、バンッと勢いよく食堂の扉が開いた。

 入ってきたのは、つい先ほど食堂の前で別れたばかりのレオンだった。眉を吊り上げ、こめかみに青筋を浮かべていた。


「バルドッ!」


 レオンはつかつかとバルドに歩み寄ると、その耳をむんずとつかんだ。それから一転して、ガレスとリリアンナへ丁寧に頭を下げる。


「このマヌケはすぐに回収いたします。お食事中に、大変失礼いたしました」

「いだだだだっ! レオン、耳! 耳がちぎれるって!」

「まったく、お前という奴は……! 今夜は食堂に立ち入るなと言っておいただろう!」


 叱りつけながら、レオンは自分よりはるかに大柄なバルドを、食堂の外へ引きずっていく。


「閣下ァ〜〜……!」


 情けない声だけを残して、扉がばたんと閉まった。


 嵐が去った食堂に沈黙が落ちる。

 ガレスは咳払いをひとつすると、リリアンナのほうへ向き直った。


「……騒がしくして、申し訳ありません。悪い奴ではないのですが」

「いいえ。とても楽しい方ですね」


 リリアンナは口元に手を添えて、くすりと笑った。


 その後の食事は、乱入者も現れず平和に進んだ。

 皿がすべて下げられると、ガレスが席を立つ。


「部屋まで、お送りします」


 夜の廊下に二人分の足音が響く。ガレスの歩調は、やはりぎこちなかった。


「今日は辺境伯様とたくさんお話ができて、本当によかったです。お料理もとても美味しくいただきました」

「……俺も、です。その……話せてよかった。料理のことは、料理長に伝えておきます。……きっと、喜びます」


 ぽつりぽつりと言葉を交わすうちに、気づけば客間の前まで来ていた。


「今日は一日、気を張っていたでしょう。早めに休んでください。あとで侍女を向かわせます」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 客間の扉の前で、リリアンナは振り返って膝を折った。


「おやすみなさいませ、辺境伯様」

「……おやすみなさい」


 扉が閉まると、ガレスは踵を返して廊下を歩きだした。その足取りは、どこか軽い。


「旦那様」


 廊下の向こうからハンスが歩いてきた。主人の顔を見るなり、皺の刻まれた目元をやわらかく細める。


「リリアンナ様は、お休みになられましたか」

「はい。……今、お送りしたところです」

「さようでございますか。いや、まことにお優しいお方でございますな。あのようなご令嬢にお越しいただけて、この老骨も胸をなでおろしております」

「……はい。俺も、そう思います」


 ガレスはうなずき、少し考えてから言葉を継いだ。


「辺境のことにも、興味を持ってくれました。……好奇心が強い方なのか、どんな話も楽しそうに聞いてくれて」

「ええ、ええ。食堂で目を輝かせておられたお姿、使用人一同、しかと拝見しておりましたとも」


 ハンスは満足げにうなずくと、ふと思い出したように手を打った。


「そうそう。商会から連絡がございました。辺境へ送る物資の準備が整ったそうです。確認には、いつ参られますか」

「商会……」


 ガレスはそう繰り返して、顎に手を当てた。

 しばらく黙り込んだあと、何かを思いついたように金色の瞳を見開いた。


「……明日、行きます」

「明日でございますか。リリアンナ様がお越しになったばかりですのに、よろしいのですか」

「はい。……だから、です」


 短く答えたガレスの耳たぶが、ほんのりと赤い。


「かしこまりました。では、明日の朝に馬車を手配いたしましょう」

「お願いします」


 ガレスはひとつ頷いて、また廊下を歩きだす。

 その大きな背中を見送りながら、ハンスは皺の刻まれた目元をいっそうやわらかく細めた。

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