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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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27/58

改稿中☆25 デビュタント

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

 十五歳の春。


 リリアンナ・ルベルハルトは、七年ぶりに大勢の人が集まる場所へ足を踏み入れた。


 王宮の大広間は、本や絵で思い描いていたものより、ずっと華やかだった。


 色とりどりのドレス。胸に勲章を並べた紳士たち。楽団の音に楽しげな話し声が重なり、空間そのものがきらきらと輝いているように見えた。


(……本当に、来られたのね)


 胸の奥から喜びが込み上げてくる。


 ずっと憧れていた。


 同じ年頃の令嬢と流行のドレスや本について話をして。素敵な殿方と踊る。


 もしかすると、自分にも好きな人ができるのかもしれない。


 多くの十五歳の令嬢が思い描くような未来を、リリアンナも夢見ていた。


「ずいぶん嬉しそうだね」


 隣から聞こえた声に顔を上げると、父のロイドが柔らかく笑っていた。


「そんなに顔に出ていましたか」

「ああ。屋敷を出てからずっとね」

「まあ……」


 恥ずかしくなって頬を押さえる。それでも、口元に浮かんだ笑みまでは隠しきれなかった。


「だって、ずっと楽しみにしていたのですもの」

「そうだったね」


 歩き方も。礼の角度も。会話の作法も。ダンスも。家名を背負う令嬢として恥ずかしくないよう、七年かけて身につけてきた。


 だからきっと大丈夫。リリアンナは、そう信じていた。


「ルベルハルト伯爵。ならびに、ご息女」


 名を呼ばれた。


 リリアンナは父とともに前へ進み出る。


 練習してきた歩幅で。ドレスの裾を摘んで、優雅に膝を折った。


「ルベルハルト伯爵家長女、リリアンナ・ルベルハルトにございます」


 国王からお祝いの言葉を賜り、王妃からも笑顔を向けられる。


 リリアンナは、もう一度丁寧に頭を下げた。


 それだけだった。


 次の家の名が呼ばれ、父とともに下がる。


「よくできたね」


 列から離れたところで父が褒めてくれた。


「練習した通りだったよ」

「はい」


 リリアンナは左手の装飾具へそっと触れた。


(大丈夫)


 今日から始まる。ずっと待っていた新しい生活が。


 そのときのリリアンナは、心からそう信じていた。




 ◇◇◇




 謁見を終えたあと、ロイドは挨拶回りへ向かった。


 文官として王宮に勤める彼には、顔を出さねばならない相手も多い。


「リリアンナ。私が戻るまで、あまり遠くへ行かないようにね」

「はい、お父様」


 一人になっても不安はなかった。むしろ少しだけ胸が弾んでいた。


 話してみたいことは、たくさんある。


 季節の花、人気の刺繍。興味のある本。


 相手の家格に応じた挨拶の仕方も一通り覚えてきた。


 最初に声をかけてくれたのは、同じ年頃らしい令嬢たちだった。


「まあ、素敵なドレス」

「その髪飾りも、よくお似合いですわ」

「ありがとうございます。母の形見なのです」


 自然に言葉が続いた。ちゃんと話せている。相手も笑っている。


(こういうふうに、お友達ができていくのね)


 思い描いていた通りだった。


 リリアンナは少し緊張しながらも、教えられたとおりにドレスの裾を摘む。


「わたくし、ルベルハルト伯爵家のリリアンナと申します。以後、お見知りおきを」


 ——そこで、令嬢たちの表情が固まった。


「……ルベルハルト」


 一人が繰り返した。


「はい。リリアンナ・ルベルハルトと申します」


 何か聞き取れなかったのだろうか。そう思って、リリアンナはもう一度微笑んだ。


 令嬢たちが顔を見合わせる。そのうち一人が、隣の少女へ何かを耳打ちする。


「あら。ごめんあそばせ。母を探しておりましたの」

「わたくしも、失礼いたしますわ」


 二人は揃って離れていった。リリアンナだけが、その場に取り残される。


(……何か、失礼をしてしまったかしら)


 先ほどの会話を思い返すが、どこで間違えたのかが分からなかった。


 次に話しかけた令嬢も同じだった。その次も。


 最初は笑って話してくれるのに、家名を告げた途端、態度が変わる。


 もっと上手に話せばいいかもしれない。笑顔がぎこちなかったのかもしれない。


 そう思って何度も声をかけた。


 けれど、時間が経つにつれて、挨拶をすることさえ難しくなっていった。


 リリアンナが近づけば、出来ていた輪がほどけていく。目が合えば、逸らされる。


 そして、とうとう。


 聞こえた。


「あれが、そうなのですって」

「殿方を何人も狂わせたという……」

「魅了の祝福でしょう?」


 リリアンナの足が止まった。


「父から近づかないよう言われたわ」

「まあ、怖いわ……そんなの、化け物みたい」


 心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。


 化け物。


 その言葉とともに、かつての記憶が引きずり出される。


 押し寄せる人の波。伸びてくる何本もの腕。濁った目。


 リリアンナは反射的に左手を握りしめた。手のひらに硬い感触が食い込む。


(……違います)


 これは、ちゃんと働いている。教会が七年かけて調べてくれた。


 言わなければ。


 リリアンナは勇気を振り絞り、声のした方へ歩み寄った。


「失礼いたします。あの、誤解がございます」

「……っ」


 令嬢たちが一斉に振り向いた。


「わたくしの祝福は、この装飾具で抑えられております。安全性については教会の報告書も王家へ提出されておりますので……どうか、ご心配なさらないでください」


 言い終えると、一人が半歩下がった。


 その顔に浮かんでいるのは、安心ではなく——恐怖だった。


「……ご自分から、そのお話をなさるのね」

「え……?」

「いいえ。何でもありませんわ」


 三人は足早に去っていく。


『ルベルハルト伯爵令嬢は、自らの魅了の力を語って相手を脅したらしい』


 新しい噂が一つ生まれた。


 リリアンナがそれを知るのは、もう少し後のことだった。




 ◇◇◇




 ダンスの時間になった。


 楽団が曲を奏で始めると、若い令嬢たちのもとへ次々と令息が訪れる。


 差し出された手に、嬉しそうに手が重なる。


 色鮮やかなドレスがダンスホールへ集まり、花が咲くように舞い始めた。


 リリアンナは、自分のダンスカードを開いた。


 何も書かれていなかった。


 二曲目が始まった。三曲目。四曲目。


 ……カードには最後まで、一つの名前も書かれなかった。


(次は、もっと頑張りましょう)


 まだ、そう思えていた。




 ◇◇◇




 ——それからも、状況は変わらなかった。


 季節が変わっても、リリアンナは夜会や茶会に出続けた。


 怖がられているなら、安心してもらえばいい。誤解されているのなら、自分のことを知ってもらえればいい。


 リリアンナは、そう考えた。


 まず、男性へ自分から話しかけるのをやめた。魅了しようとしていると思われないように。


 代わりに令嬢たちと話せるよう、王都で流行しているものを調べた。


「最近は、小花の刺繍が人気なのよね?」

「はい。お嬢様くらいのお年の方には、特に好まれているようです」


 侍女からそう教えられれば、自分でも刺繍を習った。


「その刺繍、とても素敵ですわ」

「……ありがとうございます」

「わたくしも最近、同じ花の刺繍を練習して——」

「申し訳ございません。友人を待たせておりますので」

「……そうですか」


 会話は続かなかった。


 ならば、もっと中身を知ってもらおうと思った。


 貴族名鑑を読み直す。各家の縁戚。今年の作柄。王都の物価。各領地の特産品。


 誰と話しても困らないように、たくさん覚えた。


「まあ、ずいぶんお詳しいこと」

「殿方がお好きになる話題ばかり、よくご存じなのね」


 今度は、男性に取り入るために勉強しているのだとささやかれた。


 笑えば、媚びていると言われる。

 黙れば、不気味だと言われる。

 近づけば、企んでいると言われる。

 離れていれば、気取っていると言われた。


 何をしても。何もしなくても、駄目だった。



 悲しかった。悔しくないわけでもなかった。どうして自分ばかり、と思った夜だってある。


 それでもリリアンナは、誰かを傷つけ返すことだけはしなかった。


 ——人をおとしめたりする人間になってはいけない。


 父の教えを、破りたくなかったからだ。


 嫌なことがあった日ほど、リリアンナは机へ向かった。


 本当は、自分だけが悪いわけではないのかもしれない。


 それでも、自分にできることがあるのなら、やってみたかった。足りないところがあるなら、埋めればいい。もっと知れば、もっとできるようになれば。


 いつかきっと。


 誰か一人くらい、自分を普通の令嬢として見てくれる。


 そう信じたかった。




 ◇◇◇




 ——だが、そのささやかな願いさえ、やがて一人の令嬢によって踏みにじられることになる。


 王都で一番美しいと謳われる、ひとりの令嬢によって。

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