第30話 平成元年、テレビの時間
「え……嘘だろ……」
「ど、どうしたの……?慎太……?」
琴子が、隣の席から不安げな目を向ける。
「……俺、勘違いしてたかも」
「ねえ、何の話よ?」
平成元年の教室。
午後のテレビからは教育番組が流れていた。
片肘をついて画面を眺めていた俺は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……なあ、琴子。……もしかしたらさ、しゃべってるのは……ゴンタくんでは、ない?」
「え……ああ、ゴンタくん、何か言ってるよね。『フゴフゴ』とか『ブホブホ』とかみたいな」
「違う、それじゃない。ほら、ここ!」
テレビから女性の声が流れる。
『あーあ、ノッポさんまた失敗しちゃった』
その声を聞いた琴子は、さも当たり前のように口にする。
「これナレーターの人の声でしょ?」
なんてこった……!
前世からお気に入りだった教育番組『できるかな』。
マスコットキャラ、ゴンタくんが鼻息しか鳴らせないという悲しい事実。
それを人生二周目にして、気づいてしまった。
「……慎太、気を落とさなくていいよ。大人になる前に気づけて、良かったじゃん」
「……」
「でもさ、テレビ学習もほぼ一日だと飽きてくるよね」
「いや、俺は飽きない」
「……あんたさ、女子に話を合わせるつもりないわけ?」
「ふん、お前は何も分かってない。黄金期の教育テレビを舐めるな」
「……そういやあんた、『たんけんぼくのまち』『はたらくひとたち』も前のめりで見てたわね」
「学校で見る教育テレビは格別だ」
「あ、でも、『さわやか3組』のときは寝てたよね?」
「あぁ、俺、青春ドラマはきつい。悩みを速攻暴力で解決したくなるから向いてない」
「こわっ。とんだ危険人物……」
穏やかに午後は過ぎていく。
しばらく孤立気味だった下館亜里も、今日は真佐奈を中心とした女子たちの輪に入っていた。
「もう、九時までに部屋戻らないとさー。お母さんが火曜サスペンス見始めちゃうの怖くて」
「オープニングの『ジャッジャッジャーン!』ビックリするよね。……亜里なんか、小さくて怖がりだからダメでしょ?」
亜里の肩がぴくりと跳ねる。
「こ、怖くないし!それに、小さいは余計だからね!」
「あはは、可愛いわぁ」
「真佐奈はどう?火曜サスペンス見たことある?」
「え……私、平日は月曜以外、八時に寝ちゃうから……」
「ぶっ、幼稚園じゃん」
「月曜は……あ、歌のトップテンの日ね?」
「うん!それだけは見せてもらえるの」
ガラッと前側の扉が開く。
児童たちが自分の席に戻っていく。
現れたのは隣のクラスの男性担任・関。
滅多なことでは怒らない人気教師だ。
「はい、休み時間ー。先生いなくても割と静かにしててえらいぞー。さすが三組だー。帰りの会までには、担任の大山先生帰ってくるから、よく自習できてたって言っとくからねー」
「えー、大山先生、帰ってくるのかー」
「関先生の方がいいよー」
「こらこらー、そんなこと言わなーい。教頭先生と一緒に、みんなの宿泊学習の下見に行ってくれてるわけだからねー。お疲れさまでしたくらい言ってあげてねー」
「はーい」
「わかりましたー」
六時間目の授業中。
誰もいないはずの昇降口に、一つの人影があった。
(五年一組、二組……三組、ここか)
男は何かを靴箱に差し入れる。
(……もしバレても……変わらない)
気配を消すように、足早に遠ざかっていった。




