魔女は命ずる
何もない荒野だった。
焼けた瓦礫が地面に散らばり、折れた柱が墓標のように突き立っている。
かつてはそこに、何かが建っていたのだとわかる。
その跡地に、軍服の少女が一人、座っていた。
片膝を立て、その足に片腕を添えている。
ただじっと、前だけを見ていた。
体は煤だらけ。唇はひどく割れ、乾いている。
それでも少女は顔色一つ変えず、前だけを見据えていた。
肩につくほどの黒髪。
不気味なほど澄んだ青い瞳。
折れてしまいそうなほど細い体。
けれど、その体には、兵士として鍛えられた筋肉がついている。
何故生きているのか、不思議なほどアンバランスな姿だった。
「生きてるの?」
ふいに、頭上から声が聞こえた。
少女は視線を上にあげた。
そこには、魔女がいた。
箒に乗った、魔女の帽子を被った女だった。
ピンクと黒のワンピースは胸元から袖、裾に至るまで、惜しみなくフリルで飾られている。
この荒野には、あまりにも場違いな、人形のような姿だった。
「……やだ、本当に生きてるじゃない。気持ち悪い」
魔女はげんなりした顔をしながらも、箒を降下させた。
少女はなおも、その様子をただ、見ていた。
「あんた、喋れるの?」
地面に着くと、魔女は箒から降りて少女に近づいた。
「……お前は、なんだ」
ひどく掠れた声だった。
「なんだ、とはひどいわね。魔女よ、魔女。学校で習わなかった?」
「……知らない」
「そう。最近の学校はそういうの教えないのね」
「……そんなことをする暇があったら、訓練をしていた」
「ふーん、戦争してる国って馬鹿なのね。教養を教えずに暴力を教えるなんて野蛮ったらないわ……まぁ、その国ももうないようなものだけど」
魔女は少女から視線を外し、荒野の先へ目を向けた。
「……カリティアはまだある」
——カリティア王国。
この荒野の先にある、少女の国だ。
「ないわよ。……あんた、ほんとに知らないの?」
「何がだ」
「……カリティアはね、内部崩壊したのよ。軍が王に対してクーデターを起こして、実権を握った。でも、別の派閥に寝首をかかれて、そいつらも倒された。もうボロボロよ。戦争なんてしてる暇ないぐらいにね」
なんてことのない顔をして、魔女は言った。
だが、少女は黙ってそれを聞いていた。
「……え、あんたそれ聞いても黙ったままなの?」
「……まだ、国があるからだ」
「はぁ?」
魔女は少女の言葉に顔を歪ませた。
「国があるなら、私に命令を下す者がいる。私はそれを待っている」
「…………」
魔女は言葉を失った。
「……馬鹿じゃないの?あんた、命令がないと動けないの?」
「……私の上官の最期の命令は『ここで待機しろ』だ。私はそれを守っている」
「はぁ?それ、死んだやつの命令でしょ?なのにまだ守ってるの?」
「命令だからだ」
「命令って……ちょっと待って。あんた、何日ここにいるのよ」
「太陽が昇って落ちるまでを一日として捉えるなら、五日だ」
「五日!?はぁー……そりゃ、国がめちゃくちゃになってることも知らないわけね」
魔女は深くため息をつき、呆れた顔をした。
「……でも、そういう馬鹿の方がいいわね」
——が、次の瞬間にはニヤリと笑みを浮かべていた。
「褒めているのか?」
「最大級に褒めてるわ!」
魔女は得意げに胸を張った。
「……礼を言う」
「やっぱズレてるわね、あんた。……ねぇ、あんたの名前は何?」
「……カリティア王国第三混成魔導小隊第五分隊——」
「違うわよ!所属を聞いてるんじゃないわよ!名前よ名前!」
「……ラウタ」
魔女をじっと見据えながら、少女——ラウタは答えた。
「ふーん、ラウタねぇ……姓は?」
「ない」
「あら、今どき珍しい」
「赤ん坊の頃に捨てられていた。両親ともに行方が不明なため、姓はつけられなかった」
「……孤児にその仕打ちってあんたの国って子どもに厳しいわね」
「適切な処置だ。親の姓がわかった時にその姓を名乗ればいいだけだ」
「……あっそう。見つかるといいわね、国が崩壊した今は難しいと思うけど」
魔女は、あさっての方向を見ながら投げやりに言った。
「……逆に問うが、お前の名はなんだ」
ラウタは初めて自分から口を開いた。
「あら?言ってなかったかしら」
「少なくとも私の記憶には登録されていない。私は名を答えた。私はお前のことをなんと呼べばいい」
「……何かムカつく言い方だけど答えてあげるわ。私は『棺の魔女』レティシア」
「……レティシア」
ぽつり、とラウタは呟いた。
「そう!命令を聞くことしか脳がなさそうなあんたに次の命令を与える魔女の名前よ!」
ラウタに指をさし、魔女——レティシアは告げた。
「……お前がか?」
ラウタは少しだけ、顔を歪ませた。
「えぇ、不服?」
「……お前はカリティアの者ではない」
「あら、私の話聞いてなかった?カリティアは国としてもう機能してないのよ。そんなの待ってたら次の命令が来る前に死ぬわよ」
「……死ぬのは、命令違反だ」
「でしょ?だから私が命令してあげる!」
レティシアはそう言うと、ラウタに手を差し伸べた。
荒野には不釣り合いなほどきらきらとした目だった。
「さぁ、私の手を取りなさい! そして——」
魔女は告げた。
「王になりなさい」




