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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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改稿中☆45 婚約発表に向けて

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

 夜会から一夜明け、陽が高くなり始めた頃。ヴァルグレイブ家の馬車が、ルベルハルト邸の前へ停まった。


 降り立ったガレスの手には、花束が抱えられている。屋敷へ来る途中、花屋へ立ち寄り、自ら選んできたものだ。


 以前、張り切りすぎて抱えるほど大きな花を贈り、エマに呆れられたことを思い出し、今回はずいぶん控えたつもりだった。


 ——もっとも、一般的な花束よりは、まだ少しばかり大ぶりである。


 玄関の扉が開き、リリアンナが姿を見せた。


「ガレス様」


 嬉しそうに顔をほころばせていたリリアンナの視線が、ふとガレスの唇のあたりで止まる。途端に、昨夜のことがよみがえった。


 耳に残る演奏の音。引き寄せられた腕。そして、重なった唇——。


 リリアンナの顔がみるみる赤くなっていく。それを見たガレスも、昨夜のことを思い出したらしい。彼の顔にも、じわりと朱が差した。


「……おはようございます」

「お、おはようございます」


 いつもなら何の気負いもなく交わせる挨拶が、ひどくぎこちなかった。


「……こちらを」


 ガレスは所在なさげに花束へ目を落とすと、それをリリアンナへ差し出した。


「ありがとうございます。とても綺麗ですわ」

「今回は、その……あまり大きくならないようにしたのですが」


 以前のものに比べれば、確かにずいぶん小さくなっている。それでも白と桃色の小花がたっぷりと束ねられ、ふわりと甘い香りを漂わせていた。


「ふふ。ええ。これくらいがちょうどいいです」

「それなら、よかったです」


 ガレスはほっとしたように頷いた。けれど、すぐに花束へ手を伸ばす。


「……ああでも、やはり俺が持ちます」

「まあ。腕のことでしたら、もう大丈夫ですわ」

「それでもです」


 きっぱりと言われて、リリアンナは思わず笑ってしまった。


 花束をガレスに預けたところで、ようやく二人とも玄関先に立ったままだったことに気づく。


「どうぞ、中へ。父もお待ちですわ」


 リリアンナは、ガレスを応接室へ案内した。



 ◇◇◇


 応接室では、ロイドがすでに二人を待っていた。


 促されるまま向かいの椅子へ腰を下ろすと、ガレスは改めて姿勢を正す。


「伯爵。昨日もお伝えしましたが、リリアンナとの婚約を正式に公表したいと考えています」


 昨日の夜会のうちに、二人の意向はガレスからロイドへ伝えられていた。


 予想していた言葉に、ロイドは静かに頷いた。

 

 リリアンナを妻として迎えたいという意思は、以前ロイドへ伝え、了承も得ている。ただ、そこから先の手続きは進めていなかった。


 リリアンナの悪評を覆すことを優先し、婚約に関わる諸々の手続きを後回しにしてきたからだ。


「王家へは、昨夜のうちに謁見を願い出ています。正式に婚約を進めるのであれば、まずは陛下のご承認をいただかなければなりません」

「昨夜のうちに、ですか」

「これ以上、先延ばしにする理由もありませんので」


 迷いのない答えだった。


「……なるほど」


 ロイドはガレスの言葉を受け止めたあと、娘へ顔を向ける。


「リリアンナ」

「はい」

「お前自身の気持ちを聞かせてくれ」


 それは父親としての最後の確認だった。


「はい。わたくしは、ガレス様とともに生きてまいります」


 リリアンナは、迷わなかった。


 ロイドは、しばらく娘の顔を見つめていた。


 妻は、リリアンナを産んですぐに逝った。あれからずっと、父娘二人で生きてきた。幼い娘の手を引き、その成長を見守ってきた。祝福に苦しみ、傷つく姿をすぐそばで見ながら、どうすればこの子が貴族として、自分らしく生きていけるのかを考え続けてきた。


 だから、こうして自分の手を離れていく日が来たことは、何より喜ばしいはずだった。


 それでも。


 いざその時を迎えると、胸の奥にはどうしようもない寂しさが残った。


「……分かった」


 その感傷を胸の内へ押し込み、ロイドはひとつ息を吐いて頷いた。


 そして次に顔を上げたときには、父親ではなく、ルベルハルト伯爵家の当主の顔になっていた。


「では、ここからはルベルハルト家とヴァルグレイブ家として動きましょう」

「よろしくお願いします」


 正式婚約を進めるとなれば、王家の承認を得るだけでは終わらない。両家の間で結婚契約を作成し、持参金や婚姻後の財産の扱い、相続などについて条件を整理する必要がある。


 貴族の結婚は、夫婦になるだけではない。家と家の結びつきでもあるからこそ、両家が納得できる形に整えなければならない。


「王家のご承認をいただくまでに、結婚契約について決められることは、先に詰めておきたいところですね」

「はい。次はレオンも連れてきます。両家で一度、正式に話し合う場を設けましょう」

「では、そのつもりでこちらも必要な書類を揃えておきます」


 二人が段取りを詰めていくのを、リリアンナは不思議な心地で聞いていた。


 「結婚する」という言葉が、契約や手続きとなって少しずつ現実のものになっていく。リリアンナの中に、ガレスと本当に夫婦になるのだという実感がゆっくりと広がっていった。




 ◇◇◇




 ルベルハルト邸を出る馬車には、リリアンナもガレスとともに乗り込んだ。


 車内はどこか穏やかな空気に包まれている。


「そういえば、領地の両親から返事が届きました」

「ご両親から?」

「はい。正式に婚約を望んでいると、先に知らせていたので。……二人とも、とても喜んでいました」


 そう話すガレスの声には、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


「母は、早く貴女に会いたいと。こちらへ出てくると言い出して、父に止められたようです」


 リリアンナは思わず頬を緩めた。


「ふふふ。わたくしも早くお会いしたいです」

「……それを母に伝えたら、今度こそ父でも止められないかもしれません」


 そう言ってひと息つくと、ガレスはもう一つ思い出したように続けた。


「それから、貴女の部屋の準備も始めているそうです。必要なものや好みがあれば、ぜひ知らせてほしいと書いてありました」

「もう、わたくしの部屋を……?」


 まだ訪れたこともないヴァルグレイブの屋敷に、自分を迎えるための部屋が用意され始めている。


 いつか王都を離れ、ガレスの故郷へ行く。彼の家族と出会い、彼が守ってきた土地で暮らすのだ。


「なんだか、ますますヴァルグレイブ領へ行くのが楽しみになってきましたわ」

「そう言っていただけると、俺も嬉しいです。きっと父も母も喜びます」


 そう言うと、ガレスは明らかに嬉しそうに笑った。


 しばらくして、ガレスは表情を引き締めた。


「それから、もう一つ。まだ先の話ではありますが……できれば、結婚式は領地で挙げたいと考えています。ヴァルグレイブ領の教会で式を挙げて、そのまま領地で新しい生活を始められたら、と。……領民たちにも、貴女を紹介したい」


 そこまで言って、ガレスは急いで付け加えた。


「ですが、リリアンナが王都での式を望まれるのであれば、もちろん——」


 リリアンナはふるふると首を振った。そしてガレスへ微笑みかける。


「わたくしも、ヴァルグレイブ領で式を挙げたいですわ」


 ガレスが目を瞬く。


「……よろしいのですか」

「ええ。これからわたくしが暮らす場所なのでしょう? でしたら、その場所で夫婦になりたいです」

「……ありがとうございます」


 ガレスの表情が一気に明るくなった。


 リリアンナはしばらく彼を見つめてから、小さく笑った。


「ガレス様。今日は、とても晴れやかなお顔をされていますね」

「……そう、でしょうか」


 ガレスが驚いたようにリリアンナを見る。


「ええ。昨夜とは、ずいぶん違いますもの。何か思い悩んでいらっしゃるように見えました」

「……気づいていたのですね」


 どこかばつの悪そうな顔になる。


「何か、お悩みだったのではありませんか」


 尋ねられたガレスは、すぐには答えなかった。言いづらそうに一度視線を伏せたものの、結局は誤魔化さなかった。


「……昨夜、貴女の周りに人が集まっているのを見ていました」

「はい」

「嬉しかったんです。三年前、誰にも見てもらえなかったことに傷ついていた貴女が、ようやく正しく見てもらえている。……本当に、嬉しかった」


 ガレスは、膝の上で手を組んだ。


「ですが、同時に考えてしまいました。……《魅了》のことも、悪評のこともなければ、貴女はたくさんの人に囲まれ、縁談を望まれ、結婚していたでしょう。……俺と出会うことすら、なかったはずです」

「ガレス様……」

「俺は、これまで容姿のことで女性から怖がられてきました。野獣だと言われることも珍しくありません。それに、領地は王都から遠い辺境です。貴女がこれまで暮らしてきた場所とは、何もかも違う。……俺などが、あなたの隣に立っていてよいのかと。少し、考えてしまいました」


 リリアンナは言葉を失った。


 自分にとってガレスは、これほどまでに素晴らしい人なのに。


 そのとき、不意にセシリアの言葉が蘇った。


 ——一流の令嬢は、その美しさで隣に立つ殿方を魅力的に見せるのです。


 ——辺境伯様のために着飾りなさいませ。


 あのときは、その言葉を「ガレスを悪く言う者たちを見返したい」という気持ちで受け止めた。けれど今、その言葉は以前とは違う重みを持って胸に落ちた。


 ガレスはリリアンナという人間を見て、その価値を信じてくれた。そして、閉ざされていた社交界への道まで開いてくれた。彼がいなければ、きっと今の自分はここにいない。


 そんなガレスが、自分には価値がないと思っている。——そのことが、リリアンナにはどうしても悲しかった。


「わたくしは、ガレス様だからお隣にいたいのです。ほかの誰かではなく、ガレス様がいいのです。ですから、ご自分をそんなふうに仰らないでくださいませ……」

「……リリアンナ」


 ガレスは嬉しそうに、だが少し困ったように眉を寄せた。


 その表情を見つめながら、リリアンナの中で一つの思いが固まっていく。


 悪評を覆すために動いてくれたのは、ガレスだ。


 自分を正しく見てもらえるようにしてくれたのがガレスなら。次は、自分が彼を正しく見てもらう番だ。


(だってガレス様は魅力的な方ですもの)


 だから今度は、自分が彼の本当の魅力を周囲へ示してみせよう。


 リリアンナはそう、心に決めた。



 ◇◇◇




 その日の夕方、ヴァルグレイブ邸へ王宮からの知らせが届いた。


 ——国王への謁見が許された。

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