改稿中☆13 お屋敷探検③――辺境伯様の意外な一面
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
つづいて二人が足を運んだのは、屋敷の書庫だった。
扉を開けると、古い紙とインクの、少し埃っぽい匂いがふわりと漂う。
部屋自体はそう広くない。
ただ、本棚だけは天井に届くほど背が高く、厚みのある本が隙間なくびっしりと詰まっていた。
その光景に、リリアンナは思わず感嘆の声を漏らす。
「まあ……素敵」
「リリアンナ様、なんだか嬉しそうですね。読書はお好きですか」
「ええ、大好きよ」
——本を開けば、見たことのない土地や、会ったことのない人のそばへも行ける。だから、リリアンナは昔から、本を読む時間が何より好きだった。
うっとりと本棚を見上げるリリアンナに、エマが嬉しそうに声をかける。
「じゃあ、旦那様とお揃いですね!」
「辺境伯様が……?」
「はい! 旦那様、あれでたくさん本を読まれるんですよ。ちょっと意外でしょう」
「ふふ……ええ、少しだけ」
傷だらけの大きな手が、黙々とページをめくっている。その姿を想像して、リリアンナの口元が緩んだ。
「こちらにある本は、歴代の辺境伯様が、王都で暮らす間に集めた本らしいです。本邸には、もっと大きな書庫もあるんですよ」
リリアンナは、一冊ずつ背表紙へ視線を滑らせていく。
軍事戦略書。寒い土地の農学書。魔物の図鑑。どれも普段は手に取らないような本ばかりで、わくわくしてくる。
「ねえ、エマ。この本は読んでもいいと思う?」
「たぶん大丈夫ですけど、念のため、旦那様に聞いておきますね」
「本当? ありがとう、エマ」
ぱっと、リリアンナの瞳が輝いた。あちらの棚へ、こちらの棚へと、宝探しをする子どものように歩き回る。
(リリアンナ様、すごく嬉しそうだなあ……)
その姿に、エマは『いっそ書庫ごとリリアンナ様に差し上げてください!』と、ここにいないガレスに直訴したくなった。
ふと、リリアンナの目が高い棚の一冊に留まる。背伸びをして手を伸ばしてみるが、指先は、本の背にまったく届かない。
「……もう少しなのに」
小柄なリリアンナには、上の段は遠すぎた。ぴょこん、と軽く跳んでみても、やはり届かない。
「あっ、リリアンナ様。そこは私が!」
「ありがとう。……こんなに高くては、踏み台がいりそうね」
「あはは。このお屋敷のものは、辺境の人の体格に合わせてるので、リリアンナ様にはどれも大きいですよね」
言われてみれば、と、リリアンナは改めて周りを見回した。
見上げるほどの本棚も、どっしりとした机も、たしかに自分の背丈には大きすぎる。あてがわれた部屋のベッドも、腰かけると足が床に届かなかった。
(辺境の方は、皆様大きいのね)
目の前では、リリアンナより頭ひとつ分背の高いエマが、ひょいと伸びをして、届かなかった本を難なく抜き取っている。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
手渡された本の表紙には、『寒い土地の病』とある。その本が並んでいた棚へ目をやると、そこには、よく似た背表紙がずらりと並んでいた。
「……こちらの棚は、医療関係の本が多いのね」
「旦那様も、ここの本はよく読まれていましたよ。辺境では病気や怪我も多いですから」
寒い土地の病。傷の手当。毒草と薬草の見分け方。——どれも人の命に関わる本ばかりだ。
(これをすべて、辺境伯様は読まれたのかしら)
手の中の本を開いてみる。ずいぶん読み込まれているのか、紙の縁はすり切れてぼろぼろだ。そして余白には、古く色褪せた字や、力強い字など、何人もの筆跡でびっしり書きこみが残っていた。
剣を振るうだけでなく、知識でも領地を守る。その一冊から、ガレスの、そして代々の辺境伯たちの想いまで伝わってくるようだった。
(……もし、わたくしが辺境伯夫人になることがあれば。このお気持ちを、大切に受け継いでいきたい)
そっと本の背を撫でて、リリアンナはそう願った。
◇◇◇
書庫を出た二人が、執務室の前を通りかかったとき。わずかに開いた扉の隙間から、中の様子が見えた。
ガレスとレオンが机を挟み、真剣な顔で何か話し合っている。
リリアンナが思わず足を止めると、エマも一緒に覗き込み、耳元でこっそり囁いた。
「お仕事中の旦那様って、いつもより近寄りがたいっていうか、……ちょっと怖いですよね」
「あら、そうかしら」
リリアンナは、きょとんと首を傾げて、もう一度、執務室の中へ目を向けた。
書類に鋭く目を通し、指示を出すガレス。しばらく眺めてみるものの、エマの言う『怖い』がどこなのか分からない。
むしろ——領地のために働くその姿は、頼もしく映るばかりだ。
「ご自身の務めを、真摯に果たされていて……凛々しくて、格好いいと思うわ」
意識せず、素直な思いがこぼれ落ちた。
その瞬間——ガレスの手が、ぴたりと止まる。
そして、ぎこちなく。錆びついた扉が軋みながら開くように、ゆっくりと、その顔がリリアンナへ向いた。
扉の隙間ごしに、視線がまっすぐぶつかった。
鋭いはずの金色の瞳が揺れ、大きな体が強張っている。
思いがけない不意打ちを食らって、どうしたらいいか分からなくなった、ひどく無防備な表情。
リリアンナは、まだ気づいていない。自分の何気ないひと言が、無骨な辺境伯を、ひどく狼狽えさせていることに。
(ひ、ひええええ! 『怖い』って言ったの、旦那様に聞かれてた……!?)
その横で、金色の目に睨まれたと勘違いしたエマは、心の中で悲鳴を上げる。
「に、にに逃げましょう! リリアンナ様、早く……!」
「え、エマ……っ!?」
パニックのエマは、リリアンナの手をわしっと掴み、脱兎のごとく駆け出した。
嵐のように去っていく、二人の足音。
静まり返った執務室。一部始終を見ていたレオンが、意地の悪い笑みを浮かべ、上司の顔を覗き込んだ。
「良かったですねえ、閣下。『凛々しくて、格好いい』そうですよ」
「……黙ってください」
ガレスは手元の書類で顔を隠したが、隠しきれなかった耳は、赤く染まっていた。




