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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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改稿中☆47 三着目のドレス

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

「「メゾン・セシリア?」」


 二人の声が重なった。


 ちょうどそのとき停まっていた馬車の扉が開き、見覚えのある女性が降り立った。メゾン・セシリアの女主人、セシリアである。


「ごきげんよう、辺境伯様。リリアンナ様」


 優雅に礼を取ったあと、セシリアは実に得意げな顔をした。


「お待たせいたしました。三着目が、ようやく仕上がりましたのよ」

「まあ、あのドレスが!」

「ええ。少々お時間をいただいてしまいましたけれど」


 セシリアは片手を頬へ当て、それから胸を張った。


「そのぶん、かなりの自信作に仕上がりましたわ。使いの者だけに任せるなんて、とてもできません。ですから、わたくし自身がお届けに参りましたの」


 後ろでは、店の者たちが大きな箱を降ろしていた。


「では、どうぞ中へ」


 ガレスが促し、一行はそのまま邸内へ入った。


 ドレスが届いたと聞きつけて、エマとフィーネが飛んでくるまで、そう時間はかからなかった。




 ◇◇◇




「では、お披露目ですわ」


 応接室の中央に置かれた箱が、ゆっくりと開けられる。


 ——現れたのは、夜空を閉じ込めたような深い瑠璃紺のドレスだった。


 リリアンナ、エマ、フィーネから、ほう、と感嘆の息が漏れる。三人とも言葉を忘れ、しばしうっとりと見入っていた。


 ガレスも腕を組み、感心したように頷いている。


 そんな四人の反応を前に、セシリアは満足げに口元をほころばせた。


 艶やかな絹は、光を受ける角度によって表情を変えた。光が当たるところは澄んだ青に、影になるところは深い藍に沈む。同じ一枚の布とは思えないほど、色が動いている。


 裾には、金糸で繊細な蔓(つる)草(くさ)の模様が施されていた。その蔓は裾から優雅な曲線を描きながら腰へ向かって伸び上がり、上へ行くほど細く控えめに、深い瑠璃紺へ自然に溶け込んでいく。


 おかげで全体は少しも派手すぎず、気品を保っている。それでいて布がわずかに揺れるだけで光を拾い、瑠璃紺の上で鮮やかにきらめいた。


 胸元から肩まわりは、余計な飾りを削ぎ落としたすっきりとした仕立て。鎖骨と肩の線が、最も美しく見えるように計算されている。対して腰から下には惜しみなく布が使われ、豊かな広がりを持たせてあった。


 以前、店を訪れたときにセシリアが語っていた構想が、そのまま一着の形になっていた。いや、それ以上だった。


 この瑠璃紺は、リリアンナの瞳にわずかに深みを足したような色だ。身につければ、彼女のラピスラズリのような瞳をいっそう輝かせ、深い色地が淡い髪色も美しく引き立てるだろう。


 そして瑠璃紺の上で煌(きら)めく金は、リリアンナが選んだガレスの瞳の色だ。


「……綺麗」


 リリアンナが、ようやくそれだけを口にした。


「でしょう?」


 満足そうなセシリアの横で、エマとフィーネはすでに目を輝かせていた。


「リリアンナ様! 今回は私たちがお支度していいんですよね! ね!」


 エマが前のめりに詰め寄る。


「私たち、もうリリアンナ様の侍女ですのに、まだ一度も夜会のドレスの支度をさせていただいておりません。そして、次回は旦那様とリリアンナ様の大切な舞台。これだけは譲れませんわ」


 フィーネが、静かだが妙に圧のある笑顔で言い添えた。


 どうやら二人とも、根に持っていたらしい。


「は、はい。もちろんです。よろしくお願いします」


 リリアンナがこくこくと首を縦に振ると、二人はすっかり上機嫌になり、当日の髪型をどうするか相談し始めた。


 その様子を楽しそうに眺めていたセシリアが、気になった言葉を確認する。


「大切な舞台? 次はどちらの夜会へ行かれますの?」

「それが、今日ちょうど王宮へ伺ってきたところなのです」

「あら?」


 リリアンナは、王家から正式に婚約を認められたこと、そして二週間後の王家主催の舞踏会で婚約を発表することになったと説明した。


 話を聞くうち、セシリアの目がみるみる輝いていく。


「王家主催の舞踏会で……正式な婚約発表を?」

「はい」

「まあ……」


 セシリアが何かを考え込むようにドレスへ視線を戻した。そのとき、廊下からレオンが顔を出した。


「閣下。少々、ご確認いただきたいことがございます」

「ああ、分かりました」


 ガレスが立ち上がる。


「すみません、少し外します。すぐに戻りますので」


 そう言って、ガレスは応接室を出ていった。


 その背中を見送ってから、リリアンナは意を決したようにセシリアへと向き直る。


「……セシリア様。少し、ご相談したいことがございますの」

「もちろんですわ」

「セシリア様がおっしゃったことを、ずっと覚えております。一流の令嬢は、その美しさで隣に立つ殿方を魅力的に見せるものだと。それから、ガレス様のために着飾りなさいませ、と」


 あのときはまだ、その言葉をどう実践すればよいのか分からなかった。けれど今のリリアンナには、はっきりとした目的がある。


「わたくし、ガレス様に助けていただいてばかりでした」


 リリアンナは記憶をたどるように語り出した。


 悪評のせいで、貴族として生きる道さえ諦めかけていたリリアンナに、仮婚約という機会を与えてくれたのはガレスだった。ずっとリリアンナ自身を見てくれた。祝福の存在を知ってなお、それでもリリアンナがいいと選んでくれた。


 それだけではない。閉ざされていた社交界への道を開くために動いてくれた。王家の調査も、ヴィクトワールとの縁も、すべてガレスが手を尽くした結果だ。


 おかげで自分は再び社交の場に立てている。


「……ですが先日、ガレス様がおっしゃったのです。ご自分などが、わたくしの隣に立っていてよいのかと」


 エマとフィーネが、息を呑んで顔を見合わせる。


「あの方は、ずっと見た目だけで恐れられてこられました。とても素晴らしい方なのに、自分を低く見積もっていらっしゃる。わたくしには、悲しくてなりませんでした」


 リリアンナは、顔を上げた。その瞳に、迷いのない強い意志が宿っていた。


「ガレス様が、わたくしを正しく見てもらえるようにしてくださった。ならば今度は、わたくしがガレス様を、皆様に正しく見ていただけるようにしたい」


 あの人の本当の魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたい。外見だけで恐れて遠ざけていた人たちにも、きちんとガレス自身を見てもらいたい。


 そして何より、ガレス自身に知ってほしかった。自分がどれほど素晴らしく、魅力のある人なのかを。


「そのために、わたくしに何ができるのでしょうか。……セシリア様のお知恵を、お借りしたいのです」


 初めて店を訪れた頃の、自分に自信を持てずにいた令嬢とはもう違う。自らガレスのために立ち上がろうとするリリアンナの強い想いを、セシリアは静かに受け止めていた。


 セシリアはふっと優しく微笑み、ゆっくりと口を開いた。


「素晴らしいお心構えですわ、リリアンナ様。助言でしたら、お安い御用です」


 彼女は指を一本立てた。


「一つ目。誰よりも美しく、魅力的な令嬢として辺境伯様のお隣に立つことですわ」


 セシリアはきっぱりと言い切った。


「人というものは、案外残酷ですの。これまで誰も見向きもしなかった殿方でも、その隣に誰もが羨むような女性が立っていれば、必ずこう考えますわ。——なぜ、あれほど魅力的な女性があの方の隣にいるのだろう、と。そこで初めて、その殿方自身をきちんと見ようとする者が現れます。今まで興味すら持たなかった方まで、辺境伯様がどのような方なのか気になり始めるのです」

「なるほど……。そうやって旦那様へ興味を持っていただくのですね」


 フィーネが感心したように頷くと、セシリアはにっこりと笑った。


「ええ。その通りですわ。ですがこれについては、今のリリアンナ様でしたら、何の心配もいりませんわね」


 もともと目を奪うほど美しい令嬢に、今では自信と覚悟まで備わっている。少なくともセシリアには、舞踏会で誰かに見劣りする姿など想像もできなかった。


「では二つ目。辺境伯様を好きだという気持ちを、隠さずにお示しなさい」

「……隠さず」

「ええ。堂々と、誰の目にも分かるように。辺境伯様のお隣にいることが嬉しいのだと、あの方を心から慕っているのだと、言葉でも態度でもお示しになるのです。そして機会があれば、たくさんの方に辺境伯様のお話をなさいませ」

「ガレス様のお話を?」

「ええ、あなたが素敵だと思ったことを、そのままお話しになればよいのですわ。そうすれば、おのずとあなたの求めている答えが見えてくるはずです」


 言葉の一つひとつを噛み締めるように聴いていたリリアンナは、まっすぐにセシリアを見つめ返した。


「分かりましたわ。……ありがとうございます、セシリア様」


 リリアンナの強い決意を宿した瞳を目にした瞬間、セシリアは勢いよく立ち上がった。


「決めました。このドレスは持って帰りますわ!」


 あまりの唐突さに、リリアンナだけでなくエマやフィーネも目を丸くする。


「えええっ……!? なんで持って帰っちゃうんですか!? セシリア様、自信作だって言ったじゃないですか!」


 エマが慌てて言い募る。


 目の前にある瑠璃紺のドレスは、誰もが息をのむ完成度を誇っている。セシリア自身も胸を張って届けに来た会心の一着だったはずだ。


「ええ、間違いなく自信作です」

「では、なぜ」

「足りませんもの」


 セシリアはきっぱりと言い切った。


「今のリリアンナ様の魅力を引き出すのに、このドレスでは足りません。二週間後までに、必ず仕上げ直してまいります。今のあなたが辺境伯様のお隣に立つ、そのための最高の一着に。ふふ……ふふふふ。腕が鳴りますわ!」


 そして突然、はっとした顔になる。


「それから、もう一つ! 辺境伯様のお召し物も必要ですわ! 婚約発表はお二人のための場でしょう? リリアンナ様だけを仕上げてどうするのです。お二人が並んだとき、ひと目で対だと分かるお召し物を作らねば!」


 セシリアの手が、宙で忙しく動き始める。すでに頭の中で布を裁っている顔だった。


「それなら早速、採寸ですね!」

「ええ。軍服の記録はあるはずですが、正装となると別でしょう」


 エマとフィーネが同調し始めた。


 まさにそのとき。


「お待たせしました」


 用事を終えたガレスが、何も知らずに広間へ戻ってきた。三人の視線が、一斉にそちらを向く。


「……何ですか」


 状況を理解する暇もなく、エマとフィーネが左右からガレスの腕をがしっと掴んだ。


「旦那様のお召し物も作ることになりました!」

「採寸いたします」

「いや、俺は軍服が……」

「「「いいえ、駄目です」」」


 セシリア、エマ、フィーネの声が見事なまでに揃った。


 二メートル近い巨体が、侍女二人に両腕を引かれて、じりじりと廊下の方へ移動していく。


 本気で振りほどけば一瞬で済む話だが、この男にそれができるはずもなかった。


「旦那様、重いです! ご自分で歩いてください!」

「……分かりましたから、離してください」


 容赦なく連れていかれる婚約者の背中を、リリアンナは苦笑しながら見送った。




 ◇◇◇




「では、できるだけ早く仕上げますわ」


 一通りの用を終え、馬車へ乗り込もうとするセシリアは、来たとき以上に活き活きとしていた。


 見送りには、ガレスとリリアンナ、それにエマとフィーネも出ている。ガレスの方は、採寸を終えて心なしか疲れた顔をしていた。


「よろしくお願いいたします」


 リリアンナが頭を下げる。


「お任せくださいませ」


 満足そうに馬車へ乗り込もうとしたセシリアだったが、ふいに何かを思い出して振り返った。


「そうだわ、辺境伯様」


 セシリアはガレスへぐいぐいと迫り寄る。


「結婚式のドレスも、もちろんうちで作ってくださいますわよね?」

「……え」

「他所へなど、お考えではございませんわよね?」


 じり、と一歩詰め寄る。


「わたくし、もう頭の中で三案ほど浮かんでおりますの。リリアンナ様のあの髪色と瞳を最も美しく見せる白は、そう簡単には出せませんのよ。染めから起こさなければなりませんわ。となれば、早くお話をいただかないと間に合いませんもの。ねえ、辺境伯様?」


 逃げ道を塞ぐような勢いで迫るセシリアに、ガレスはタジタジになりながら頷いた。


「は、はい……ぜひ」

「ふふ、ご指名ありがとうございますわ!」


その言葉を聞いて満足そうに微笑んだセシリアは、今度こそ上機嫌で馬車へ乗り込み、去っていった。

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