改稿中☆閑話①――辺境伯邸の一幕
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
【子犬の名前】
「だから、フェンリルが格好いいだろうが!」
「ふざけるな! 金狼姫のほうが強そうだ!」
「ポテト!」
談話室に怒号が飛び交っていた。
『フェンリル』『金狼姫』『ポテト』『ヴァルグレイブ号』『つよい丸』
それぞれが思い思いの名前を叫んでいる。
(……これは会議なのかしら)
リリアンナは椅子に座り、膝の上の子犬を抱き直した。
先日、屋敷探検のときに保護した子犬だが、親犬も飼い主も見つからなかったので、屋敷で正式に飼うことになった。
リリアンナは子犬の名づけ会議に呼ばれたのだが、白熱しすぎて喧嘩のようになっている。
隣でガレスが腕を組んで、無言で会議を見守っていた。
「この子は女の子なんですから、もっと可愛い名前にしましょうよー!」
兵士たちにまざって、エマが負けじと声を張り上げている。
「じゃあ、可愛い魔狼姫で」
「どこがだ!」
会議の熱はさらに高まっていく。そのときだった。
「きゅうん」
膝の上から子犬が身を乗り出し、ぱたぱた尻尾を振っている。視線の先にはガレスがいた。
「あら、辺境伯様のところへ行きたいようです」
「……俺、ですか」
止める間もなく、子犬はリリアンナの膝を蹴って跳んだ。そのまま傷だらけの太い腕の中へ、すとんと納まる。
まったく怖がることなく、綿毛のような身体が丸くなって落ち着いてしまった。
「おお! 閣下を怖がってねえ!」
バルドが感心して言った。
「なんかリリアンナ様みたいっすね」
「たしかに。全然怖がらないもんな」
「リリアンナ様……」
誰かが呟く。
「リリアンナ……リリィ、とか?」
一瞬、部屋がしんと静まり返った。
「「「それだーーーっ!!」」」
大きな歓声が部屋を揺らす。
「……い、いいのですか?」
「いいと思います」
一人だけ困惑しているリリアンナの横で、ガレスは満足そうに頷いて、リリィを撫でている。リリィも嬉しそうに尻尾を振った。
こうして辺境伯邸に、リリィという新たな家族が加わったのだった。
◇◇◇
【大きすぎる屋敷】
リリィの名づけ会議から、さらに数日。
「……また増えている」
廊下の長椅子の上に、見覚えのないクッションが置かれていた。
ガレスは足を止めて、それを見下ろす。屋敷のあちこちで、クッションや踏み台を見かけることが増えた。
首をひねりながら歩き出すと、談話室から声がする。
「では、ここにもクッションを置きましょう」
「ありがとうございます、フィーネさん」
中を覗くと、フィーネと使用人、それにリリアンナが長椅子の前に立っていて、一緒にクッションを眺めていた。
「どうしたのですか」
ガレスが声をかけると、三人が一斉に振り返る。
「ああ、旦那様。実はリリアンナ様用にクッションを用意していたのです。この屋敷の家具はリリアンナ様には少し大きいので」
「……大きい?」
ガレスの眉が動いた。
「食堂の椅子は、そのままお掛けになると足が床に届きません」
「こちらの長椅子も、背もたれまで下がると足が浮いてしまいます」
「浴室の湯船も大きいので、お一人で入るのは危ないです」
「……」
フィーネと使用人の報告に、ガレスの表情が険しくなっていく。
「辺境伯様? わたくしは困っておりませんよ。皆様がこうして工夫してくださっておりますので」
リリアンナが笑ってフォローしたのだが——。
「……すべて、作り直しましょう」
「はい?」
「家具の大きさをすべて、リリアンナ嬢に合わせます」
「旦那様、落ち着いてください!」
「湯船はもちろん、階段の段差も危ないです。屋敷も立て直さねば」
「そこまでですか!?」
「危険でしょう」
ガレスは至極真面目な顔だった。
暴走するガレスを、フィーネと使用人とリリアンナが三人がかりで説得する。途中からハンスも説得に加わってくれて、最低限の家具だけ直すことで話は落ち着いた。
ガレスもしぶしぶ納得したはずだった。
——ところが翌日。
談話室に入ったリリアンナは目を丸くした。長椅子にクッションが山ほど積まれている。
誰がやったのか、考えるまでもない。リリアンナは、部屋の隅に立っている大男へ顔を向けた。
「……辺境伯様?」
「……」
ガレスは無言で目を逸らした。
◇◇◇
【リリアンナ様を奥方様にお迎えする会】
リリアンナが屋敷に来て一か月が立った頃。
「では、本日の定例会議を始める」
文官の仕事部屋に声が響いた。
三人の文官が黒板を囲んでいる。黒板の上には大きく文字が書かれていた。
『リリアンナ様を奥方様にお迎えする会』
「まずは近況報告から」
「はい。一昨日の夕食時、閣下からリリアンナ様へ話題を振った回数が五回でした」
部屋の空気がどよめく。
「五回!?」
「素晴らしい成長だ……」
「次の報告だが。実は最近、リリアンナ様が書庫で本を読まれている際に、高確率で閣下がお茶にお誘いしている」
「な、なんだって……!」
「どうやらリリアンナ様は、一度読書を始めると没頭して時間を忘れてしまうらしく、疲れてしまうのを心配した閣下が声をかけるようになったそうだ」
「閣下がそんな気遣いを……」
「あれでかなりの心配性だから、それが上手く作用しているんだな」
三人は頷き合う。最年長の文官が、黒板に白墨を走らせた。
『今後の作戦』
「まず、今のところおおむね順調といったところだが、閣下が暴走しないよう注意が必要だ」
「現時点で、もう何度も暴走していますけどね……」
「あとは照れると仕事へ逃げるのも問題だ」
「執務室への退路を断つか」
「いや、それはさすがに……」
「甘い。残り二か月だぞ」
「一度、閣下に自覚を持ってもらうための話し合いの時間が必要だな」
「閣下がお一人のときに捕まえますか」
「総力戦だな」
「いや……無理だ。寝ているところを闇討ちしよう」
「討つのは駄目だが……。まあ、それくらいの勢いでいくぞ」
白墨が激しく黒板を叩く。
そのとき、扉が開いた。
「失礼します。予算書について相談が……」
文官三人の肩が跳ねる。入ってきたのはガレスとレオンだった。
二人の目が黒板へ向かう。
『観察』『退路を断つ』『閣下を追い込む』『総力戦』『闇討ちも視野に』
しばらく眺めていたガレスは、真剣な顔で三人を見た。
「……もしかして、謀反ですか」
「…………」
文官たちは黙った。状況を理解したレオンだけが、後ろで肩を震わせていた。
リリィは、ポメラニアンのような、もこもこで茶色い毛のメスの子犬です。




