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男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


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改稿中☆14 お屋敷探検④――もっと仲良くなりたい

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

 エマに手を引かれるまま、リリアンナは廊下を駆けていた。


「エマ……! エマ、落ち着いて……!」

「ご、ごめんなさい……!」


 ようやく足を止めたエマ。


 二人は壁に手をつき、はあはあと息を整える。


 急に走らされたせいで、リリアンナの息はすっかり上がっていた。それでも、その顔にエマを責める色はない。


「ふふ……びっくり、しちゃったわ」


 乱れた息の下から、いつもの穏やかな笑みがこぼれる。


「本当に、すみません。……つい、必死になってしまって……」

「大丈夫よ。それで……次は、どこへ案内してくれるの?」

「そうですねえ。まだ行っていないのは——」


 エマが指を折って考え込む。そのときだった。


「ああああっ! 二人とも、ちょうどいいところに……!」


 廊下の向こうから、地響きのような大声。熊のような巨体が、二人へ突進してくる。


 討伐隊長の、バルドだ。


「え、バルドさ——きゃっ!?」

「ちょ、わ、わわわっ!?」

「リリアンナ様、エマ、失礼します!」


 止める間もなく、バルドは二人を両脇にひょいと抱え上げ、勢いよく駆け出した。


「頼む、来てくれ……! 二人の力が必要なんだ……!」

「な、何事ですかー……!?」


 わけも分からぬまま運ばれる。着いた先は、屋敷裏の訓練場だった。


 そこでは、屈強な兵士たちが、なぜか一様にへっぴり腰で右往左往している。


「救世主を連れてきたぞーっ!!」

「待ってました、バルド隊長……!」


 なにやら大事らしい。


 バルドにそっと下ろされた二人が、兵士たちの視線の先を追う。


 そこにいたのは——。


「きゃんっ、きゃんっ」


 ……一匹の子犬だった。


 訓練場の隅っこで、茶色い綿毛のような体を縮こませ、ふるふると震えている。


「……あの、これは?」

「どこからか、迷い込んじまったんです。保護してやりたいんですが……俺たちを見るなり怯えちまって」


 困り切ったバルドが、頭をかく。


 その先で、兵士の一人が、子犬ににじり寄っていた。


 ゆっくり、ゆっくりと、決死の面持ちだ。


「ま、待ってろよ……今、助けてやるからな……」


 だが、一歩近づくたびに、子犬はますます後ずさる。


「ひっ……に、逃げた!」

「ばか、脅かすな! 優しく近づけよ!」

「これ以上、どう優しくしろってんだ!」


 見上げるほどの大男がずらりと並び、たった一匹の子犬を囲んで、わたわたしている。


 あまりに小さすぎる生き物相手に、潰してしまうのが怖くて、なかなか近づくことができない。


「二人なら、俺らみたいに怖がられないと思うんで、何とかしてもらえませんか」


 バルドが、大きな肩をしょんぼり落として言う。


「分かりました。上手くいくか分かりませんが、頑張ってみますね」


 リリアンナは子犬のそばへ、そっと歩み寄った。そして、兵士たちよりずっと低い位置にしゃがみこむ。


 手は、伸ばさない。ただ膝の上へ置いて、穏やかに待つ。


「……おいで」


 ふわっと包み込むような、柔らかい声。


 子犬の耳が、ぴくりと動く。リリアンナをじっと見つめて、やがて一歩。もう一歩。小さな体が近づいてきたので、リリアンナがそろりと手を伸ばした。


 子犬は、その指をぺろりと舐めた。


「よしよし、もう大丈夫よ」


 その横で、エマもそっと手を差し出す。子犬は、その指にも鼻を近づけた。


「「「おおおおおおおっ……!!」」」


 訓練場に、大きな歓声が沸き起こる。


 リリアンナに抱き上げられても、子犬は暴れなかった。撫でられるたびに、ふわふわの尻尾が元気に揺れている。


「ふふ、可愛い……」

「ふわふわですぅ……」


 その様子を、兵士たちは遠巻きにじいっと眺めている。その顔には、ありありと『いいなあ』と書いてある。


 そんな羨ましそうな視線に気づいて、リリアンナは、くすくすと笑った。


「皆様も、抱っこしたいのですか」


 びくり。兵士たちの肩が跳ねた。……図星らしい。


「い、いや。俺たちじゃ怯えさせちまうので……」

「大丈夫です。犬はとても賢い生き物ですもの。優しくすれば、ちゃんと伝わりますわ」


 リリアンナは微笑むと、いちばん近くの兵士を手招きした。


「手のひらは、上に。……無理に掴まないで支えるように、そうです」

「は、はい……!」


 筋骨隆々の兵士が、言われるまま差し出した手のひらへ、子犬がそっと移される。


「うっ……」


 兵士は、かちこちに固まって、ぎこちなく犬を支えている。


「頼む……動くなよ……落ちないでくれ……」


 手の中で、子犬が、くんくんと兵士の手の匂いを嗅ぎ、ぺろりと手を舐めた。


「あ……ああぁ……」


 兵士から声にならない声が漏れる。


「な……舐めた。ちっこいのが、俺の手を舐めてくれた……!」

「なんてことだ……」

「お、俺も……触りたい……」


 兵士たちが、ふらふらと子犬の方へ群がっていく。順番に子犬を抱いては、指を舐められ感激する。いつもは怖がられて触れない、小さな命が手の中にある。


 もう皆、子犬に夢中だった。


「隊長! この子、うちで育てましょう!」

「よし……そうだな。閣下に、お願いしてみるか!」

「「「おおーっ!」」」


 子犬一匹を囲んで、屈強な男たちが拳を突き上げる。まるで、大きな戦の前のかけ声のようだ。


「リリアンナ様、ありがとうございます……!」

「エマも、よくやった……!」


 口々に礼を言われ、二人は顔を見合わせて笑った。




 ◇◇◇




 訓練場を後にした二人は、屋敷の廊下を、のんびりと歩いていた。


 もう日は傾いて、夕食の時間だ。


 半日かけて巡った屋敷探検も、これでひと区切りである。


 廊下を歩きながら、今日の出来事について語り合った。エマが身振り手振りを入れて話すたびに、リリアンナも楽しそうに相槌を打つ。


「なんだか……ゆっくり、ご挨拶はできませんでしたけど、すごく楽しかったですね!」


 エマが、にへっと笑う。その様子を見て、リリアンナは、ふと足を止めた。


「……ねえ、エマ」


 エマへ向き直り、まっすぐに見つめる。


「わたくし、歳の近いお友達があまりいなくて。エマとお話するのが、とても楽しいの。……これからも、仲良くしてくれるかしら」


 令嬢らしい上品さが抜けた、あどけない笑顔。年の近い友達を前にした、ただの女の子の顔だった。


「……っ!」


 ——その瞬間。エマの胸が、きゅうっと締めつけられ、嬉しさが限界を突破した。


「もちろんですっ!」

「きゃっ……!」


 勢いのまま、エマがリリアンナへ抱きつく。


 本来なら、侍女が貴族令嬢へ許しもなく触れるなど、許されることではない。けれど、リリアンナは気を悪くするどころか、嬉しそうに笑って、エマを受け止めた。


「……ふふ。ありがとう、エマ」


 優しく背中を撫でられると、エマはますます嬉しくなって、ぎゅうっと抱きつく力を強める。


「こら、エマ。失礼だぞ」


 ふいに、レオンの叱る声が聞こえてきた。


 廊下の向こうからガレスとレオンが歩いてくる。


「ひええ、旦那様!?」


 エマは、先ほど自分が口にした『怖い』発言を思い出し、反射的にリリアンナの背中へ隠れた。


 その様子に、おかしそうに笑いながら、リリアンナが問いかける。


「お疲れ様です。もうお仕事は終わったのですか」

「いいえ。閣下が、どうにも仕事に集中できないご様子だったので、気分転換中です」


 しれっと答えたレオンを、ガレスがじろりと睨みつけた。


「おお、怖い怖い。……私は退散します。そういえばエマ、フィーネがあなたを探していましたよ」

「あっ、はーい!」


 レオンに促され、エマも慌ててあとを追う。


 ——そうして、広い廊下には、ガレスとリリアンナの二人だけが残された。


「……今日は、エマと何をしていたんですか」

「お屋敷の案内をしていただいておりました」


 厨房での騒動。文官部屋での一件。そして、訓練場の子犬。今日あったことを、リリアンナは一つひとつ、楽しそうに話して聞かせた。


 ひとしきり話して——リリアンナが居住まいを正す。


「……あの、辺境伯様」


 呼びかけられて、ガレスの肩がぴくりと揺れた。


「本日はエマのおかげで、屋敷の皆様と、たくさんお話ができました」


 そこで一度、言葉を切る。


 それから、ふいに恥ずかしくなったように、視線を落とした。


「わたくし、皆様と……もっともっと、仲良くなりたいと思っているんです」


 指先を、きゅっと握りしめて、もじもじと足元を見つめる。


「……もちろん、その……できれば……辺境伯様とも……」


 淡い期待を込めて、上目遣いに見上げられ——ガレスの心臓が、大きく跳ねた。


 ごくり、と唾を呑む。


 魔物を前にしても揺らがぬ男の頭の中が、たった一人の令嬢の言葉で、真っ白になっていた。


「お……俺も」


 一度、大きく息を吸って。


「俺も……貴女と、もっと……仲良く、なれたらと……思っています」


 たったそれだけを言うのに、彼は、持てる勇気を全て振り絞っていた。


(き、きゃああああああああ――――っ!)


 廊下の角から見守っていたエマの脳内で、黄色い大歓声が吹き荒れる。興奮のあまり、その場でぴょんぴょんと跳ねた。


 しれっと隣で見物していたレオンも、満足そうに目を細めている。


 ——こうして、五日目の屋敷探検は、甘酸っぱい空気とともに、幕を閉じたのだった。

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