改稿中☆44 口づけのあとで
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
どれほどそうしていたのか、リリアンナには分からなかった。ようやく唇が離れたとき、二人とも息が上がっていた。
「……っ、は」
リリアンナは、うまく呼吸ができなかった
頬どころか耳まで熱い。目の前のガレスも、耳から首筋まで真っ赤に染まっている。いつもは鋭く見える金の瞳が、今は熱を残したままリリアンナだけを見つめていた。
互いに何か言おうとするが、言葉にならない。
そのとき、広間の方から足音が聞こえた。
二人は弾かれたように離れる。
幸い、足音は途中で別の方向へ逸れていく。ほっと息をついたところで、ガレスは改めてリリアンナを見て固まった。
結い上げた髪が、少し乱れている。胸元へ留めていた花のブローチが、斜めに傾いていた。頬は上気し、息もまだ整っていない。わずかに乱れたその姿は、ひどく艶めいて見えた。
(この姿のまま、広間になど戻せるものか……!)
「あ、あの、ガレス様。わたくし、そろそろ戻ら——」
言いながら一歩踏み出したリリアンナの膝が、かくんと落ちた。
「リリアンナ!?」
慌てて伸ばした腕が、その身体を受け止める。そのままリリアンナは、くったりと彼の胸へもたれかかった。
力が入らない。息を止めていたせいなのか、緊張が抜けたせいなのか、腰から下がまるで自分のものではないようだった。
「……すみません」
「ガレス様?」
「俺が、やりすぎました」
心底申し訳なさそうに言う。
「——失礼します」
人が来る前にここを離れた方がいいと判断したガレスは、リリアンナを抱え上げると足早に廊下を進んだ。
◇◇◇
人気のない小さな休憩室へ入り、長椅子へそっと下ろす。リリアンナを座らせると、すぐにその前へ膝をついた。
「本当にすみません。苦しくなかったですか。どこか痛むところは?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。ガレスは大きな身体を縮こまらせるようにして、すっかり項垂れていた。
「ガレス様」
リリアンナは、思い切って顔を上げた。
「謝らないでくださいませ。……嬉しかったですから。それに……」
最初は、触れるだけだった。すぐに離れようとしたのはガレスの方だ。それを引き止めたのは自分である。
「……もっと、とねだったのは、わたくしですもの」
「うぐっ……」
ガレスは、思わず顔を背けた。
(自分が何を言っているのか分かっているのだろうか……)
分かっていないのなら、それはそれで困る。分かって言っているのなら、もっと困る。
ガレスとて男だ。
頬はまだ熱を残して赤く、整えていた髪もわずかに乱れている。そんな姿で「もっと欲しかった」と言われたのだ。理性を試されているとしか思えない。
「……リリアンナ」
低く名前を呼んでから、ガレスは深く息を吐いた。
「あまり煽るようなことを、言わないでください」
「え?」
きょとんとした顔で見上げられて、ガレスはますます弱った。
「……本当に、困ります」
「ご、ごめんなさい……?」
その顔を見て、ガレスは悟った。
(……やはり、分かっていない)
これ以上何か言えば、かえって自分が墓穴を掘りそうだった。ガレスは諦めて話題を変える。
「動けそうですか」
「いえ。まだ……足に力が入らなくて。もう少しだけ、ここにいてもよろしいでしょうか」
「無理に広間へ戻る必要はないでしょう。このまま帰った方がいい」
「よろしいのでしょうか」
「今夜の目的は、十分果たせていると思います」
リリアンナの評価が確かに変わりつつあることも分かった。多くの貴族と話し、これからにつながる縁もできた。これ以上、無理をしてまで残る理由はない。
「では、お言葉に甘えます」
「伯爵に話してきます。ここで待っていてください」
そう告げると、ガレスは広間へ向かった。
◇◇◇
ロイドはすぐに見つかった。
「伯爵」
「おや、閣下」
振り向いたロイドが首を傾げる。ガレスの顔が、うっすらと赤い。
ガレスは周囲へちらりと目をやると、ロイドへ身を寄せ、声を落とした。
「リリアンナなのですが」
その様子に、ロイドも自然と声を潜める。
「娘がどうかしましたか」
「その……少し、具合が」
言葉が、妙にぎこちなかった。
「具合が?」
「はい。その……少し、休ませた方がよいかと」
やはり歯切れが悪い。
ロイドは、しばらく黙っていた。
ガレスの様子を見れば、おおよその察しはついた。——ついてしまった。
「……」
「……」
微妙な沈黙が流れる。
ロイドは、これ以上追及するのをやめた。父親として、その先まで聞くのはあまりに気まずい。
「……分かりました。今日はもう帰ります」
「……ありがとうございます」
◇◇◇
その夜。リリアンナはロイドとともにルベルハルト邸へ帰り、ガレスもヴァルグレイブ邸へ戻った。
時刻はすでに遅い。使用人たちも下がり始めている。だが、ガレスには一つだけ済ませておきたいことがあった。
「レオン」
「はい」
「国王へ、至急で謁見を願い出たいです。ルベルハルト家との婚約について報告したいと」
レオンが顔を上げる。それだけで事情を察したらしい。
「承知いたしました。では、閣下名義で謁見願いを整えます。今夜のうちに王宮へ届けるよう手配いたします」
「お願いします」
レオンはすぐに必要な書類を用意するため、部屋をあとにした。
決めたのなら、もう先延ばしにするつもりはなかった。
——今度こそ、誰の前でも婚約者としてリリアンナの隣に立つために。




