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魔女のお家へ

「…………」

 

ラウタはひたすら黙っていた。

目の前の魔女から理解できない命令をされたからである。

 

「……お前は、王族の関係者か」

 

必死に思考回路を巡らせ、捻り出した答えがそれだった。

 

「はぁ?そんなわけないでしょ」

「では、なんだ」

「もう!そんなの後からでもいいじゃない!あんたは命令を望んでる!私はあんたに命令したい!それに何の問題があるの!」

 

凄まじい暴論だった。

 

「…………そうだな。その命令、承った」

 

しかし、ラウタは納得したようだった。

レティシアの差し伸べた手を取ると、勢いよく立ち上がった。

 

しかし——。

 

「……っ」

 

足元が大きくふらついた。

そのまま、ラウタはレティシアの胸に倒れ込んだ。

それをレティシアは慌てて受け止めた。

 

「うわっ、ちょ!?重い!!なに!?なんなのよ!」

 

レティシアは、自分より十センチ以上高いラウタを受け止めるだけで精一杯だった。

 

「……すまない。体の方が限界のようだ」

「でしょうね!!荒野の中で飲まず食わずでいたらそうなるわよ!!」

「……いや、正確には昨日、雨水で凌いだ」

「ここまで来たらそんなことどうでもいいわよ!!……あーもう!仕方ないわね!」

 

レティシアは叫びながら、指をぱちんと弾いた。

すると、ラウタを受け止めた時に地面へ落ちた箒が、ふわりと浮いた。

 

「ほら!乗りなさい!」

 

レティシアは細い腕に力を込め、半ば引きずるようにしてラウタを箒に跨らせた。体力が限界のラウタはされるがままだ。

 

「乗った?乗ったわね!落ちたくなかったら私にしがみついてなさいよ!」

 

レティシアは箒に跨り、ラウタの両手を己の体に巻き付けさせた。

 

そして——。

 

「行くわよ!」

 

飛んだ。

ふわりと、空へ、空へと。

ラウタは遠ざかる荒野を呆然と見ていた。

 

「……魔女というのは飛べるのか」

「そうよ!」

 

得意げな顔をしてレティシアは胸を張った。

 

「だが、不思議だ。股が痛くない」

「はぁ!?空飛んでの感想がそれなの!?」

「どういう原理なんだこれは」

「無視!?ムカつく!!……箒に直接座ってんじゃないの、魔力で体を支えてるのよ」

「……この棒から浮いているのか?」

「ちょっと!棒なんて言わないでちょうだい!箒よ! ほ、う、き!!」

「そうか、すまない。では何故この箒を使う。他にも媒介があるだろうに」

「そんなの知らないわよ。魔女はみーんな箒で空を飛ぶの。創世記からそう決まってるのよ!」

「……そうか」

 

レティシアの根拠のない理論に呆れたのか、残された体力を優先したからなのかラウタはこの話を終わらせた。

しばらく箒で空を飛んでいると、ラウタは眉をひそめた。

焼けた荒野が、少しずつ緑へ変わっている。

 

「……レティシア、どこへ向かっている」

 

箒は、明らかにカリティアとは逆の方角に進んでいた。

 

「あら?言ってなかったかしら?イリアティスよ」

「……イリア、ティス」

「そうよ、カリティアの隣国。このセラリム大陸一の大国。正義の国、イリアティス王国。勉強になった?」

「……それぐらいは知ってる」

「あら、ごめんなさい。軍も最低限は教えてるのね」

 

ふふふ、と楽しそうに笑うレティシアにラウタは顔色一つ変えなかった。

 

「何故、イリアティスに行く。私はカリティアの人間だ」

「あとで、ちゃーんと話すわ。今はこの優雅な空の旅を楽しんでちょうだい」

 

片腕を広げ、誇らしげな顔をするレティシア。

 

「……それは命令か?」

 

それに無表情でラウタは尋ねた。

 

「はぁ?命令なんて無粋なこと言わないで!……もう!いいわよ!命令よ命令!楽しみなさい!」

「……わかった」

 

そう言うラウタの表情は何一つ変わらなかった。

レティシアは不機嫌そうにそれを横目で見ていた。

ふと、ラウタは眼下に見える建物が目に入った。

鎧を身にまとった兵士が、複数人立っている。

——関所だ。

 

「レティシア、降りねばならない」

「なんで?」

 

レティシアは気にする様子がない。

 

「……ここは恐らく、イリアティスの国境だ。関所を通過せずに越境すれば、処罰の対象となる」

「あら、もうそんなとこまで来た?……まぁ、ほんと。でも、関係ないわよ」

「……関係ない、とは」

「あぁ……そういえば、あんたは魔女を知らないんだったわね。いいわ、教えてあげる!魔女ってのはね、魔女特権ってのがあるの。その中に『魔女はどこの国にも属さない。彼女たちに国境はない』ってのがあるの。だから大丈夫なのよ」

「説明が大雑把すぎる。詳細に話してくれ」

「はぁ?これで伝わらないの?もー、簡単に言うと魔女は関所を通らずにどこの国に入ってもいいのよ。その国に滞在してもいいし、気に入らなければ出ていってもいい。便利でしょ?……まぁ、流石に王城には勝手に出入りできないけどね」

 

ラウタはそれを聞いて眉を少し上げた。

もう一度、眼下を見下ろした。

関所の兵士たちが空を見上げていた。

一人が慌てて塔の中に入っていくが、周りの兵士たちはレティシアを止める気配はない。

 

「……本当のようだな」

「まぁ、流石にあんたは対象外だけど、今は私の保護下だから例外!良かったわね、安全な不法入国って貴重な経験ができて!」

「そうか、良い人生経験だな」

「……文字通り受け取るおバカさんね、あんた」

「悪いことなのか?」

「私がつまらないってだけよ!」

 

頬を膨らませ、レティシアは叫んだ。ラウタはしばらく、不可解そうな顔をしていた。

関所の上空を越えると、生い茂る森が現れた。

 

「もうすぐよ」

 

そう言うと、レティシアは箒を森へ降下させた。

すると、そこには小さな家があった。

真っ白な壁にピンクの屋根。

森に不釣り合いな色味だ。

 

そして、その可愛らしい家の庭先には、棺が並んでいた。


「さぁさぁ!ようこそ!」

 

レティシアは箒からゆっくりと降りると、ふらつくラウタに肩を貸しながら扉を開けた。

 

「『棺の魔女』のお家へ!」

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