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美徳なき善行

ラウタとレティシアが広場につくと、そこには長い列ができていた。

修道女たちが大鍋の前に立ち、薄いスープをよそっていた。

列のそばでは、見習いらしき少女が、並んでいる人々に木の器を配っている。

しかし、その列から外れた場所で男二人が言い争いをしていた。

二人とも、戦争帰りか、あるいは戦に巻き込まれた者なのだろう。

片方は、義手の男。もう片方は義足の男だった。


「お前のせいで、せっかくもらった炊き出しをこぼしたじゃねぇか!」


義手の男は叫ぶ。

 

「そんなのお前の自業自得だろ!」

「なんだと!?」


一方で、義足の男はバカにしたように言い返した。

地面には、スープがこぼれた跡がある。

しかし、ほんの少しだけだ。

それでも、義手の男は今にも掴みかかりそうなほど、怒りで顔が歪んでいた。

 

「お、おやめください!ここは、穏便に……」


老人は間に入って、なんとか二人をなだめようとしているが、全く効果がないように見えた。

それを見て、若い修道女が駆け寄ってきた。


「お二人とも、まだスープはあります。どうか、落ち着いてください」


しかし、修道女の声が聞こえていないのか、はたまた無視をしているのか二人は言い争いを止める気配は一切なかった。


「いやね、人間って……」


醜い人間の争いを見て、レティシアは呟いた。


「あれは、かなり特殊な例だ」

「わかってるわよ」


レティシアは深くため息をついた。


「またか、ってジジイ言ってたわよね。あんなのいつも止めてたってことでしょ?よくやるわね」

「老人は村長だろう?」

「そうよ」

「ならば上に立つ者として、危険を顧みずに責任を取らねばならない」

「ふーん、めんどくさいわね。そんで、周りの人間は巻き込まれたくないから、見て見ぬふりするわけ」


チラリとレティシアは近くにいた村の男を見た。

男は、気まずそうにレティシアから視線を逸らし、その場を離れた。


「あんた、あれを止められる?」

「難しいだろうな。修道女の声も届いていないとなると、私が出ていっても火に油を注ぐだけだ」

「あぁ……」


レティシアは察した。

この真顔から、正論がどんどんと飛び出してくる様は確かに火に油を注ぐ行為だと。


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ〜!」


バチバチと火種が飛んでいる空間に、似つかわしくないふにゃふにゃとした明るい声が聞こえた。


「お腹空いてるんだよね?お兄さんたち。だったらイライラするのもしょうがないよ〜空腹は、まともに考えられなくなるもんね〜」


それは、男だった。

中肉中背の朗らかな顔をした青年だった。

煤だらけの服を身にまとっている。傍目には、難民の一人にしか見えなかった。


「なんだ、てめぇ!」


突然近づいてきた青年に、義手の男は詰め寄る。

 

「まぁまぁまぁ!!落ち着いて落ち着いて!いくら、薄いスープでも一滴たりとも無駄にしたくないんだよね!わかるよ〜俺もそうだもん!」

「お、おう……」


青年の場違いなほどの明るさに、義手の男は少し正気を取り戻したかのように見える。


「け、けど!こいつが、ぶつかってきたんだ!」


自分の中で、それがどうしても腑に落ちないのか義手の男は義足の男を指さした。


「はぁ!?だからそれは——」

「まぁまぁまぁ!さっきから、ずっとそこを言い争ってるじゃん。このままじゃ、水掛け論だよ〜?だ、か、ら!これで解決しよう!」


そう言うと、青年は持っていた木の器を二人の前に差し出した。


「こぼれてしまった分、俺のを分けてあげます!」

「は、はぁ?」

「お前、なにいってんだ……」


男たちは二人揃って、青年の提案に言葉を失った。

戦争に負け、ボロボロのカリティアから命からがら逃亡してきた者たちばかりだ。

明日の食事よりも、今日の食事に苦しんでいるような人間だらけの中、このようなことを言うのは正気ではない。


「いいんだよ〜。また並べばいいんだからさ。それに、食事は笑って食べてた方がいいんだよ。その方が楽しいんだから!ほら、貸して!」

「え、あ、あぁ、……」


青年は義手の男から木の器を受け取ると、自分のスープを男の器に移した。

その量は、こぼしたスープよりも明らかに多い。


「お、おい!多いだろ!」

「いいんだよ!もらっといてよ!これで、怒る理由がなくなっただろ?」


青年は、にこりと微笑みながら木の器を返した。

周囲の視線は、義手の男へと集まった。

これで、怒る理由はないだろう。お願いだから怒りを沈めてくれ。そんな声が聞こえるようだ。


「あ、あぁ……」


器を受け取ると義手の男は、チラリと義足の男に気まずそうに視線を向けた。


「わ、悪かった。腹が減っててムカついて……」

「……俺も、言い方が悪かった」


二人は視線を合わせないまま、謝るとそのまま人目を避けるように、その場を離れていった。

周囲の人間は、ほっと胸を撫で下ろし、青年に感謝の目を向けた。


「あ、あの……」


男たちを止めようとしていた修道女が、恐る恐る青年に声をかけた。


「本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げればよいか……」


修道女は青年に深く頭を下げた。

 

「わ、私からもお礼を申し上げます。助かりました」


修道女のそばにいた老人も青年に頭を下げた。


「いやいや!全然なんてことないですよー!ご飯ってのは、楽しく食べるのがいいんでしょ?喧嘩なんてしてたら、皆楽しく食べられないじゃないですかー!」


青年はそう言うと、笑顔で半分も残っていないスープを飲み干した。


「うん!いいお味!」


ペロリと唇を舐めると、修道女に視線を向けた。


「よかったらなんですけど、俺、手伝いましょうか?」

「……え?」

「こう見えて俺、食堂で働いていたんですよ!力になれますよ!」

「で、ですが……配給を受けていたってことは、貴方も難民の方ですよね?」

「大丈夫です!俺、自分で言うのもなんですけど手際いいんですよ!それに、少しでも皆のお役に立ちたいんです!」

「そう、なのですね……」


チラリと修道女は炊き出しをしている仲間たちを見た。

急いで人手が集められたため、見習いの修道女たちが多かった。


「……本当に経験があるんですか?」

「はい!」


満面の笑みを浮かべる青年。

そのあまりに屈託のない笑顔に、修道女は折れた。


「では……お願いします」

「はい!喜んで!」


青年は元気よく敬礼すると、炊き出しの場へと走っていった。


「……なにあれ」


その光景を見ていたレティシアは、眉間にしわを寄せ、不愉快そうに呟いた。


「気持ち悪いったらありゃしないわ!」

「なにがだ?」


ラウタは、視線を青年に向けたままレティシアに問いかけた。


「自分だって困ってるくせに、人に手を貸していい顔してるところよ!お人好しとかいうレベルじゃないわよ!」


両腕で自分を抱きしめながら、レティシアは叫んだ。


「……それは、人それぞれだろう」

「あんたはそう言うのね!私は嫌すぎて鳥肌が立つわよ!」

「……だが、あの男には私も違和感を覚える」


ラウタは、件の青年を見つめる。

笑顔のまま、ゆっくりと大鍋をかき混ぜていた。


「食べ物は、人が明日生きるための糧だ。それをあの男は、なんの戸惑いもなく他人に与えた。それを人は美徳と言うのだろう。だが、あの男からは美徳を感じない」

「ふーん……あんたと意見が合うとは思わなかったわ」

「私は別に彼の善性を嫌っているわけではないが……」

「同じよ!お、な、じ!ああいう人間がいるから嫌なことを嫌って周りの人間は言えなくなるのよ」

「お前の思想が、かなり入っている気がするが」

「ふん!入ってて結構!自分の意思を持たないと潰れるのは自分だから!」


レティシアは、腕を組みながら青年を睨みつけていた。

睨んでいる先で、青年はひたすら鍋をかき混ぜていた。

その笑顔には、どこか影があった。

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