改稿中☆49 大切なお友達
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
全体集会が終わり、広間に集まっていた使用人や兵士たちがそれぞれの持ち場へ戻っていく。その中で、バルドだけが動かずに立ち尽くしていた。
「バルド、さっきのは何だったんだ?」
人がまばらになったところで、レオンが近づいてきた。
「うう……」
「きゃう……」
腕の中のリリィまで困ったような声を出す。
そこへガレスとリリアンナも近づいてきた。三人からそろって視線を向けられ、バルドはしばらくうなっていたが、やがて観念したようにリリアンナを見る。
「あの、リリアンナ様。……そのマリアベルさんって、マリアベル・ケージさんであってます?」
バルドがおそるおそる尋ねると、リリアンナが目を丸くした。
「……はい。その通りですわ」
「……あー」
「……きゅうん」
バルドが天を仰いだ。リリィもつられるようにその顔を見上げた。
「じゃあ、その……俺、そのマリアベルさん、知ってます」
「えっ!」
今度はリリアンナだけでなく、ガレスとレオンまで驚きの声を上げた。
「どういうことですか」
ガレスが尋ねる。バルドは大きな手で頭をかいた。
「じつはリリィの散歩中にたまたま知り合って……。その……謝罪の練習に、付き合ってました」
「謝罪の……?」
「はい。友達に、どうしても謝りたいって言うんです。でも人と話すのがとにかく苦手だから、いきなり本人の前に立ったら絶対まともに謝れないって」
バルドは、あの日の光景を思い出していた。
誰もいない森の中で、手紙を捧げ持ち、何度も何度も同じ言葉を繰り返していた少女。何度失敗しても、諦めずにまた最初からやり直していた姿。
バルドの顔に、思わず笑みが浮かぶ。
「最初は緊張して言葉につっかえるし、言い回しも妙だしで、たくさん指摘したんですが、それでもめげずにずっと練習してました。きっと……ほんとに大切な友人なんでしょうね」
そう言ってバルドがリリアンナを見つかると、彼女は両手を胸の前でぎゅっと握り目を閉じた。
もう二度と会えないかもしれない、と思っていた。
リリアンナのせいで巻き込んで、怪我をさせて、そのまま王都から去っていった友人。手紙を出しても返事はなく、きっと嫌われたのだと思うしかなかった。
その人が。
連絡できなかったことを悔いて、何日も謝る練習をしていた。
「……謝らなければならないのは、わたくしの方ですのに」
かすれた声が、こぼれた。
そんなリリアンナを見て、バルドが言った。
「でも、友達って案外そんなもんじゃないっすかね」
「え?」
「大事な相手ほど、考えすぎて何も言えなくなることってあるんすよ。嫌われたくねえとか、傷つけたくねえとか。はたから見りゃ、さっさと話せばいいのにって思うんすけど」
「そういうもの、なのでしょうか……」
「ええ。閣下とレオンだって昔は結構喧嘩してたんすよ。どっちも腹立てて口利かなくなるくせに、相手のことばっか気にしてるんすよ。しょっちゅう『レオンは元気か』とか『ガレス様は無茶してないですか』とか聞いてくるんですよ。で、謝りたいのにどっちも自分から行けねえ」
「……昔の話ですよ」
レオンが珍しくばつの悪そうな顔をする。
「最後は俺が両方を捕まえて引きずってきて、無理やり会わせてました」
バルドがからっと笑った。
「バルドは昔から力だけはありましたから」
「だけってなんすか、だけって」
ガレスの言葉にすかさず返された抗議に、リリアンナの口元がほころぶ。
三人の間には、主従というだけでは説明できない気安さがあった。
「皆様は、そんなに昔からのお付き合いなのですか」
リリアンナが尋ねると、レオンが頷いた。
「ええ。私の父が軍でそれなりの立場におりまして、先代辺境伯様との付き合いも長かったんです。その縁で、幼い頃から閣下と一緒に色々と学んでおりました」
「俺は両親が二人とも閣下んとこの庭師だったんすよ。だから俺も小さい頃から屋敷に出入りしてて。まあ、閣下たちの付き人みたいなもんでした」
三人とも、幼い頃からずっと一緒だったのだ。
喧嘩をして、意地を張って、それでも相手を嫌いになるわけではなくて。誰かに背中を押されて、また顔を合わせる。
——友達とは、そういうものなのかもしれない。
リリアンナは胸の奥に灯った小さな希望を抱くように、そっと息を吸った。
「バルド様」
「はい」
「次にマリアベル様とお会いするのは、いつですか」
「明後日の昼です。いつもの森で」
「……そのとき、わたくしも連れていっていただけませんか」
バルドは大きく頷いた。
「もちろんです!」
「きゃん!」
◇◇◇
二日後の昼。王都の公園を抜け、遊歩道から外れた森の道を、一行が歩いていた。
リリアンナ、ガレス、バルド、そしてエマ。足元では、リリィが機嫌よく落ち葉を蹴散らしている。
バルドが、ふと隣を見た。
「なんでエマもいるんだ?」
「だって、気になっちゃって……」
昨夜、リリアンナから話を聞いたエマは、どうしてもついていくと言って聞かなかったのだ。
「エマもわたくしの大切なお友達だから、心強いわ」
「ふふん」
途端にエマが嬉しそうに胸を張った。するとなぜか隣から低い声がした。
「俺は婚約者です」
なぜか対抗するような言い方だった。
リリアンナはきょとんとし、エマは得意げな顔のままガレスを見上げる。バルドは「姫さんは人気者っすねえ」と豪快に笑っていた。
レオンもフィーネもいないので、なぜそこで張り合うのかとガレスに突っ込む者はいなかった。
「お、着きましたぜ。あの先です」
バルドが指さす先、木々の切れ間にひらけた場所が見え、その中央に小さな人影があった。
「まずは俺が声かけます。急に出ていったら、あの子ぶっ倒れるんで」
バルドの言葉に三人は頷いて、少し離れた木々の陰で足を止める。
バルドがリリィを連れて、大股に近づいていく。
「マリアベルさーん」
「ひゃっ……あ、バルドさん。リリィさんも」
びくっと肩を跳ねさせて勢いよく振り返った少女は、見慣れた二人だと分かってほっと息をつく。
「きゃん!」
リリィが尻尾を振ると、強張っていた表情がわずかに和らいだ。
濃い灰色の三つ編み。丸眼鏡。猫背気味の立ち姿。両手には、大切そうに包みが抱えられていた。
三年前より少し背が伸びているが、あの頃と変わらない。
——マリアベルだ。
「マリアベルさん。実はあんたに会わせたい人がいまして」
「わたし、に?」
バルドがリリアンナたちが隠れている方に視線を向けた。
リリアンナは、深く息を吸い、木陰から一歩前へ出た。
「……マリアベル様」
声が震えた。
マリアベルの動きが、止まった。丸眼鏡の奥の目が、大きく見開かれる。
「ど、どうしてリリアンナ様がここに!?」
抱えていた包みが腕から滑りかける。
「わ、わっ……!」
慌てて抱え直したかと思うと、マリアベルはほとんど転びそうな勢いで駆け出した。
リリアンナもまた、じっとしてなどいられなかった。
「マリアベル様!」
二人は互いの目の前まで駆け寄り、そこでようやく足を止める。三年ぶりに間近で見る友人の顔に、リリアンナの視界が滲んだ。
「マリアベル様……」
「り、リリアンナ様」
「ずっと、会いたかったです。ちゃんと謝りたくて……」
マリアベルが、はっとした顔をする。
「ど、どうしてリリアンナ様が謝るのですか!」
「だってわたくしのせいです。わたくしと一緒にいたから、お怪我をさせてしまいました。腕は……もう痛みませんか」
「すっかり治りました。それに、あれはリリアンナ様のせいではありません」
「ですが……」
マリアベルは大きく首を横に振った。
「あのあと、すぐに田舎の祖母のもとへ療養に出たんです。長い間、王都に戻れなくて……。だから手紙を書いたんです」
マリアベルは何度も手紙を書いた。
怪我は治ったこと。本を守れなくて申し訳なかったこと。そして何より、もう一度リリアンナに会いたいこと。
「手紙……」
「届いてないですよね……。全部、出されないで止められていました。それだけじゃなくて、リリアンナ様が何通も手紙をくださっていたことも知らなくて……」
二人が互いに書いた手紙は、どちらも相手へ届かなかった。
「わたし……本気で怒ったのも、大きな声を出したのも、初めてでした。父も……思うところがあったんだと思います。謝りに行くと言ったら、今度は止められませんでした」
丸眼鏡の奥の瞳から、涙がこぼれた。
「ずっと、怖かったんです。連絡がなかったことが、わたしの気持ちだと思われていたらどうしようって。わたしがリリアンナ様を恨んでいると、誤解させてしまったんじゃないかって……それがずっと、ずっと怖くて」
「そう、だったのですね……」
リリアンナの頬を、涙が伝った。
マリアベルは優しいから責めなかっただけで、本当は嫌われ、怖がられて、そのまま離れていったのだと思っていた。
けれど違った。二人とも、相手を嫌いになどなっていなかった。
互いに手を伸ばし続けていたのに、届かなかっただけだったのだ。
「リリアンナ様、これを」
マリアベルが、抱えていた包みを差し出した。リリアンナが受け取り、丁寧に結び目を解く。
布の中から現れたのは、一冊の本だった。表紙に記された題名を見た瞬間、リリアンナは言葉を失った。
三年前のあの日。デボアたちが、二人の目の前で引き裂いた本。表紙を破り、頁をばら撒いて、笑いながら踏みつけていった、あの本だ。
傷んだ表紙はきれいに張り直され、ばら撒かれた頁も、一枚一枚綴じ直されている。
完璧に元通りではない。折れた跡も、汚れた箇所も、よく見れば分かる。それでも、この本がどれほど大切に扱われてきたかは、一目で分かった。
「……これ」
「父に習って、直しました。それと、これも」
マリアベルが一通の手紙を胸の前に掲げた。
「本の感想です」
いつも二人で本を交換して、感想を書きあった。返ってきた本に挟まっている感想を読むのが楽しみだった。
リリアンナは、その本を胸に抱きしめた。三年前に途切れてしまったはずのやり取りが、今、ようやく続きを取り戻した。
その様子を見て、マリアベルは一瞬バルドの方を見た。バルドは、拳を握って力強く頷いた。
マリアベルには、まだ言わなければならないことが残っている。
手紙を両手で握りしめ、大きく息を吸う。
「り、リリアンナ様! わたしとまた、と、と……」
緊張で、やはり言葉が詰まったが、震える唇を懸命に動かした。
「と——友達に、なってください!」
言えた。
そう思った次の瞬間、目の前いっぱいに淡い金色の髪が広がった。
「きゃ……」
リリアンナが、本を抱えたままマリアベルをぎゅっと抱きしめていた。
「わたくしたち――わたくしたち、一度だってお友達をやめてなどおりませんわ」
「……っ、リリアンナ様……!」
マリアベルの目から大粒の涙が溢れ、声を上げて泣き出した。リリアンナも、もう我慢できなかった。
二人は互いにしがみつき、子どものように声を上げて泣いた。




