第5話 平成元年、教師の暴力が消えたあと
小学校教諭・大山滝子は『もみじ』ができなくなった。
生徒に手を上げようとすると、右腕が止まる。
痛みが、遅れて走る。
「異常はないけど、ストレスじゃないかって。お前らが騒いでばかりいるせい……」
また子どものせいにしようとしたので、軽く殺気を当てると、口をつぐんだ。
担任が、暴力による『しつけ』をやめた。
それで、クラスが荒れたかといえば――
実際、その可能性はあったかもしれない。
休み時間の何気ないひととき。
「お前はとっくに死んでいる!」
クラスの都筑という奴が、歩いてきた男子の腕を、いきなりドゴォッと殴りつけた。
「いだっ!」
さらに追い打ちをかけようと、拳を連打する。
「あたたたたた!」
殴る方はふざけたつもり。
やられている方はそれどころではない。
俺は、都筑の腕を横から掴んだ。
「……あ?」
苛立ち、腕を振り払おうとする。
だが、俺の腕は微塵も動かない。
「なにしやがる!」
蹴りを繰り出す都筑。
その前に、軽く脛を蹴り返す。
「っ……てええっ!」
悲鳴を上げ、都筑は顔を真っ赤にして力を込めるが、俺の手は万力のようにその腕を固定していた。
都筑の腕は一ミリも動かせない。
「……っ……、……あ、……」
次第に都筑の顔から血の気が引いていった。
何をしても、どれだけ足掻いても、びくともしない。
(二度とやんちゃしないよう、お灸を据えておくか)
ミシッ、と骨が鳴る手前で止める。
「……あ、あ、ああッ!」
痛みが走り、都筑の目に絶望的な恐怖が浮かび、目尻にじわりと涙が溜まる。
俺は無言のまま、ゆっくりと手を離した。
都筑は解放された腕を震わせながら、数歩後ずさりした。
一度もこちらを見ることができず、そのまま逃げるように教室の隅へ消えていった。
問題を起こすのは、ほんの数人だ。
そいつらを、こつこつと黙らせていくうちに、五年三組は落ち着きを見せるようになった。
問題は男子の悪ガキだけではない。
国語のテストの時間。
隣の席の女子が、がっつり俺の回答用紙を覗き込んでいる。
亀井琴子。色白で、目がぱっちりしている。改めて見ると――美少女だったのか、こいつ。
前世では、平気な顔でカンニングしてくるところにムカついて、顔の良し悪しどころではなかった。
今世では、俺の精神年齢が上がりすぎて、子どもにしか見えん。
ただ、懐かしい。
そうか、こういう風に、見え見えの不正をする女子っていたんだな。
昔の俺は、大人しくて遠慮ばかりしていたから、カンニングされても気づいてないフリをしていた。
テスト用紙の端にサラサラと書きつける。
『あとで話がある』
それに気づいたのか、亀井は見るのをやめた。
そして、帰りの会が終わった後。
「あのー、慎太くん。……気づいてた?」
亀井は、照れくさそうに聞いてきた。




