↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男を狂わせる魅了の祝福を持つ令嬢は、野獣と恐れられる辺境伯様と三か月の仮婚約をしたら溺愛されました  作者: 紳士テニス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/58

改稿中☆10 初めてのプレゼント

※現在、改稿作業を進めています。


第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。

差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。

物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。

 用事を終えて商館を出ると、空から雪が舞い始めていた。


「あら、雪……」

「冷えてきましたね。早く帰りましょう」

「はい」


 二人は並んで、馬車を停めてある場所へ歩き始めた。吐く息は白く、足元には薄く雪が積もり始めている。


「辺境では、王都よりずっとたくさん雪が降るんですよね」

「はい。吹雪になれば、一歩先すら見えなくなるほどです」


 リリアンナが、ぱちりと瞬いた。


「まあ……。それは大変ですわ」

「慣れてしまえば日常ですが、備えを怠ることはできません」


 白い息が、二つ並んで流れていく。


「吹雪の日は、皆さまどう過ごされるのですか」

「そうですね……基本的に、外には出ません。家畜の世話や見回りだけ、交代で行います」

「では、薪は? どれくらい必要になるのでしょう」

「冬の前から、山のように蓄えています。それでも足りなくなる年があるほどです」


 リリアンナの好奇心は尽きることがない。


 防寒具。冬支度。保存食。暖房。思いつくままに尋ねる彼女へ、ガレスは一つひとつ丁寧に答えていく。


 自然と歩調も揃い、会話は途切れることなくつづいた。


 そんな中、リリアンナの視線が、通りの一角にある小さな露店へ流れた。歩みこそ止めなかったものの、瑠璃色の瞳が吸い寄せられるように店先へ向いている。


 そこは、木彫り細工を並べた小さな露店だった。


 ガレスは彼女のわずかな視線の揺れを捉えると、何も言わず、露店へ足を向けた。


「えっ……あ、あの、辺境伯様」

「……気になっているようでしたので」


 見抜かれていたことに気づき、リリアンナの頬が赤く染まる。


(ほんの少し見ていただけだったのに……気づいてくださったのね)


 恥ずかしいが、嬉しい気持ちで、胸の奥がくすぐったくなった。


「せっかくですから、少し拝見してもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


 店先へ近づくと、木の香りがほのかに漂ってきた。どの置物も、素朴で木のぬくもりが感じられる。


 リリアンナは楽しそうに眺めていき、小さな兎の置物の前で視線が留まった。


 長い耳。ちょこんと揃えた前足。今にも跳ね出しそうな姿が、なんとも愛らしい。


(……可愛い……)


 自然と頬が緩む。


 その様子を見ていたガレスは、懐から財布を取り出した。


「これを」


 店主に代金を渡し、兎の置物を受け取る。そして、状況を理解できずにぽかんとしているリリアンナの前へ、木彫りの兎を差し出した。


「どうぞ」

「え……」

「差し上げます」


 思いもよらない言葉に、リリアンナは目を丸くする。


「そんな……! いただけません」

「先ほど、商会で助けていただいたお礼です」

「ですが……」

「受け取ってもらえると、俺が嬉しいです」


 まっすぐな眼差しでそう告げられ、リリアンナは、それ以上断ることができなかった。


「……では、お言葉に甘えて」


 両手で大切に受け取る。小さな兎は、見れば見るほど素朴で可愛らしい。


「……ありがとうございます、辺境伯様。大切にいたしますね」


 宝物でも抱くように兎を胸元へ寄せ、嬉しそうに何度も眺める。その無邪気な仕草があまりにもいじらしくて、ガレスは気づかれないよう、そっと目元を緩めた。


(喜んでもらえて……良かった)


 それから、しばらく歩いたところで、リリアンナがおずおずと口を開いた。


「あの……、辺境伯様。……ひとつ、お伺いしてもよろしいですか」

「何でしょう」

「どうして本日、わたくしを商会へ連れてきてくださったのですか」

「それは……」


 ガレスは、少しだけ考えるように間を置いた。


「……昨夜、リリアンナ嬢が、辺境の話に興味を持ってくれていましたが」

「はい」

「言葉で説明するより、実際の現場を見た方が、イメージが湧きやすいかと思いました」


 リリアンナは、思わず目を見開く。


「……そんな。それだけのために、連れてきてくださったのですか」

「……」


 ガレスは、少し不安そうに眉を寄せる。


「…………もしかして、嫌でしたか」

「ち、違います……っ! 嫌だなんて、そんなことありません!」


 勢いよく否定すると、少し恥ずかしくなって頬を染めた。胸元で、兎を抱きしめる。


「……連れてきてくださって、ありがとうございます。とても勉強になりましたし……楽しかったです」

「……そうですか」


 嫌ではないと分かり、ガレスはようやく安堵の息を吐いた。




 ◇◇◇




 屋敷へ戻る頃には、雪はさらに勢いを増していた。


 馬車が玄関前に到着すると、待ち構えていた使用人たちが、一斉に駆け寄ってくる。


 扉が開き、まずガレスが降りる。つづいて、リリアンナへ手を差し出した。


「足元が滑ります。気をつけてください」

「ありがとうございます」


 差し出された大きな手を借り、リリアンナは馬車を降りる。雪を踏む小さな足元を見届けてから、ガレスはようやく手を離した。


「お帰りなさいませ、旦那様、リリアンナ様!」

「リリアンナ様、外は寒くありませんでしたか? お部屋の暖炉をしっかり焚いてありますからね!」

「ありがとう、エマ。とても助かるわ」


 リリアンナは嬉しそうに微笑み、それからガレスへ向き直る。胸元には、先ほどの木彫りの兎が、大切そうに抱えられていた。


「本日は、本当にありがとうございました」

「いえ。こちらこそ、助かりました」

「……この兎も、大切にいたしますね」


 そう言ってもう一度、嬉しそうに兎を見つめる。


 その表情を見た途端、ガレスの喉が詰まる。


「……はい」


 短く答えるのが、精一杯だった。


 リリアンナはエマに伴われ、楽しそうに自室へ戻っていく。その小さな後ろ姿を、ガレスはしばらく見送っていた。


「旦那様」


 隣に控えていたハンスが、声をかける。ガレスは我に返り、ハンスへ手短に、報告と指示を出した。


「物資はほぼ予定どおり。……ただし、剣の納品だけは、リリアンナ嬢の代案どおりに進んでいるか、三日後に再確認してください」

「かしこまりました。……それにしても、リリアンナ様の見事な機転、素晴らしいものですな」

「……はい。正直、とても驚きました。殿下が、非常に優秀な女性だと言っていた意味が、よく分かります」


 管理表を見つめていた真剣な横顔。迷いなく解決策を示した姿。そして、照れたように微笑んだ表情。どれも鮮明に覚えている。


「……では、俺は執務室へ戻ります」


 ガレスは踵を返し、歩き出そうとした。


 ——じっ。


 全方位から、妙な視線を感じる。


 ガレスは、ぴたりと足を止めた。


 廊下の角。太い柱の陰。階段の上。積み上げられた木箱の裏。そこかしこに、人の気配がひしめいている。


「…………何をしているんですか」


 低い声で問いかけると、兵士、侍女、文官、料理人まで、屋敷の者たちがぞろぞろと姿を現した。全員、満面の笑みを浮かべている。


 あっという間に、ガレスは取り囲まれた。


「どうだったんですか、記念すべき初デートは」

「王都のお洒落な喫茶店で、優雅にお茶ですか」

「いやいや、貴族なら一等地の宝石店でお買い物だろ!」

「出会った次の日に、さっそくデートに誘うなんて。旦那様ったら意外と積極的……!」


 好き勝手に盛り上がる屋敷の面々に、ガレスは眉間を深く寄せる。大真面目な顔で事実を告げた。


「……デートではなく仕事です。商会へ行きました」

「「「…………え?」」」


 全員の動きが、ピタッと止まる。


「辺境領へ送る物資の確認です」

「…………」

「剣の納品数が大幅に不足していたため、その調整をしていました」


 レオンが、こめかみを押さえた。


「……商会」

「はい」

「……物資確認」

「はい」

「……それだけ、ですか」

「はい。……それが何か? リリアンナ嬢が辺境に興味を持っていたので、現場を見てもらった方が分かりやすいと判断したまでです」


 あまりにも色気のない、けれどガレスらしい理由に、全員が脱力した。


「真面目すぎる……」

「いや、いかにも閣下らしい……不器用ここに極まれりだな……」

「それでは……お仕事だけをなさって、お戻りになられたということでしょうか」


 フィーネの問いに、ガレスはわずかに視線を泳がせる。


「……いえ。帰りがけに露店で、木彫りの、その……兎の置物を購入して、差し上げました」


 一瞬の静寂。そして——、


「「「プレゼントだ——————ッ!!」」」


 歓声が上がり、ヴァルグレイブ邸が激しく揺れた。


「やるじゃないですか、旦那様!」

「リリアンナ様は!? 喜ばれていましたか?」


 木彫りの兎を抱きしめて、嬉しそうに笑っていたリリアンナ。


 ガレスは腕を組んだまま、今度ははっきりと答えた。


「……はい。喜んでくれたと思います」


 その瞬間、屋敷の熱気がさらに上がるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。