第24話 平成元年、天才の早業
五時間目、自習時間の教室。
琴子は真っ赤な顔のまま、ノートを振り回して叩いてくる。
「このっ!バカ慎太ッ!」
そのすべてを悠々かわす俺。
「当たらなければどうということはない」
低い声で某アニメキャラの声真似をしてみせる。
「くうっ……!この、ムカつくっ!なんで当たらないの!」
「坊やだからさ」
「なによっ!私のドキドキを返せっ!」
琴子、渾身の振り上げ。
(仕方ない、一発くらってやるか。……ん、見える!)
「間違いない、先生だ!奴だ!奴が来たんだ!」
大声で皆に告げる。
琴子は振り上げていたノートを慌てて引っ込めた。
それぞれ友人同士で集まっていた女子たちも、うろついていた男子たちも、一斉に自分の席へ戻る。
直後、教室の扉が開いた。
担任・大山滝子だ。その後ろに佐々木真佐奈がいる。
大山は表情を変えないまま、口を開いた。
「みんな、佐々木さんに、何があったか、なんで呼ばれたか、聞かないように。佐々木さんには先生から『みんなに言わないように』約束してあるから」
真佐奈に席へ戻るよう促すと、一人の女子児童を手招きする。
「次は、下館亜里さん。……先生と来て」
「は、はい」
昼休みの一悶着から、ずっと静かになっていた亜里が立ち上がると、そのまま大山と出ていった。
足音が遠くなると、再び、教室が騒がしくなる。
真佐奈に声をかける者はいない。
琴子も彼女を一瞥すると、ノートを広げて絵を描き始めた。
こいつ、漢字プリント諦めやがった。
チラッと見ると、キッと睨みつけてきた。
「……慎太、あんた、覚えてなさいよ」
どうやら、恨みを買ったらしい。
ふん、こいつに何ができるというのだ。
放っておくとする。
戻ってきた真佐奈の様子を、目の端で確認しておく。
彼女の前の席の女子が振り返り、慰めるような声をかける。
「真佐奈、大丈夫?」
「……うん、ありがとう」
一瞬、目を上げて小さく頷くと、また漢字プリントへ視線を落とした。
だいぶ、疲れたようだな。
一足早く漢字プリントを終えた俺は、他教科の予習を進める。
しばらくすると、琴子が席を立つ。
ノートを手に真佐奈の席へ歩いて行った。
佐々木真佐奈は疲れていた。
実習生・矢田沢による連れ出し。
慎太の機転による救出。
その後、下館亜里との一悶着。
担任・大山滝子からの一対一での聞き取り調査。
慎太に助けられたことはボカしたが、一通り話してきた。
教室に戻るのはなんだか気恥ずかしかった。実際に戻ってみると、担任が注意したこともあるが、みんな、気を遣って話しかけてこない。
漢字プリントを無心で進める。
こういうとき、何かに集中していた方がいいことを、私は知っている。
突然、机の端に一冊のノートが置かれた。
「……真佐奈。これ、見て」
覗き込んできた亀井琴子の顔は、ニヤリと歪んでいる。
促されるまま、開かれたノートへ視線を落とした途端、私は吹き出した。
そこに描かれていたのは、劇画調に描かれた――慎太。
琴子が振り上げたノートの連打をくらい、「ぎゃあああ!」とボコボコにされる彼の姿。
いつもぶっきらぼうで冷めている慎太の、見る影もないやられっぷり。
さらに次のコマをめくると、頭に大きなたんこぶを作った慎太が、涙を流しながら地面に額を擦りつけていた。
『琴子さま、すみま千円!』
『おーほほほほほ! この亀井琴子、慎太の思い通りにだけはさせなくてよ!』
「あははは! なにこれ、慎太くんそっくり!」
「でしょ? 調子に乗るから天罰を下してあげたの。……ふん、現実のあいつも素直に謝ればいいのに」
笑わせようとしてくれている彼女の優しさが、おかしくてたまらない。
「あははは! ありがと、琴子ちゃん。元気出た」
「へへっ、よかった。慎太にもやり返せて気分爽快だわ」
――少し離れた席の慎太が、怪訝そうな顔をして首を捻っている。
私は琴子と顔を見合わせ、ぷぷっと吹き出した。




