対価
森の小道を抜けると、村が見えた。
「あー、やっとついたわ!」
手ぶらで悠々と歩くレティシアは、誰よりも疲れたような態度を取っている。
「……ここがそうか」
ラウタは、顔色一つ変えずに大きな袋を両手に抱えて、村を見た。
のどかな村だ。
しかし、村の規模に対して人が多いように感じた。
「レ、レティシア様……!」
一人の老人がレティシアに近づいてきた。
どこかくたびれた様子で、レティシアを恐れているように見えた。
「あら、ちょうどいいわ。頼まれていたものを持ってきたわよ。ラウタ、置いてちょうだい」
ラウタは言われるがまま、抱えていた袋を地面に置いた。
「子どもの服十二着に繕い物を十点。確認して」
「は、はい……と、ところでこちらの方は……」
老人はラウタに視線を向けながら問いかけた。
「あぁ、私の荷物運びよ。とにかく、確認して」
「か、かしこまりました」
老人は袋の中を確認した。
ラウタはじっ、と老人の様子を見ていた。
手つきがどこかおぼつかない。なにより、動作がひどくゆっくりだ。
まるで、時間稼ぎをしているかのように見えた。
「た、確かに……ありがとうございます」
「じゃあ、対価をちょうだい!」
手のひらを差し出すレティシアに、老人は顔をひどく歪ませた。
「レ、レティシア様……」
「なによ」
「本当に、本当に申し訳ないのですが……た、対価を用意することができなくて」
「はぁ!!?」
眉を強く寄せて、レティシアは老人に迫った。
「どういうこと!?私!あんたに頼まれて作ったのよ!!たくさんの対価と引き換えにって言うから!!それがなに?用意できないですって!!だったら、最初から頼むなっての!!」
恐ろしいまでの正論だ。
「も、申し訳ありません!!この前までは確かに用意ができたんです!で、ですが……カリティアからの難民がこちらに流れてきて……」
「カリティア?」
老人から出てきた言葉にラウタは反応した。
村の奥に視線をやると、ボロボロの衣服を身にまとった女性が座り込んでいるのが見えた。
「はい……カリティアとアドルフォートが戦争をしていたでしょう?」
——アドルフォート王国。
ラウタが戦っていた国だ。
「その戦争で逃げてきたカリティアの国民たちが、我が村に流れ込んできて……冬のために貯めていた食料庫を開けねばならないほどでして」
「じゃあ、なに?小麦粉もお砂糖も牛乳も卵も難民たちに与えられたってこと?」
「は、はい……」
老人は申し訳なさそうに視線を逸らした。
「はぁ!?もう最悪!!」
「……だが、レティシア。飢えた人間は暴れる。この老人を責めても仕方ない」
「……わかってるわよ!!でも、しょうがないじゃない!!あんなに頑張ったのに、なんの対価もないなんて……あんまりよ!!」
目の縁に涙をため、顔を歪ませるレティシア。
まるで、子どものようだ。
ラウタは、迷いつつもレティシアの背中をさすった。
「い、今はご覧のように食料は枯渇しておりますが、デウス教の方々が救援に来てくださっています。村の負担が落ち着けば、必ず……必ず改めて対価を用意いたします!」
「デウス教?」
その言葉に、ラウタは首を傾げた。
「やだ、あんた。知らないの?」
「……カリティアはあまり宗教は根付いていない。なにより、軍ではそのようなこと習わなかった」
「……嫌な国ね、ほんと。そもそもあんた、創造神デウス・マキナは知ってんの?」
「……この世界を作った神だろう」
「あら、それは流石に知ってたのね。お利口さん。デウス教はそのデウス・マキナを崇める信仰よ。この国で一番広まってる宗教ね。ま、それ以外の宗教なんて、ないようなもんだけど」
「そうか。説明、感謝する」
ラウタはレティシアに向かって、頭を下げた。
レティシアはそれに気分を良くしたものの、老人の姿が目に入ると、本題を思い出した。
「……で!その改めてっていつなの?私、こいつを連れて王都に行く用事があるから、しばらくは受け取れないんだけど」
「そ、それは……」
老人は言い淀む。
無理もない。いくら救援が来たからと言って、すぐに解決できる案件ではないからだ。
「言い淀むってことは未定ってことでしょ!だったら、この取引はなしよ!!」
レティシアは服の入った袋の口をきゅっと閉じた。
「そ、そんな……」
「私、後払いって嫌いなの!こっちが損してる気分になるから!」
「……だが、レティシア」
「なに!?」
静観していたラウタが、間に入った。
もちろん、レティシアは外野は黙れと言わんばかりに、噛みついてきた。
「あそこを見ろ」
ラウタは、村の端を指さした。
そこには、村の子どもたちが集まっていた。
よく見ると、袖がだいぶ余っている服を身につけていた。
そのうちの一人は裾も長く、歩くたびに踏みつけて、転びそうになっている。
他の子どもも同様だ。
「難民が流れ込んだことで、子ども用の服が足りなくなったのだろう。ああいうふうに、袖が余ってる服ばかり着ている」
「…………」
「子は……宝だ。袖が余れば、手が使いにくい。裾が余れば、踏んで転んでしまう。他所の者から見たら、この村は子どもに適切な服を着せない、愚かな村だと映るだろう。なにより——」
「あー!もう!!わかったわよ!!」
レティシアは、ラウタの言葉を遮ると袋に近づき、乱暴な手つきで袋の口を開けた。
「いいわよ!使いなさいよ!!だけど、これは貸しよ!!ぜーったいに後で対価を払いなさいよ!!」
「も、もちろんです!!ありがとうございます!レティシア様!」
老人は、土下座をするような勢いで頭を何度も下げた。
それを見て、レティシアはそっぽを向いた。
「……これを子どもたちに配っておくれ」
老人は、そばにいた村の女性たちに声をかけると、袋を渡した。
女性たちは受け取ると、レティシアに何度も頭を下げ、その場を離れた。
その時——
「お前!!わざとだろう!!」
「ふざけるな!お前が勝手にぶつかってきたんだろう!!」
村の奥から怒号が聞こえてきた。
老人は肩をびくりと震わせ、深くため息をついた。
「……またか」
その呟きは、ひどく疲れていた。
「申し訳ありません。広場の方で揉め事があったみたいで……すぐ戻りますので、お待ちください」
そう言うと、老人は村の奥へと走っていった。
「……なにがあったんだろうな」
「さぁ?デウス教のやつらが来てるって言ってたから、炊き出しで揉めてるのかしらね」
「空腹は、人の本性が出るからな」
「そうね」
二人が話している間にも、奥から怒号は響いていた。
諌めている声も聞こえるが、それでも怒号は消えることはなかった。
「やぁねぇ。あんなに怒鳴って……。ちょっと見に行くわよ」
「行くのか?」
「このまま帰るのは癪よ」
「……心配なのか?」
「はぁ?そんなわけないでしょ!勘違いしないで!私は人間が嫌いなの。その人間が落ちぶれてる姿を目に焼きつけるだけよ」
そう言うと、レティシアは村の奥へと歩み出した。
老人が通っていった道だ。
「あんたもついてきて!か弱いレディを一人で野蛮な場所に行かせないでちょうだい!」
「……承知した」
立ち止まっていたラウタは、レティシアの後を追った。
その横顔は、どこか晴れやかだった。




