改稿中☆34 社交界への第一歩
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
「できました。……はぁ、お綺麗です、リリアンナ様」
姿見の前で、エマが両手を胸の前で組んだ。フィーネは最後の一房を指に巻き、耳の後ろへ流している。
悪評を覆すための作戦会議から、三日。今日はクロード第一王子から招きを受けて、ガレスとともに王宮へ上がることになっている。そのため、普段より華やかな装いに身を包んでいた。
「本当に、よくお似合いです」
フィーネも嬉しそうに頷く。
「ありがとう、二人とも」
鏡の中には、丁寧に髪を結い上げ、王宮へ出向くのにふさわしい装いをした自分が映っている。
リリアンナが最後に身なりを確認していると、扉を叩く音がした。
エマが扉を開けた途端、目の前いっぱいに花が広がった。
「失礼します。……これをリリアンナに」
そこにいたのはガレスだった。両腕には、彼の大きな身体でも抱えるほどの、立派な花束がある。
「旦那様! ……今日もですか!?」
エマが声を上げた。
正式に婚約することを決めてからというもの、ガレスは毎日のようにリリアンナへ花を贈っていた。女性に花を贈るのは初めてで、どの程度が適当なのか分からないらしい。せっかく贈るのだからと、そのたびに立派なものを選んでくる。
「旦那様、これ以上はリリアンナ様のお部屋が、お花でいっぱいになってしまいます!」
エマが部屋の中を示す。
花瓶に生けられた花が、窓辺にも卓の上にも所狭しと並んでいた。
フィーネは口元を押さえ、笑いをこらえている。
「すみません。贈りたくなってしまって。……明日は、もう少し小さいものにします」
「明日も贈るおつもりなのですね……」
二人のやりとりを聞いて、リリアンナは口元をほころばせた。
「ありがとうございます、ガレス様。お部屋に入るたび、いい香りがいたしますの」
そう言って笑いかければ、ガレスの強面もたちまち嬉しそうに緩んだ。そこで改めてリリアンナを見たガレスは、ぴたりと動きを止める。
「……ガレス様?」
「……一つ、聞いてもいいですか」
「はい」
「容姿を褒められるのは、嫌ですか」
思いがけない問いに、リリアンナはきょとんとした。けれど、すぐに理由に思い至る。
(祝福のせいで変わってしまった顔のことを、気にしてくださっているのね)
「いいえ。嫌ではありませんわ」
リリアンナは微笑んだ。
「……ガレス様が褒めてくださったら、とても嬉しいです」
エマとフィーネが顔を見合わせ、端へ下がった。
「いつもお綺麗ですが、今日は一段と綺麗で……目が離せません」
ガレスが膝を折るようにして、花束を下ろす。リリアンナは両手を伸ばしてそれを受け取り、そのまま花に顔を寄せた。
「……ありがとうございます」
花に埋もれた声は、少し上ずっていた。
「エマ。こちらも飾ってくれる?」
「もちろんです。なんとか場所を作ります!」
ガレスとリリアンナは顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
「では、参りましょうか。馬車を待たせてあります」
「はい」
二人は並んで、王宮へ向かった。
◇◇◇
王宮へ到着した二人は、クロードの待つ応接室へと通された。
椅子から金髪の青年が立ち上がる。
「よく来たな」
二人は礼を取った。
「お久しぶりでございます、クロード殿下」
「ああ、久しぶりだ。ルベルハルト嬢」
ガレスがぴくりと反応する。
「……お久しぶり?」
以前、夜会でクロードが、リリアンナの人となりを妙によく知っていたことを、問いただしたことがある。あのときは見事にはぐらかされた。
じとりと強い視線がクロードへ飛ぶ。その意味を察したクロードが、楽しそうに笑った。
「そういえば、お前には話していなかったな」
「聞いたのに教えてくれなかったの間違いでは?」
「そうとも言う」
悪びれる様子はまるでない。
「彼女には、少しの間、私の補佐をしてもらっていた」
クロードがリリアンナへ視線を向ける。
「一年ほど前、隣国との通商条約の改定を任されて、仕事が倍になってな。短期間だけでも専属で補佐してくれる優秀な人材はいないか、ロイドに相談したんだ。そこで紹介されたのが、娘のルベルハルト嬢だった」
「最初は、一時的にお手伝いするというお約束でしたね」
「ああ。ところが、あまりにも仕事ができるものだから、そのまま半年ほど業務補佐として残ってもらった」
クロードは肘掛けに頬杖をついた。
「本当は、正式に補佐官として務めてもらうつもりだったんだぞ。お前だから紹介したんだ。政務が立て込む時期だけでも、手伝いに出してくれ」
「辺境から通わせるおつもりですか。絶対に嫌です」
間髪を入れず返された。クロードはひとしきり笑ったあと、改めて二人を見る。
「それはともかく。婚約が正式に決まったそうだな。おめでとう、二人とも」
「ありがとうございます、殿下」
ガレスが頭を下げ、リリアンナもそれに続いた。
「クロード殿下に引き合わせていただいたおかげです。本当にありがとうございます」
「お前たちならうまくいくと思っていたが、まさか三か月を待たずにこうなるとはな」
「むしろ遅いくらいです」
「ガレス……いや、いい。これ以上つついても、惚気しか出てこなそうだ」
クロードは卓の上の手紙を指で叩いた。
「祝いの話はこれくらいにして。手紙の件だが、悪評については調べさせている」
リリアンナの表情が引き締まる。
「ありがとうございます」
「ただ、もう少し時間が必要だ。三年前までさかのぼって追わなければならないからな。ガレスが書いていた、デボア・バーリンガム侯爵令嬢についても併せて調べている。だが、現時点では彼女が関わっているとは言い切れない」
「……そうですか」
「もう少し時間をくれ。まとまり次第、報告書を送る」
「お願いします」
二人は頭を下げた。
「では、もう一つの相談についてだ。——求めていた人物に、心当たりがある」
ガレスが身を乗り出す。長椅子が軋んだ。
「どなたですか」
「ヴィクトワール・ド・シャルテンロー侯爵夫人だ」
「シャルテンロー侯爵夫人……」
その名を聞いたリリアンナが、目を見開いた。
「ルベルハルト嬢なら知っているか」
「はい。現在、王国で主流となっている礼儀作法を体系立てた方ですわ。王家や公爵家の方々の、礼儀作法の指南役も務めていらっしゃいます」
「その通りだ」
クロードが頷く。
「さらに彼女は、定期的に若い令嬢たちをサロンへ招いて、礼儀や立ち振る舞いを指導している。非常に厳しいことで有名だが、彼女に淑女として認められれば、それだけで箔がつく。彼女の評価を縁談の重要な判断材料にしている家もあるほどだ」
「すごい方なんですね」
ガレスが感心したように呟いた。
「ああ。社交界、とりわけ女性たちへの影響力は大きい。それにシャルテンロー侯爵夫人は噂だけで人を判断するような方ではない。家柄や周囲の評判に流されず、自分の目で見たものを公平に評価する、厳格な女性だ」
それを聞いて、ガレスとリリアンナは顔を見合わせた。まさに二人が求めていた人物だった。
「そこで一つ、提案がある」
クロードはリリアンナへ視線を向ける。
「近いうちに、彼女がサロンを開く。そのサロンに、リリアンナ嬢を参加させることができる。——ただし、私にできるのはそこまでだ」
ガレスは眉を寄せる。
「どういう意味ですか」
「サロンへ参加できるよう、夫人に話を通すことはできる。だが、その先の評価に口を出すことはできないし、私が頼んだからといって、夫人が評価を甘くすることもない」
「つまり、リリアンナ自身の実力で認めてもらわなければいけないということですね」
「そういうことだ。しかも、認めてもらえたからといって、協力が得られる保証はない。それでも社交界に戻る足掛かりにはなる」
ガレスとクロードの視線がリリアンナに集まった。
リリアンナは、膝の上で重ねた手に力を込める。顔を上げ、瑠璃色の瞳が、まっすぐにクロードを捉えた。
「ぜひ、参加させてくださいませ」
リリアンナの声に迷いはなかった。
クロードが口元を緩める。
「そう言うと思っていた。では、私から夫人に話を通しておこう」
「ありがとうございます」
リリアンナは深く頭を下げた。
「ガレスもそれでいいな」
「もちろんです」
「では、ひとまず決まりだな。悪評についてはこちらで調査を続ける。サロンについても、日取りが決まり次第知らせよう」
「お願いいたします」
これで、王宮を訪れた目的は果たした。リリアンナは、もう一度社交界へ立つために、一歩踏み出したのだ。
嬉しそうに頷き合う二人に、クロードが声をかける。
「さて。もう一つやるべきことがあるな」
「やるべきこと?」
首を傾げるガレス。クロードはリリアンナの装いへ視線を向けた。そして、にやりと笑う。
「ドレスが必要だろう? 社交界に出るための。それも、とびきり最高のものが」




