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お茶会奇想曲

「ほら、あたたかーいスープよ」

 

椅子に座るラウタの前に、湯気の立つスープが置かれた。

可愛らしいテーブル。

可愛らしい椅子。

可愛らしい器。

そして、室内は白と桃色のレースで埋め尽くされていた。

なんとも甘ったるくて胸焼けを起こしそうな内装だ。

 

「…………」

 

ラウタはスープをじっと見つめていた。

澄んだ琥珀色のスープに、柔らかく煮込まれた鶏肉と根菜が浮いている。

 

「なによ?毒なんて入ってないわよ」

「……お前が作ったのか?」

「そうよ!……文句あるの?」

 

腰に両手をあてながら、レティシアは眉を寄せる。

 

「いや……美味しそうだと思っただけだ」

 

器を持ちながら、ラウタは呟いた。

 

「そ、そう!……あんたからそんな言葉が出るとは思わなかったわ!見る目があるじゃない!」

 

顔を赤らめながらも得意げに言うレティシアをよそにラウタはスープをゆっくりと飲んだ。

ごくり、とスープが喉を通る。

優しく温かいものが胃の中に落ちて、凝り固まっていた何かが、少しずつほぐれていくようだった。

 

「……こんなに美味いもの、初めてだ」

「お、大袈裟ね!イリアティスの庶民がよく作るスープよ!」

「だが、軍の食事よりは美味い」

 

器のそばに置かれたスプーンで、鶏肉を口に運ぶ。

 

「肉も固くない。スープも温かい」

「……軍の食事と比べられるのは複雑ね」

 

レティシアはそう言いながらも、どこか満更でもなさそうだった。

黙々とラウタはスープを飲む。

すると、ボーンと低い音が部屋に響いた。

ラウタが音のした方へ視線を向けると、そこには大きな古時計があった。

針は、三時を指している。

 

「あら!お茶会の時間だわ!」

 

慌ただしくレティシアは立ち上がると、部屋の奥へ小走りで立ち去った。

すると、両手に何かを持って戻ってきた。

——お菓子の載った皿だ。

 

「これはプリマの分よ!」

 

椅子に座る『ナニカ』の前に、レティシアは皿を置いた。

 

「で、これはセクンダ!……こっちはテルティアの分よ!……あら、ごめんなさい!忘れたわけじゃないのよ?クァルト。貴方のはこれ!」

 

子どものような笑顔を見せ、テキパキと他の席にも皿を配った。

 

「紅茶も取ってくるわ!」

 

そう言うと、レティシアはまたも部屋の奥へと走っていった。

 

「…………」

 

ラウタは少し離れた場所に置かれた椅子へ視線を向けた。

椅子には、人形のようなものが座っていた。

白とピンクのフリルが、ふんだんにあしらわれたワンピース。腰まである金髪。一点を見つめている目。

 

——どう見ても、人間の少女だ。

 

しかし、胸は上下していない。

だとするならば、これは——。

 

「……死体だ」

 

ラウタは、他の椅子にも視線を向けた。

フリルが袖についたシャツを着ている少女。

胸元に大きなリボンがついたワンピースを着ている少女。

スーツ姿のガッシリとした体格の少年。

どれもが、一点を見つめ、息をしていない。

 

「お待たせ!」

 

奥からティーセットをお盆に載せたレティシアが戻ってきた。

 

「今日はね!プリマが飲みたいって言ってたフルーツティーよ!桃とリンゴ、それにイチゴも入れてみたの!飲んでみて!」

 

ポットの紅茶をカップに注ぎ、それぞれの席に置いていく。

もちろん、彼らがそれを飲むことはない。

 

「……ほんと?お口にあったなら良かった!クァルトはどう?……そう、良かったわ!」

 

返答はない。

しかし、レティシアはまったく気にせず、まるで彼らが返事をしたかのように振舞っている。

 

「……そいつらは、なんだ」

 

スープを飲む手を止め、ラウタは問いかけた。

 

「ちょっと!そいつらなんて言わないで!お茶会のお客様よ!」

「……お茶会」

「えぇ!ここでは三時になったらお茶会を開くって決まりがあるの!この子たちは、そのお客様!」

 

腕を広げ、褒めて!とでも言いたげな笑みを見せるレティシアにラウタは相も変わらず、真顔だった。

 

「……だが、死んでいるだろう」

「だから?」

「いや……話さないだろ」

「話すわよ。みーんな照れ屋だからあんたには聞こえないだけよ」

「死者は食べないだろ」

「ちょっと!死者なんて無粋なこと言わないで!お茶会に来てる時点でお客様よ?もてなさないと失礼じゃない!」

「…………」

 

明確に、ラウタの眉が歪んだ。まったくもって理解できないからだ。

 

『その女になにを言っても無駄だぞ、人間』

 

どこからか、声がした。

少年のようにも少女のようにも聞こえる不思議な声色だ。

ラウタは声の聞こえた方へ視線を向けた。

そこには、気怠そうに寝転んでいる黒猫がいた。

 

『荒野で死体を集めて、お茶会という名のままごとをする女だぞ?イカれていると言わずして、なんと言う』

 

声の主は、その黒猫だった。

 

「ちょっと、ミリア!イカれてるってレディに向かってなんてこと言うの!」

『事実だろ。傍から見てて痛々しいぞ』

「そんなことないわよ!使い魔のくせに生意気ね!」

『飼い主に似たのだろう』

「ちょっと!喧嘩売ってんの!?」

「…………」

 

ラウタは魔女と黒猫の言い争いをただ、ぽかんと見つめていた。

 

「……最近の猫は喋るのか」

 

気づけばラウタはそう呟いていた。

 

「はぁ?そんなわけないでしょ」

「だが、現に今、目の前で喋っている」

「あはは!そんなことも知らないの?バカねぇ!……って、あんた、魔女知らないんだったわね。このバカ猫は魔女の使い魔よ」

「……使い魔」

「そう、名前はミリア。魔女の手伝いをしてくれる便利な存在。……と言っても、このバカ猫は全然働かないけどね!!」

 

ビシッと黒猫に指を差しながら、レティシアは眉を寄せ、叫んだ。

 

『最低限はしてるだろう』

「最低限?お茶会で残ったお菓子を食べることが最低限の仕事だって言うの!?」

『食べもしない死体のために作った菓子など残飯と同じだろう。俺が食べていることをありがたいと思え』

「残飯なんて言わないでちょうだい!このクソ猫!」

 

またも言い争いが始まった。

 

「……だが、その黒猫の言うことも一理ある。食材の無駄だろう」

 

そして、よせばいいものを火に油を注ぐ発言をするラウタ。

 

「っ……!無駄じゃないわよ!」

 

今度はラウタに噛み付いた。

 

「この子たちはいるのよ、ここに!食べないだけなの!誰がなんと言おうと、この子たちはここにいるんだから!わかった!」

「…………あぁ」

 

レティシアの迫力に押され、ラウタは反射的に頷いた。

 

『勢いで事を進めやがった……』

「説得って言ってちょうだい!」

 

どこか複雑な顔をするレティシアを横目に、ラウタはふと、テーブルの奥にあるものに気づいた。

 

「……あれは、なんだ」

 

それは、少女の人形であった。

文字通りの人形である。

亜麻色の長い髪、黒とピンクのワンピース。どこか年季の入った人形が、椅子にちょこんと座っていた。

よく見れば、その人形の前には紅茶と菓子が置いてあった。彼女もお茶会のお客人と見てわかる。

 

「え?あぁ、私のお友達よ?」

「……友達?」

「えぇ!私の一番の親友のリリィよ!ほら、ご挨拶して、リリィ!」

 

レティシアがそう言うと、人形は独りでに立ち上がった。

 

「……っ!?」

 

そして、リリィはラウタの方に向くとゆっくりとカーテシーで挨拶をした。

 

「まぁ!リリィ、上手よ!」

 

子どものように笑うレティシア。

そんなレティシアの姿を見て、ラウタは気づいた。

 

「……糸?」

 

レティシアの指先から、黒い糸が伸びていた。

目を凝らさなければ見えないほどの細い糸だった。

その糸は、人形のリリィに繋がっていた。

 

「お前が動かしているのか」

「えぇ、そうよ!でもこれは、リリィの気持ちを代弁しているだけよ?動けないリリィのためにしているの!」

「…………」

 

思考が停止した。

 

『深く考えるなよ、人間。この女と付き合うなら、この手の話題はいくらでもあるぞ、飽きるほどにな』

「……そうか」

 

黒猫——ミリアの言葉でなにかを諦めたラウタは、またスープを飲む作業へと戻った。

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