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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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08 景色は綺麗です

 それからの食事は、なごやかに進んでいった。


 リリアンナは話の運び方がとても上手だった。他愛のない話題をいくつも差し出し、ガレスが一言で返しても、その言葉を拾っては、話をふくらませていく。

 給仕が皿を運んでくれば礼を言い、壁際に控えた使用人にも、ときおり声をかけた。そのたびに食堂の空気がやわらぎ、気づけば会話は一度も途切れていない。使用人たちは互いに目を見交わしては、うんうんと頷き合っていた。


 ガレスは、向かいで楽しそうに話すリリアンナを見つめた。

 口下手な自分を相手にしても、退屈そうな顔ひとつ見せない。


(……素敵な人だ)


 いつしかガレスが追っていたのは、整った顔立ちではなく、彼女の言葉のひとつひとつだった。


(……こんな人が妻になってくれたら——)


 ガレスがそう考えかけたところで、リリアンナがフォークを置き、こちらを見上げた。


「あの、辺境伯様。よろしければ、ヴァルグレイブ領のことを教えていただけませんか」

「……領地のことをですか」

「はい。辺境伯様が治めていらっしゃる土地がどのような場所なのか、とても気になりますわ」


 それを聞いた使用人たちの目が、いっせいにぎらりと光った。


(旦那様、ここです! 売り込みどころです……!)

(辺境のいいところを、たっぷりお伝えするんです……!)


 いくつもの熱い視線が、四方からガレスへ突き刺さる。


 ガレスとて分かっている。ここで辺境の良さを伝えられれば、リリアンナの心証はきっと良くなるはずだ。

 けれど分かっているからこそ、頭の中が空回りを始めた。


(辺境のいいところ……。いいところ……。そういえば、北の砦から魔物の目撃が増えていると報告があった。あとで討伐隊に見回りを増やすよう指示を……いや、違う。仕事の話ではない。いいところ……冬は厳しい。戦が起こることもある。……違う、それは悪いところだ。誇れるもの……そうだ、交易品なら。鉱山資源と、魔物の素材は——)


 考えれば考えるほど、浮かんでくるのは領主としての仕事のことばかりだ。

 そうしてガレスが、ようやくひねり出した言葉は——。


「……冬は厳しく、魔物も湧き、時に戦も起こります。交易に出せるものは、主に鉱山資源と、魔物討伐で得られる素材です」


 以上。

 飾り気がないにも程がある。


 使用人たちは、心の中で盛大に頭を抱えた。


(旦那様ああ! 物騒な話と商売の話しかしていません!)

(もっとロマンチックなのを……いや、旦那様には無理か!)


 言い終えてから、ガレス自身も気づいたらしい。

 がくりと肩を落とし、大きな背中を丸める。膝に両手を置いて項垂れたまま、真っ白に燃え尽きたように動かなくなった。


 見かねた使用人の一人が、身を乗り出すようにして声を上げた。


「り、リリアンナ様! 辺境は確かに厳しいところもありますが、いいところもたくさんあるんですよ!」


 それを皮切りに、ほかの使用人たちも次々に口を開く。


「そうです! 空気が澄んでいるので、夜は星が降ってきそうなくらい綺麗なんです!」

「あとはお祭り! どれも賑やかで楽しいですよ! 最後はみんな酔っぱらって、大乱闘になりますけど!」

「おい馬鹿! 余計なことは言うな!」

「あ……しまった……。え、えっと、みんな人がいいので、困っていたらすぐに誰かが助けてくれます!」

「土地柄なのか、男も女も大きい者ばかりですからね。リリアンナ様みたいに小さくてお可愛らしい方には、皆こぞって手を貸しますよ!」

「旦那様! 旦那様も、ほかに何かありますよね!」


 皆の視線が項垂れたままのガレスへ注がれる。使用人たちは、名誉挽回の機会だと言わんばかりに必死の形相を浮かべていた。


 ガレスはのろのろと顔を上げた。


(今度こそ……今度こそ、いいところを……)


 魔物でも、冬でも、交易でもない。辺境のいいところ。

 長い沈黙の末に絞り出した言葉は——。


「…………景色は、綺麗です」


 使用人たちは、なんとも微妙な表情を浮かべた。旦那様にしては、まあ及第点……だろうか。


 けれどリリアンナは、その精いっぱいの一言を大切そうに受け取った。

 瑠璃色の瞳をやわらかく細めて、ガレスを見つめる。


「……いつか、その綺麗な景色を見てみたいです」


 使用人たちの渋い表情が、ぱっと明るくなった。


(旦那様、やりましたね……!)

(見てみたい、ですって! これはもう奥方様決定ですよ!)


 ガレスの口元もかすかに緩みかけた。自分の故郷を、彼女が見てみたいと言ってくれたのだ。


 ——だが、次の瞬間。

 ガレスの頭の中に辺境の地図が広がった。


 景色が美しいのは町を出たその先だ。そこへたどり着くには、魔物の棲む森を抜け、険しい峠を越えなければならない。

 その道をリリアンナが一人で歩いていく姿が浮かんだ。自分の胸元に届くかどうかの小さな身体に、細い腕。森の奥から魔物が飛び出してくれば、ひとたまりもない。一瞬で——。


(だめだ。危険すぎる)


 一人で行く前提になっていることに、ガレス本人はまったく気づいていない。

 彼は真剣な顔でリリアンナを見据え、低い声で口を開いた。


「……魔物が出ますので、一人で見に行くのは危険です。おやめください」


 なぜか、そんなことを言いだした。


 使用人たちは、心の中でいっせいに突っ込んだ。


(いやいやいや! なんで一人で行く前提なんですか!)

(旦那様が連れていけばいいでしょう!)

(あんた、化け物みたいに強いんですから、魔物なんてまとめて追い払えばいいんです!)


 一方のリリアンナは、きょとんと目を丸くしていた。一人で行くつもりなど、まるでなかったのだ。

 それでも、大真面目な金色の瞳を見ているうちに、こらえきれずに肩を揺らして笑った。


「ふふっ……ご忠告、ありがとうございます」


 ガレスのあんな忠告にさえ笑ってくれるリリアンナが尊くて、使用人たちがそろって天を仰いだのも束の間。

 廊下の奥から、どたどたどたっと荒々しい足音が聞こえてきた。

 一歩ごとに床が震え、テーブルの上のグラスが小刻みに揺れる。燭台の炎までが、ちらちらとまたたいた。

 足音は迷いなく食堂へ向かってくる。

 そして——。


 バアアアアアアン――ッ!


 食堂の扉が、内側へ弾けるように開いた。

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