認識
「うん、いいわ!流石私ね!」
レティシアは満足げに胸を張った。
「……窮屈だ」
ラウタは、首元を緩めながら不満そうな顔をしている。
今のラウタは煤だらけだった軍服から、白いシャツに黒のベスト、細身のズボンという小綺麗な姿に変わっていた。
「服を作ってくれたことには感謝するし、お前の裁縫技術は賞賛に値する。だが、慣れない」
「我慢なさい!オシャレは我慢なのよ!それに、あんな汚い格好で貴族たちの前に現れる気?」
「だが、洗濯をすれば……」
「いい?あんたは、王候補。なら、相応しい格好をするのが筋ってもんでしょ?軍服なんてダメダメよ、可愛くない」
「可愛いは関係ないだろ」
「あるの!……もっとも、あんたには可愛いより、かっこいいが似合うと思ったからそっち寄りの服なんだけどね」
「……そうか」
ラウタは口を閉じた。
もはや、なにを言っても無駄だと悟ったらしい。
「ねぇ、首にかけてるそれ、外せないの?」
不意に、レティシアがそう問いかけた。
ラウタの胸元で、シャツがわずかに膨らんでいた。
「せっかく綺麗に作ったのに、そこだけもたつくんだけど」
「……これは、外せない」
「あら、なんで?」
ラウタは服の下から、それを取り出した。
紐には金属のタグが三枚ついていた。
「なによ、それ?」
「認識票だ」
「認識票?」
「軍人の身元確認に使われるものだ。他国は知らないが、カリティアの軍人は、首にこれを下げている」
「身元確認って……」
「そうだ。死体になった時に、誰かわかるようにするためにある」
「……聞いてて嫌な気分になったわ」
「それは、すまないことをした」
「けど、あんたはもう軍人じゃないでしょ?そんなの外せばいいじゃない」
「…………この中に、上官のものがある」
金属タグに触れながら、ラウタは呟いた。
「二つは私の認識票。残りの一つは、私の上官の認識票だ」
ラウタの指先が、タグのうちの一つに触れた。
変わらない真顔。
金属の音が、小さく鳴った。
「……死んだの?そいつ」
「死体を見たから、確実に。……認識票を受け取る者がいないと言っていた。私と同じだ。ならば、同類である私が持っているべきだと思ったまでだ」
「ふーん……それって、形見じゃないの?」
「形見……」
「大事に取ってるってことは、そういうことなんでしょ?」
「……どうだろうな」
ラウタは、視線をわずかに逸らした。
「私には、わからない。ただ、そう思っただけだ」
「そう……深くは聞かないわ。そういうことなら、それはつけたままでいいわ。でも、そのままだと美しくないわね。そうだわ!しまえばいいのよ!」
レティシアはそう言うと、指先から黒い糸を出した。
そして、指でぱちんと弾くと、何もない場所から小さな布切れが現れた。
「シャツを少し浮かせてちょうだい」
ラウタが言われるがまま、胸元を引くと、黒い糸と布がその隙間にするりと潜り込んだ。
レティシアが指を動かすたびに、糸がひとりでに布を走る。
やがて、シャツの胸の内側に小さなポケットが縫い付けられた。
「できた!そこに入れなさい!」
ラウタは認識票をそこに収めた。
金属タグで不自然に膨らんでいたところがなくなり、胸元がすっきりとした見た目になった。
「やだ、流石私!完璧!」
両の手のひらを頬にくっつけ、ご満悦な顔をするレティシア。
「……礼を言う」
相変わらずの真顔。
けれど、その顔はどこか誇らしげであった。
「ふふ!もっと感謝しなさい!この私が作ったものなんだから!」
「……このようなことができるお前を、尊敬する。私にはできないことだ」
「もー!!そんなこと言って!私を懐柔しようとしたってそうはいかないわよ!!」
にやけ顔を隠しきれないまま、レティシアはラウタの肩をバシバシと叩いた。
が、ラウタからしてみれば、虫が止まった程度の衝撃である。
「事実を言ったまでだ」
「ふぅーん……褒め上手ね。性別が違ったらスケコマシよ、あんた」
「スケコマシとはなんだ?」
「……知らなくていい言葉よ」
「そのような言葉は初めてだ。後学のためにも教えてくれないか」
「もう!しつこい!!レディにそんな言葉を説明させないで!!」
『……自分で言ったことだろうに』
レティシアが大声で騒ぐ中、ソファで丸くなっていたミリアの声が小さく消えていった。




