改稿中☆10 初めてのプレゼント
※現在、改稿作業を進めています。
第1話から順番に、改稿版へ差し替えております。
差し替えが完了した話から、こちらの前書きは外していく予定です。
物語の大筋に変更はありませんが、細かな描写や内容については、改稿前と改稿後で異なる部分があります。
用事を終えて商館を出ると、空から雪が舞い始めていた。
「あら、雪……」
「冷えてきましたね。早く帰りましょう」
「はい」
二人は並んで、馬車を停めてある場所へ歩き始めた。吐く息は白く、足元には薄く雪が積もり始めている。
「辺境では、王都よりずっとたくさん雪が降るんですよね」
「はい。吹雪になれば、一歩先すら見えなくなるほどです」
リリアンナが、ぱちりと瞬いた。
「まあ……。それは大変ですわ」
「慣れてしまえば日常ですが、備えを怠ることはできません」
白い息が、二つ並んで流れていく。
「吹雪の日は、皆さまどう過ごされるのですか」
「そうですね……基本的に、外には出ません。家畜の世話や見回りだけ、交代で行います」
「では、薪は? どれくらい必要になるのでしょう」
「冬の前から、山のように蓄えています。それでも足りなくなる年があるほどです」
リリアンナの好奇心は尽きることがない。
防寒具。冬支度。保存食。暖房。思いつくままに尋ねる彼女へ、ガレスは一つひとつ丁寧に答えていく。
自然と歩調も揃い、会話は途切れることなくつづいた。
そんな中、リリアンナの視線が、通りの一角にある小さな露店へ流れた。歩みこそ止めなかったものの、瑠璃色の瞳が吸い寄せられるように店先へ向いている。
そこは、木彫り細工を並べた小さな露店だった。
ガレスは彼女のわずかな視線の揺れを捉えると、何も言わず、露店へ足を向けた。
「えっ……あ、あの、辺境伯様」
「……気になっているようでしたので」
見抜かれていたことに気づき、リリアンナの頬が赤く染まる。
(ほんの少し見ていただけだったのに……気づいてくださったのね)
恥ずかしいが、嬉しい気持ちで、胸の奥がくすぐったくなった。
「せっかくですから、少し拝見してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
店先へ近づくと、木の香りがほのかに漂ってきた。どの置物も、素朴で木のぬくもりが感じられる。
リリアンナは楽しそうに眺めていき、小さな兎の置物の前で視線が留まった。
長い耳。ちょこんと揃えた前足。今にも跳ね出しそうな姿が、なんとも愛らしい。
(……可愛い……)
自然と頬が緩む。
その様子を見ていたガレスは、懐から財布を取り出した。
「これを」
店主に代金を渡し、兎の置物を受け取る。そして、状況を理解できずにぽかんとしているリリアンナの前へ、木彫りの兎を差し出した。
「どうぞ」
「え……」
「差し上げます」
思いもよらない言葉に、リリアンナは目を丸くする。
「そんな……! いただけません」
「先ほど、商会で助けていただいたお礼です」
「ですが……」
「受け取ってもらえると、俺が嬉しいです」
まっすぐな眼差しでそう告げられ、リリアンナは、それ以上断ることができなかった。
「……では、お言葉に甘えて」
両手で大切に受け取る。小さな兎は、見れば見るほど素朴で可愛らしい。
「……ありがとうございます、辺境伯様。大切にいたしますね」
宝物でも抱くように兎を胸元へ寄せ、嬉しそうに何度も眺める。その無邪気な仕草があまりにもいじらしくて、ガレスは気づかれないよう、そっと目元を緩めた。
(喜んでもらえて……良かった)
それから、しばらく歩いたところで、リリアンナがおずおずと口を開いた。
「あの……、辺境伯様。……ひとつ、お伺いしてもよろしいですか」
「何でしょう」
「どうして本日、わたくしを商会へ連れてきてくださったのですか」
「それは……」
ガレスは、少しだけ考えるように間を置いた。
「……昨夜、リリアンナ嬢が、辺境の話に興味を持ってくれていましたが」
「はい」
「言葉で説明するより、実際の現場を見た方が、イメージが湧きやすいかと思いました」
リリアンナは、思わず目を見開く。
「……そんな。それだけのために、連れてきてくださったのですか」
「……」
ガレスは、少し不安そうに眉を寄せる。
「…………もしかして、嫌でしたか」
「ち、違います……っ! 嫌だなんて、そんなことありません!」
勢いよく否定すると、少し恥ずかしくなって頬を染めた。胸元で、兎を抱きしめる。
「……連れてきてくださって、ありがとうございます。とても勉強になりましたし……楽しかったです」
「……そうですか」
嫌ではないと分かり、ガレスはようやく安堵の息を吐いた。
◇◇◇
屋敷へ戻る頃には、雪はさらに勢いを増していた。
馬車が玄関前に到着すると、待ち構えていた使用人たちが、一斉に駆け寄ってくる。
扉が開き、まずガレスが降りる。つづいて、リリアンナへ手を差し出した。
「足元が滑ります。気をつけてください」
「ありがとうございます」
差し出された大きな手を借り、リリアンナは馬車を降りる。雪を踏む小さな足元を見届けてから、ガレスはようやく手を離した。
「お帰りなさいませ、旦那様、リリアンナ様!」
「リリアンナ様、外は寒くありませんでしたか? お部屋の暖炉をしっかり焚いてありますからね!」
「ありがとう、エマ。とても助かるわ」
リリアンナは嬉しそうに微笑み、それからガレスへ向き直る。胸元には、先ほどの木彫りの兎が、大切そうに抱えられていた。
「本日は、本当にありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、助かりました」
「……この兎も、大切にいたしますね」
そう言ってもう一度、嬉しそうに兎を見つめる。
その表情を見た途端、ガレスの喉が詰まる。
「……はい」
短く答えるのが、精一杯だった。
リリアンナはエマに伴われ、楽しそうに自室へ戻っていく。その小さな後ろ姿を、ガレスはしばらく見送っていた。
「旦那様」
隣に控えていたハンスが、声をかける。ガレスは我に返り、ハンスへ手短に、報告と指示を出した。
「物資はほぼ予定どおり。……ただし、剣の納品だけは、リリアンナ嬢の代案どおりに進んでいるか、三日後に再確認してください」
「かしこまりました。……それにしても、リリアンナ様の見事な機転、素晴らしいものですな」
「……はい。正直、とても驚きました。殿下が、非常に優秀な女性だと言っていた意味が、よく分かります」
管理表を見つめていた真剣な横顔。迷いなく解決策を示した姿。そして、照れたように微笑んだ表情。どれも鮮明に覚えている。
「……では、俺は執務室へ戻ります」
ガレスは踵を返し、歩き出そうとした。
——じっ。
全方位から、妙な視線を感じる。
ガレスは、ぴたりと足を止めた。
廊下の角。太い柱の陰。階段の上。積み上げられた木箱の裏。そこかしこに、人の気配がひしめいている。
「…………何をしているんですか」
低い声で問いかけると、兵士、侍女、文官、料理人まで、屋敷の者たちがぞろぞろと姿を現した。全員、満面の笑みを浮かべている。
あっという間に、ガレスは取り囲まれた。
「どうだったんですか、記念すべき初デートは」
「王都のお洒落な喫茶店で、優雅にお茶ですか」
「いやいや、貴族なら一等地の宝石店でお買い物だろ!」
「出会った次の日に、さっそくデートに誘うなんて。旦那様ったら意外と積極的……!」
好き勝手に盛り上がる屋敷の面々に、ガレスは眉間を深く寄せる。大真面目な顔で事実を告げた。
「……デートではなく仕事です。商会へ行きました」
「「「…………え?」」」
全員の動きが、ピタッと止まる。
「辺境領へ送る物資の確認です」
「…………」
「剣の納品数が大幅に不足していたため、その調整をしていました」
レオンが、こめかみを押さえた。
「……商会」
「はい」
「……物資確認」
「はい」
「……それだけ、ですか」
「はい。……それが何か? リリアンナ嬢が辺境に興味を持っていたので、現場を見てもらった方が分かりやすいと判断したまでです」
あまりにも色気のない、けれどガレスらしい理由に、全員が脱力した。
「真面目すぎる……」
「いや、いかにも閣下らしい……不器用ここに極まれりだな……」
「それでは……お仕事だけをなさって、お戻りになられたということでしょうか」
フィーネの問いに、ガレスはわずかに視線を泳がせる。
「……いえ。帰りがけに露店で、木彫りの、その……兎の置物を購入して、差し上げました」
一瞬の静寂。そして——、
「「「プレゼントだ——————ッ!!」」」
歓声が上がり、ヴァルグレイブ邸が激しく揺れた。
「やるじゃないですか、旦那様!」
「リリアンナ様は!? 喜ばれていましたか?」
木彫りの兎を抱きしめて、嬉しそうに笑っていたリリアンナ。
ガレスは腕を組んだまま、今度ははっきりと答えた。
「……はい。喜んでくれたと思います」
その瞬間、屋敷の熱気がさらに上がるのだった。




