改稿中☆31 告白
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
「お茶はこちらへ置いておきます。では、ごゆっくり」
ハンスが二人分のお茶を用意し、一礼して部屋を出ていく。
扉が閉まる音がすると、談話室にはガレスとリリアンナの二人だけになった。暖炉の火が小さく爆ぜて、卓の上では二つのカップから湯気が細く立ちのぼっている。
リリアンナは左腕の銀の装飾具に指を添えた。
話さなければならない。——リリアンナはそう決めて来たはずなのに、いざガレスを前にすると、なかなか最初の一言が出てこない。
けれどガレスは急かしはしなかった。何も言わずに優しい眼差しを向け、彼女が自分から話し出すのを待っている。それが彼女の背を押した。
「辺境伯様は、『祝福』というものをご存じでしょうか」
「ええ。知ってはいますが……」
予想していなかった言葉に、ガレスは金色の目を瞬かせる。
豊穣の聖女、雷の英雄。子どものときに一度は読む、有名な祝福の伝説だ。辺境にも、遠い昔に祝福を授かった男の伝承が残っていた。
だが彼女が今、この席でその名を出す意味を考えて、はっとする。
「……まさか」
リリアンナは、こくりと頷いた。
「わたくしは祝福を授かっております。……ですが、伝説のような素晴らしい力ではございません」
リリアンナは装飾具へ添えていた手を、きゅっと握った。
「わたくしの祝福は魅了です」
「……魅了」
「男性のみに作用する祝福で、わたくしを見ている間、相手はその影響を受け続けます。強く作用すると理性を失い……わたくしを手に入れようとして、暴走いたします」
ガレスの中で、ひとつの光景が繋がった。
『本当に、何も……あの、綺麗な人に声をかけたところまでは、覚えていますが。そこから先は、まるで……』
「もしや……ゴールドマン伯爵のご子息の様子がおかしくなったのは……」
「はい。お考えになっている通りでございます」
リリアンナは、袖をまくり、左手の装飾具をガレスの前に掲げた。
「普段は、こちらの装飾具で力を完全に抑えているのですが、あの日……外れてしまいました」
「……そういうことだったのですか」
ガレスは、あの日のバルドからの報告を思い返した。
ジョルジュは突然人が変わったように暴れ出し、呼びかけにも応じず、理性のとんだ魔物のような目でリリアンナだけを狙っていたという。
どうやらバルドの言葉は的を射ていたようだ。
「あのときは、バルド様がすぐに押さえてくださいました。……ですが、八歳のときは、そうはまいりませんでした」
リリアンナは掲げていた腕を下ろし、祝福が発現した夜のことを話し始めた。
鐘の音が聞こえた直後、広間にいた男たちの様子がおかしくなったこと。我先にとリリアンナへ押し寄せてきたこと会場はひどい騒ぎになったこと。
「最後には、男性の一人に捕まり……部屋へ連れ込まれました」
「……っ!」
びきりとガレスの額に青筋が浮き、喉の奥で低い音が鳴る。
「父と護衛がすぐに来てくれましたので、何もされてはおりません」
「何もされなかったことにはならないでしょう。……怖い思いをされたのですから」
「それは……」
リリアンナは反射的に否定しかけて、言葉を止めた。
「……いえ。たしかに、今でも思い出すと震えるくらい、怖かったです」
左腕の装飾具を手で覆う。
「そのあとすぐに教会で鑑定を受けまして、そこで祝福について詳しいことが分かりました」
祝福が作用するのは、リリアンナを視界に入れている間だけであること。そして、どうやらリリアンナへの愛情が深い者ほど、その影響を受けにくいこと。容姿にも影響が出ていること。
「鑑定のあと、教会からこの装飾具をいただきました。つけている限り、わたくしの祝福は誰にも届きません」
「それは魔道具ですよね。そのように強力なものをつけて、痛みなどはないのですか」
戦闘用の魔道具もある。どれも強力だが、痛みや眩暈などの副作用が伴うものがほとんどだ。
リリアンナはすぐには答えられなかった。痛くない、と言えば嘘になる。視線が泳いだ。
「……あるのですね」
「い、痛みが少しだけ……もう慣れましたわ」
じとりとした視線を感じるが、リリアンナは追及される前に話を進めた。
「夜会のとき、屋敷には大勢のお客様がいらっしゃいました。ですから、わたくしの祝福のことは、すぐに社交界へ広まったのです」
そこから噂は形を変えていった。
「『リリアンナ・ルベルハルトは、男を魅了する化け物だ』と」
「それはリリアンナ嬢が悪いわけでは……」
「それでも、騒ぎの原因になったのはわたくしです」
言い返す声は、静かだった。
そしてリリアンナは、十五歳でデビュタントを迎えたあとの話へ移った。
悪評は消えておらず、何をしても悪く受け取られたこと。夜会では『化け物』と呼ばれ、嫌がらせを受けたこと。それでもできる努力をして通い続けたが、汚名を返上することは叶わなかったこと。
「そんな中で、お友達ができました。マリアベル様とおっしゃる方です。本がお好きで、噂を知ったうえで、それでも隣に座ってくださって」
そこで、リリアンナの声が小さくなった。
「……あの方も、わたくしと関わったせいで傷つけられました。最後には、祝福の騒動に巻き込んでしまって。それきり、お会いできておりません……」
膝の上で、両手を重ねる。
「マリアベル様の一件があり、わたくしは社交界から去りました。——これがわたくしの事情のすべてでございます」
言い終えて、リリアンナは息を吐いた。
祝福がある限り、また力が発現すれば誰かに迷惑をかけるかもしれない。何をしても悪評に結びつけられる自分が妻になれば、ヴァルグレイブ家の名まで傷つけてしまうかもしれない。
本当なら、ここで身を引くべきなのだろう。
(……ですが、わたくしは)
この屋敷が好きだ。ここにいる人たちが好きで、そして——目の前のこの方が、どうしようもなく好きになってしまった。
だから、そこまで全部お話ししたうえで、お願いするつもりだった。隣にいさせていただけないか、と。
——そんな悲壮な決意をしているリリアンナとは反対に、ガレスの胸の内では、まったく別のものが激しく渦巻いていた。
怒りの向かう先が、ない。
八歳の彼女に今も残る恐怖を植えつけた男たちも。彼女を『化け物』と呼び、傷つけ続けた者たちも。
今、ここにはいない。
(どうして俺は、その場にいなかったんだ……!)
ガレスは悔しさに拳を握りしめた。正直、全員剣の錆にしてやりたい。だが、今さら考えたところで過去は変えられない。
ならばこれからは、俺が側にいればいい。
祝福がなんだ。魅了された野郎どもなど、何人来ようが叩き伏せればいい。
嫌がらせ? 俺の前でそんな真似をさせるわけがない。
問題はひとつだけだった。
守るためには、リリアンナの隣にいていい理由が必要だ。いつでも彼女の前に立てる権利がいる。
「辺境伯様……わたくしは——」
「リリアンナ嬢!」
「は、はいっ」
突然強く名前を呼ばれ、リリアンナの肩が跳ねる。
ガレスは勢いよく立ち上がり、そのままリリアンナの前へ進んだ。
そして——片膝をつく。
「……へ、辺境伯さま?」
急に跪いたガレスと、座ったままのリリアンナ。二人の視線の高さが、ほとんど変わらなくなった。
リリアンナは瑠璃色の瞳を大きくした。
「俺は、見ての通り、野獣のような見た目をしています」
「は、はい?」
「そのせいでよく怖がられますし、口下手で、社交での付き合いも苦手です」
「え、あの……」
「辺境は王都から遠いですし、冬の寒さも厳しいです。正直、自分が申し分ない婚約相手だとは思っていません」
ガレスはそこで、一度言葉を切り、大きく息を吸った。
「ですが、腕っぷしの強さだけは自信があります」
金色の瞳が、まっすぐにリリアンナを見上げている。
「またその祝福が働いて、魅了された者が何人押し寄せてこようと、俺が全部止めます。誰にも触れさせません。……必ず守ると誓いますので——」
傷だらけの大きな手が差しだされた。
(守りたい。それだけではない。……この先もずっと、この人の隣にいたい)
「俺と結婚してください」
「……え?」
(け、結婚……!?)
リリアンナはぱちぱちと何度も瞬きをした。
祝福も悪評もすべて打ち明けたうえで、それでも隣にいたいと願い出るつもりだった。
まさかこのタイミングでガレスから求婚されるとは夢にも思っておらず、リリアンナは狼狽えてしまった。




