表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強騎士、昭和に帰還。理不尽をやり返す話  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/37

第33話 平成元年、誘いの手口

 日曜、午前十時。

 駅前通りでは拡声器の声が鳴り響いていた。


『近隣の皆様ー!再開発に反対する一部の店舗のせいで、地域の発展が妨げられております!』


『みんな迷惑してますよー!地域のために協力してくださいよー!』


 店の前では、ガードレールに突っ込んだトラックが渋滞を引き起こしている。

 別の店の入り口には大量のゴミが捨てられていた。


 親子連れが通りかかる。

「お母さん、何あれー?うるさいよー」

「しっ……。……地上げ屋よ、目を合わせないで……」

 

 駅前にある、一階がケーキ屋のビル。

 その裏手にある狭い鉄骨階段を上った二階に、教育実習生・矢田沢のワンルームアパートがあった。



 騒音が聞こえる廊下に、呼び鈴が響く。


「はーい」


 ドアの向こうから、弾んだ男の声がした。

 ガチャリと小気味いい音を立てて開いた扉から、矢田沢が顔を出す。


 学校で見せる、優しくて爽やかな『先生』の笑顔。


「こ、こんにちは……」

 小柄な体を縮こまらせ、顔を上気させた下館亜里がそこに立っていた。

 

(先生に、ちゃんと会えた)

 胸を撫で下ろす。


 矢田沢の目が、一瞬だけ歪んだのを、彼女は気づかない。


「やあ、下館さん、待ってたよ。さあ入って、入って」


「あ、あの、中に入らなくて……いいです」


「え……?」

 歓迎の手を差し伸べた矢田沢の動きが、ぴたりと止まる。


「あの、男の人の部屋に、入っちゃいけないって、教わったので……。ここで、先生とお話して、お土産ここで頂けたら、帰ります」


(……誰だ、余計な知恵を吹き込みやがったのは)


 矢田沢は心の中で舌打ちした。欲と焦燥感が心臓を激しく打つ。

 だが、すぐにいつもの『頼れる先生』の顔を取り繕った。


「ああ、なるほど。うん、それは普段なら大正解。偉いね、防犯意識が高くて。……でもね、下館さん。先生は『学校の先生』だよ? 他人の男の人とは違う。それにね、この音」


 矢田沢は耳に手を当て、人差し指を上に向けた。


「このあたり、地上げ屋が物騒なんだ。拉致や放火もあったから、こんな廊下で女の子を立たせるわけにいかない。話も聞こえないし。ちょっと中でジュースをご馳走する間だけ。先生を信じてくれないかな?」


「あ……」

(先生を疑ったら、失礼だよね……)

「……じゃあ、少しだけ」


「うん、お利口だね。さあ、どうぞ」


 亜里が一歩、部屋に足を踏み入れた。

 

 その瞬間、

 ――ガチャリ。

 背後でドアが閉められる。


 続けざまにガチャン。金属製のチェーンロックが掛けられる。


「え……? 先生、なんで鍵……」

「外が物騒だからさ。さあ、奥へ行って」


 有無を言わせぬ力で肩を押され、亜里は薄暗い室内に進むしかなかった。


 昼間だというのに、遮光カーテンがぴっちりと閉められている。ベージュのカーペットの中央には、不自然なほど細い、銀色のアルミ製の三脚が据えられていた。


 その上に載っているのは、ビデオカメラ。

 カチリ、と矢田沢が本体のスイッチを入れる。

 カメラの背面で、録画を示す小さな赤いランプが、不気味に点滅を始めた。


「先生……あのカメラ、なに?」


 さっきまでの嬉しさは、すでに消えていた。


「思い出だよ。先生と君だけの思い出を記録するんだ」


 矢田沢の目は、完全に据わっていた。


「嫌、帰る!帰らせてください!」

「来たばかりだろう!ずっと待ってたんだ!」


 叫ぶ亜里の細い手首を、矢田沢は狂暴な力で掴み、パイプベッドの上へと手荒く押し倒した。

 スプリングが軋む音が室内に響く。逃げ出そうともがく亜里の小さな体の上に、矢田沢がのしかかった。完全に『先生』の理性が消え失せた顔。


「ひっ、うあぁっ……!」

「静かにしろ! ちょっと大人しくしていれば、すぐに終わる……!」


 矢田沢は暴れる亜里の両手首を片手でベッドに押さえつけ、もう片方の手を、彼女の服の襟元――リボンへと伸ばした。

 乱暴に指が掛けられ、ブチブチと布地が擦れる不吉な音が鳴る。


 部屋の隅では、三脚の上のビデオカメラが、その光景を捉え続けている。ホルダーの奥、赤いランプの点滅。


 その赤が、亜里の涙に濡れた瞳に反射していた。

 男の荒い息遣いが顔にかかる。襟元のリボンが力任せに引き抜かれ、白い首筋が露わになった。

 矢田沢が歪んだ唇を吊り上げた、まさにその一瞬――。


 鼓膜を破らんばかりの、凄まじい衝撃音が爆発した。


 頑丈なはずの鉄製のドアが、内側のチェーンロックごと、ひしゃげたネジと火花を吹き飛ばして激しく内側へと跳ね開く。


 突風と共に室内に乱入してきたのは、大きなサングラスをかけた、黒いシャツ姿の少年だった。


「ちっ、地上げ屋ボコしてたら遅れた」


「ひっ!?」

 予期せぬ乱入に、矢田沢が驚愕の表情のまま振り返る。


「さて……」

 

 間合いが消えた。


 少年の拳は、すでに矢田沢の顔面の真ん中を捉えていた。

 ぐしゃりと一撃で崩壊する。

「ぶほっ……ぅ、あ……っ」


 矢田沢は悲鳴すら上げられず、鼻と口から鮮血と白い歯をぶちまけてベッドから転げ落ちた。カーペットの上を無様に転がり、激痛と恐怖で頭が真っ白になる。


「あ……あぁ、が…ごふっ」


 脳震盪を起こし、呂律どころか言葉を紡ぐことすらできない。

 少年は、顔の半分を覆う大きなサングラスを指で直す。


 床でうめく矢田沢の髪を掴んで強引に引きずり起こした。


「あ、ぅ、が……っ?」

「一線を超えちまったな」

 膝蹴りが矢田沢の股間へ突き刺さる。

 肉が潰れる鈍い音と共に、男の器官を焼き潰す。


「ひ、うぅううううっ……!!」

 白目を剥き、声にならない絶叫を上げて矢田沢は完全に気絶した。


 少年は躊躇なくアルミ製の三脚を蹴り飛ばし、床に落ちたビデオカメラから8ミリビデオテープを引き抜くと、それをウエストポーチに仕舞い込む。


「ま、なんらかの証拠にもなるか。……おい、もう大丈夫だ。立てるか」


「あ……っ、う、うわぁぁあんっ!」


 ベッドの上でガタガタと震えていた亜里が、泣きじゃくった。


「ひとまず、ここから出してやる。……処理は、また後だな」


 少年は気絶した矢田沢を一瞥し、亜里を抱き上げる。ベッドの上のリボンを拾い上げると、薄暗い部屋を後にした。


 外に出ても、亜里の嗚咽は止まらない。

「ひぐっ、ひぐっ……」


 いわゆるお姫様抱っこのまま、早足で街を抜けていく。


「おい、家を教えろ。送り届けてやる」

「こんな泣き顔じゃ、家に帰れない……。ママに心配かけちゃう……。リボンも、取られちゃった……。新しい服、なのに」


「しゃあない。どこか落ち着ける場所……真佐奈の、佐々木真佐奈の家は知ってるか?」

「え……?真佐奈は友達だけど……警察の人じゃないの?」

「いいから教えろ。真佐奈の家に行く」


 有無を言わせぬ少年の言葉に、亜里はおののきながらも、真佐奈の家の場所を口にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ