08 景色は綺麗です
それからの食事は、なごやかに進んでいった。
リリアンナは話の運び方がとても上手だった。他愛のない話題をいくつも差し出し、ガレスが一言で返しても、その言葉を拾っては、話をふくらませていく。
給仕が皿を運んでくれば礼を言い、壁際に控えた使用人にも、ときおり声をかけた。そのたびに食堂の空気がやわらぎ、気づけば会話は一度も途切れていない。使用人たちは互いに目を見交わしては、うんうんと頷き合っていた。
ガレスは、向かいで楽しそうに話すリリアンナを見つめた。
口下手な自分を相手にしても、退屈そうな顔ひとつ見せない。
(……素敵な人だ)
いつしかガレスが追っていたのは、整った顔立ちではなく、彼女の言葉のひとつひとつだった。
(……こんな人が妻になってくれたら——)
ガレスがそう考えかけたところで、リリアンナがフォークを置き、こちらを見上げた。
「あの、辺境伯様。よろしければ、ヴァルグレイブ領のことを教えていただけませんか」
「……領地のことをですか」
「はい。辺境伯様が治めていらっしゃる土地がどのような場所なのか、とても気になりますわ」
それを聞いた使用人たちの目が、いっせいにぎらりと光った。
(旦那様、ここです! 売り込みどころです……!)
(辺境のいいところを、たっぷりお伝えするんです……!)
いくつもの熱い視線が、四方からガレスへ突き刺さる。
ガレスとて分かっている。ここで辺境の良さを伝えられれば、リリアンナの心証はきっと良くなるはずだ。
けれど分かっているからこそ、頭の中が空回りを始めた。
(辺境のいいところ……。いいところ……。そういえば、北の砦から魔物の目撃が増えていると報告があった。あとで討伐隊に見回りを増やすよう指示を……いや、違う。仕事の話ではない。いいところ……冬は厳しい。戦が起こることもある。……違う、それは悪いところだ。誇れるもの……そうだ、交易品なら。鉱山資源と、魔物の素材は——)
考えれば考えるほど、浮かんでくるのは領主としての仕事のことばかりだ。
そうしてガレスが、ようやくひねり出した言葉は——。
「……冬は厳しく、魔物も湧き、時に戦も起こります。交易に出せるものは、主に鉱山資源と、魔物討伐で得られる素材です」
以上。
飾り気がないにも程がある。
使用人たちは、心の中で盛大に頭を抱えた。
(旦那様ああ! 物騒な話と商売の話しかしていません!)
(もっとロマンチックなのを……いや、旦那様には無理か!)
言い終えてから、ガレス自身も気づいたらしい。
がくりと肩を落とし、大きな背中を丸める。膝に両手を置いて項垂れたまま、真っ白に燃え尽きたように動かなくなった。
見かねた使用人の一人が、身を乗り出すようにして声を上げた。
「り、リリアンナ様! 辺境は確かに厳しいところもありますが、いいところもたくさんあるんですよ!」
それを皮切りに、ほかの使用人たちも次々に口を開く。
「そうです! 空気が澄んでいるので、夜は星が降ってきそうなくらい綺麗なんです!」
「あとはお祭り! どれも賑やかで楽しいですよ! 最後はみんな酔っぱらって、大乱闘になりますけど!」
「おい馬鹿! 余計なことは言うな!」
「あ……しまった……。え、えっと、みんな人がいいので、困っていたらすぐに誰かが助けてくれます!」
「土地柄なのか、男も女も大きい者ばかりですからね。リリアンナ様みたいに小さくてお可愛らしい方には、皆こぞって手を貸しますよ!」
「旦那様! 旦那様も、ほかに何かありますよね!」
皆の視線が項垂れたままのガレスへ注がれる。使用人たちは、名誉挽回の機会だと言わんばかりに必死の形相を浮かべていた。
ガレスはのろのろと顔を上げた。
(今度こそ……今度こそ、いいところを……)
魔物でも、冬でも、交易でもない。辺境のいいところ。
長い沈黙の末に絞り出した言葉は——。
「…………景色は、綺麗です」
使用人たちは、なんとも微妙な表情を浮かべた。旦那様にしては、まあ及第点……だろうか。
けれどリリアンナは、その精いっぱいの一言を大切そうに受け取った。
瑠璃色の瞳をやわらかく細めて、ガレスを見つめる。
「……いつか、その綺麗な景色を見てみたいです」
使用人たちの渋い表情が、ぱっと明るくなった。
(旦那様、やりましたね……!)
(見てみたい、ですって! これはもう奥方様決定ですよ!)
ガレスの口元もかすかに緩みかけた。自分の故郷を、彼女が見てみたいと言ってくれたのだ。
——だが、次の瞬間。
ガレスの頭の中に辺境の地図が広がった。
景色が美しいのは町を出たその先だ。そこへたどり着くには、魔物の棲む森を抜け、険しい峠を越えなければならない。
その道をリリアンナが一人で歩いていく姿が浮かんだ。自分の胸元に届くかどうかの小さな身体に、細い腕。森の奥から魔物が飛び出してくれば、ひとたまりもない。一瞬で——。
(だめだ。危険すぎる)
一人で行く前提になっていることに、ガレス本人はまったく気づいていない。
彼は真剣な顔でリリアンナを見据え、低い声で口を開いた。
「……魔物が出ますので、一人で見に行くのは危険です。おやめください」
なぜか、そんなことを言いだした。
使用人たちは、心の中でいっせいに突っ込んだ。
(いやいやいや! なんで一人で行く前提なんですか!)
(旦那様が連れていけばいいでしょう!)
(あんた、化け物みたいに強いんですから、魔物なんてまとめて追い払えばいいんです!)
一方のリリアンナは、きょとんと目を丸くしていた。一人で行くつもりなど、まるでなかったのだ。
それでも、大真面目な金色の瞳を見ているうちに、こらえきれずに肩を揺らして笑った。
「ふふっ……ご忠告、ありがとうございます」
ガレスのあんな忠告にさえ笑ってくれるリリアンナが尊くて、使用人たちがそろって天を仰いだのも束の間。
廊下の奥から、どたどたどたっと荒々しい足音が聞こえてきた。
一歩ごとに床が震え、テーブルの上のグラスが小刻みに揺れる。燭台の炎までが、ちらちらとまたたいた。
足音は迷いなく食堂へ向かってくる。
そして——。
バアアアアアアン――ッ!
食堂の扉が、内側へ弾けるように開いた。




