↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/58

改稿中☆23 祝福と装飾具

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

 三日間、リリアンナは部屋から出なかった。寝台の隅で、毛布を頭から被って膝を抱える。


 目を閉じると、あの時の暗く濁った目に見られている気がしてくる。だから、目は閉じない。


 その手の中には、母の髪飾りがあった。誰かが拾ってきて、枕元に置いていってくれたらしい。


 金細工は歪み、留め具は根元から折れていた。エメラルドの縁に、細かな傷が入っている。


 もう、髪には留められない。


「リリアンナ。ご飯を持ってきたよ。少しでいいから、食べておくれ」


 毛布の向こうから、父の声がした。


「……いらない」

「……そうか」


 ロイドは、無理に食べさせようとはしなかった。その代わり、いつでも食べられるように、サイドテーブルには食事が置いてあった。




 ◇◇◇




 あの夜のことを、リリアンナはひとつだけ父に話していた。


 ——綺麗な鐘の音が聞こえた、ということ。


 高いところで、澄んだ音が一度鳴った。それからみんな、おかしくなった。


 それを聞いた父は、その日のうちに教会へ書状を出した。




 ◇◇◇




 事件から三日目の朝。


 喉が渇いて、寝台を降りた。


 水差しは鏡台の上にあるので、毛布を引きずって、そこまで歩いた。


 ——そして、足が止まった。


 鏡の中に、知らない女の子がいた。


 いつものリリアンナでも、ドレスを着た素敵な貴族のお嬢様でもない。


 ミルクティーのような明るい髪の、綺麗なお人形さんみたいな女の子。


「……だれ」


 そう言うと、鏡の中の女の子も、同じ形に口を動かす。


 リリアンナは、自分の髪を掴んだ。……淡い色だった。指を通すと、するりと滑り落ちる。艶があり、ひと房ずつが、光を放っている。


(……ちがう)


 わたしの髪は、こんな色じゃない。もっと茶色で、朝は絡まるから、梳いてもらうのに時間がかかる髪だ。


 ——お母さまと同じ色の髪なのに。


「……だれ、これ」


 毛布が足元に落ちた。リリアンナは鏡へ手を伸ばす。鏡面に指先がぶつかると、鏡の中の女の子も、同じことをした。


 栗色の髪の普通の女の子は、もういなかった。


「お父さま……っ!」


 毛布を蹴って、リリアンナは扉に飛びついた。


「お父さま、お父さま……!」


 素足のまま、廊下を走る。あの部屋には、あの鏡の前にはいられなかった。


 階段の上で足が止まる。——玄関広間に、父がいた。


 その向かいに、見たことのない老女が立っている。同じ服の者が、あと二人。


 教会から派遣された司祭たちだった。


「……リリアンナ?」


 父がこちらを見上げた。


「お父さま……っ」


 声が震えて、うまく言葉にならない。


 リリアンナは、手すりにしがみついたまま自分の髪を掴んだ。この色をどう説明すればいいのか分からなかった。


「……わたし、へんなの」


 やっと出た言葉。


「かおも、かみも、へんになっちゃったの」


 ロイドが階段を駆け上がる。娘の前に跪き、顔を、髪を見た。


「……お父さま」

「大丈夫だよ、リリアンナ」


 ロイドは、娘を優しく抱き寄せた。


「何も、変じゃない。いつもの可愛いリリアンナだ」

「……伯爵」


 階段の下から、老司祭の声がした。




 ◇◇◇




 父に抱き上げられ、リリアンナは部屋に戻ってきた。そのまま寝台に座らされる。


「失礼いたします」


 老司祭は寝台の前で膝を折った。八つの子どもと、目線の高さを合わせる。


「お嬢さん。少しだけ、手を貸していただけますか」


 リリアンナは、父を見上げた。


 ロイドが頷く。


 小さな手が、皺だらけの手に包まれた。——それだけだった。


 何かが光ることも、痛みが出ることもない。老司祭は目を閉じて、しばらく黙っていた。


 少しして、その手が離れる。


 司祭は言った。


「間違いございません。これは、まごうことなき『祝福』でございます」


(……しゅくふく?)


 リリアンナは顔を上げた。この言葉なら知っていた。


 絵本で読んだことがある。神さまが、選んだ人にだけ贈ってくれる力のことだ。絵本の中で、その力を授かった人たちは、みんな誰かを助けていた。だからみんなに感謝されて、幸せそうに笑っていた。


(よかった。悪いものじゃ、なかったんだ)


 ほっとして、リリアンナは父を見た。


 ——大人たちは、誰も笑っていなかった。




 ◇◇◇




 祝福——それは、ごく限られた者だけに宿る奇跡の力。


 豊穣をもたらした聖女や、雷を操り大軍を退けた英雄。


 神から授かった贈り物として、その物語は今も絵本や伝記に語り継がれている。



 ◇◇◇




「……娘の力は、何なのですか」


 老司祭は、目を伏せて静かに答えた。


「ご息女の祝福は……魅了。目にした男は、ご息女を欲しいと願うようになります。魅了が強くなると、理性を失います」

「……男」

「女性は対象になりません」

「で、ですが……私は娘に近づけました」

「それがこの力の逃げ道でございます」


 老司祭は、リリアンナの方へ向き直った。


「どうやらこの力は、ご息女への愛情が強い者ほど影響を受けにくいようでございます。親愛。友愛。慈愛。恋愛。……形は問いません」

「……」

「伯爵が無事であったのは、そういうことでございます」

「……この子の髪と顔は」

「……それも、祝福の力によるものかと」


 二人の目がリリアンナへ向いた。父も、老司祭も同じ顔をしていた。


 困っているような、痛そうな、うまく説明できない顔だった。


 当時のリリアンナには、半分も話が理解できていなかった。だが、それでも二人が自分のことを話していて、それが良くない話だということは、なんとなく分かった。


 ——のちにリリアンナは知ることになる。この老司祭の鑑定の力もまた『祝福』のひとつなのだと。


「伯爵」


 老司祭がロイドに向き直った。


「ご息女の力は危険すぎる。抑えるものを、ご用意いたします」




 ◇◇◇




 数日が過ぎた。


 その朝、老司祭はふたたび屋敷を訪れた。


 リリアンナの前に差し出されたのは、銀色の腕輪だった。


 蔦が絡むような細工が彫り込まれている。磨かれているのに光を跳ね返さない。鈍い色をしていた。


「リリアンナ」


 父が床に膝をついた。目の高さを合わせて、両手をリリアンナの背に回す。


「少しの間、こうしているからな」

「……どうして?」


 その意味が、リリアンナには分からなかった。ただ、父の腕が強張っていた。


「装着します」


 老司祭が、リリアンナの左手を持ち上げた。


 銀の輪が手首に嵌まる。


「あつ——」


 声にならない。骨の内側から炙られているような痛みだった。皮膚ではない、もっと奥。腕の芯が鉄で焼かれているような——。


「いやっ! あついっ、あついよ!」


 リリアンナは暴れた。右手で腕輪を掴もうとするが、父に押さえられる。


「お父さま、はずして……!」

「……すまない!」

「はずして、おねがい、はずしてぇ——!」

「我慢してくれ……頼む、リリアンナ」

「っ、ああああぁぁぁぁ!」


 幼い悲鳴が響く。それでも、父の腕は離れなかった。


「初めがもっとも強く痛みます。魔力が馴染めば、多少は和らぎますが……残念ながら、痛みがなくなることはございません……」

「いやっ、いたい……!」


 小さな身体が跳ねるたび、ロイドは何度も背中を撫でた。


 理解できなかった。


 どうして自分がこんな目にあうのか。

 どうしてこんなにも痛いのか。

 どうして誰も助けてくれないのか。


「わたし、いい子にします」


 しゃくりあげながら、少女は言う。


「もう、よふかししません。おかしも、たべません。ちゃんとお勉強します」


 小さな指が、父の服を掴む。


「たすけて」


 誰も、何も言えなかった。





 ◇◇◇




「……これが、わたくしの祝福でございます」


 リリアンナの声で、昔話から空気が戻る。


「わたくしを目にした殿方は、わたくしを欲しいと願うようになります。力が強く働けば、理性を失って……あの夜のように」

「……」


 ハンスは、何も言わなかった。膝の上で組んだ手が、いつのまにか固く握られている。


「父が無事だったのは、わたくしを愛していたからだそうです」


 リリアンナは、装飾具に指を這わせた。


「セラフも、護衛の者も。……二人とも、わたくしが生まれた頃から屋敷におりました。わたくしを、可愛がってくれておりましたので」


 だから、助かった。


「……そして、教会からいただいたのが、これでございます」


 リリアンナは、左の袖を少し上げた。鈍く光る、銀の輪。


「この装飾具が、祝福の力を抑えてくれます」


 ハンスの肩から力が抜けた。それを見て、リリアンナは目を伏せる。


「ですが、抑えているだけなのです」


 顔を上げる。


「消えたわけではありません。……この輪が外れれば、力は元通り働きます。先日の、ジョルジュ様の時のように」


 ハンスの目が、わずかに開いた。


 あの日、食堂で何が起きたのか。バルドがなぜジョルジュを押さえつけたのか、そのすべてが繋がったのだろう。


「……あれは」


 老執事の声が、掠れた。


「あれは、リリアンナ様のせいではございません」


 だが、リリアンナは首を振る。


「いいえ」


 装飾具の上で、指が止まる。


「……わたくしがいなければ、起きなかったことです」


 ハンスが、何か言おうとした。その前に、リリアンナが微笑む。


「ハンスさん。先ほど、わたくしの噂はどれもひどいものだとおっしゃいましたね」

「……はい」

「……どうしてそうなったのか、お話しいたします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。