改稿中☆11 お屋敷探検①――厨房は大騒ぎ
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
リリアンナがヴァルグレイブ邸へやってきて、五日目の朝。
「ふん、ふん、ふん、ふーん♪」
エマは、上機嫌に鼻歌を奏でながら、リリアンナのミルクティー色の柔らかな髪を、丁寧に梳いていく。
リリアンナは心地よい手つきに身をゆだね、鏡越しに楽しそうなエマを見つめて微笑んだ。
「リリアンナ様。本日のご予定は、お決まりですか」
「いいえ。特にないわ」
「そういえばリリアンナ様、屋敷の皆とは、まだゆっくりお話しできていませんよね」
ブラシを置いたエマが、何かを思いついたような顔をした。
「でしたら、本日はお屋敷探検にまいりましょう!」
「探検……?」
「はい! まだご案内できていない場所がたくさんありますし、屋敷の皆も、リリアンナ様と仲良くなりたくて、うずうずしているんですよ」
にこにこと、屈託なく笑うエマ。
リリアンナが屋敷に来てから、年の近い二人は、自然と一緒に過ごす時間が増えていた。
エマはリリアンナにすっかり懐いており、リリアンナもまた、裏表なく接してくれるエマに、心を許している。
自分のために、楽しそうな予定を考えてくれたことが嬉しくて、リリアンナの顔が、ふわりとほころんだ。
「ありがとう。……ふふ、とっても楽しみ」
それは、花が咲くような笑顔だった。その笑顔に、エマの張り切り具合が、ぐんと跳ね上がる。
(喜んでもらえた……! よし、今日はとびきり楽しい探検にするぞーっ!)
ぐっと拳を握り、エマは意気揚々と先導の準備をした。
——この探検が、とんだ騒動つづきになるとは、このときの二人は、まだ知らなかった。
◇◇◇
エマに連れられ、最初に案内されたのは、食堂の奥にある厨房だった。
扉を開けた瞬間、エマが元気よく声を張り上げる。
「皆さーん! リリアンナ様が、ご挨拶に——」
だが、その声は最後までつづかなかった。……厨房は、それどころではなかったのだ。
もうもうと立ちのぼる湯気。鉄鍋のぶつかる音。飛び交う怒鳴り声。料理人たちが、鬼気迫る顔つきで手を動かしている。
「おい、まだか! 鍋の仕込みが全然追いついてねえぞ!」
「これじゃあ夕飯に間に合わねえ……!」
「あれれ? あの、何かあったんですか」
そばを駆け抜けようとした料理人を、エマが慌てて呼び止める。
「おお、エマ。それが、うちの奴が二人も腹を壊して寝込んじまったんだ……」
息を切らせながら、料理人が早口で答えた。
「ただでさえ大人数分を用意するってのに……このままじゃ、今日出す料理の仕込みが間に合わねえ……!」
言い終わるが早いか、料理人はまた調理台の方へ走っていく。厨房は、まさに戦場のようなありさまだった。
「た、大変です、リリアンナ様……! これじゃ、挨拶どころじゃないですよう……!」
おろおろと、エマが両手をさまよわせる。そんなエマに対して、リリアンナは静かに厨房の方を見つめていた。
エマと料理人の一連の話を聞き、現状を観察する。そして、迷いなく歩き出した。
「あの——もしよろしければ、わたくしにも、お手伝いをさせていただけませんか」
突然の申し出に、近くにいた料理長が、手を止めた。
「い、いや、リリアンナ様にそのようなことは、させられません!」
「難しいことはできませんが、お野菜の下拵えくらいでしたらできますよ。……お時間がないのでしょう」
迷う料理長をよそに、リリアンナはもう、袖をまくり上げていた。空いていた調理台の前に立ち、山と積まれた野菜を引き寄せる。
(見ていた感じだと、鍋の具材の下拵えをするのが、一番力になれそうね)
幸い、厨房の仕事なら伯爵家でたくさんしてきたので、手が覚えている。
小さな手が包丁を握る。
危なげのない手つきで、皮がするすると剥かれ、面取りまでされた根菜が、みるみる積み上がっていった。
(は、速い……!)
料理長は思わずその手元へ見入っていたが、すぐにはっと我に返った。
「野菜はリリアンナ様に任せろ! 俺たちは焼き場を終わらせて、鍋の準備だ!」
「おうっ!」
「わ、わたしも手伝います!」
リリアンナにつづいて、エマもぱたぱたと駆け寄ってくる。
「エマ。剥いたお野菜を、あちらのお鍋のところへ運んでくれる?」
「はいっ、任せてください!」
エマが両手いっぱいに野菜を抱え、料理人のもとへと運んでいく。欠けた二人分の穴を、リリアンナとエマが、少しずつ埋めていった。
滞っていた流れが確かに回り始め、どうにか今日出す料理の仕込みが間に合った。
「はぁ……っ、助かった……!」
「二人がいなけりゃ、今夜は危なかったぞ……」
額の汗をぬぐった料理長が、まじまじとリリアンナを見つめる。
「しかし、驚きました。リリアンナ様の、あの手際。……まるで、料理人だ」
「ふふ。実家で、教わりましたので」
リリアンナは、照れたように微笑む。
その手つきが、一朝一夕で身につくものでないことは、料理長の目にも明らかだった。
それから料理長は、ふと思いついたように顔を上げた。
「そうだ、リリアンナ様。お礼と言ってはなんですが……このシチュー、昨夜からじっくり煮込んでいた自信作でして。ちょうど新しい味付けも試しているんですよ。よければ、味見をしていかれますか」
「まあ、よろしいのですか」
「もちろんですとも! リリアンナ様のお口にあうかどうか、皆で話し合っていたところなんです」
料理長は、すかさず近くの料理人に目配せし、味見の支度をさせる。木の匙にすくわれたシチューが、リリアンナの前へ、そっと差し出された。
ハーブとミルクの香りが立つそれを、リリアンナはふーふーと息を吹きかけて冷まし、口へ運ぶ。
料理人たちの手が、ぴたりと止まる。
皆が固唾を呑んで見守る中、彼女の顔が、ぱっと華やいだ。
「美味しいです! ハーブの爽やかさが後味を軽くしていて、とてもいただきやすいですわ」
「そいつは、良かった! 夕飯に出しますんで、楽しみにしていてください」
「……もう、夕食が待ち遠しくなってしまいました」
「ははは! こりゃあ残りの料理も腕によりをかけて、最高のものをお出ししなきゃなりませんな」
わっと、厨房中に笑い声が響いた。
その笑い声の輪の中に自分もいることが、リリアンナには少しくすぐったく、嬉しかった。
こうして、朝一番の探検は、いきなりの騒動から幕を開けたのだった。




