第23話 平成元年、青年の書
「五時間目は自習です。漢字プリントを配りますので、それをやっておくように」
大山滝子は皆に告げると、学級委員・佐々木真佐奈の席に向かい、小さく声をかける。
「佐々木さん、話を聞かせて欲しいことがあるから、先生と来てちょうだい」
「はい……」
呼び出された理由を察したのか、あるいは、下館亜里とのトラブル直後だからなのか、元気なく立ち上がり、大山とともに教室を出ていった。
足音が遠ざかるのを確認すると、途端に教室がざわつき始める。
「自習、ラッキー!」
「交換日記、書くから回してー」
「真佐奈、なんで呼ばれたんだろ?」
噂話が飛び交うが、十中八九、矢田沢についての聞き取りだろうな。
さて、漢字プリント、先に終わらせとくか。
「あのさ、これ、わかんないんだけど」
隣の亀井琴子がプリントを見せてくる。こいつ、漢字は決定的に苦手だからな。
「ああ、できそうなやつだけ選んで、それだけやればいいだろ。画数の少ないやつに印つけておけ」
「いいの?そしたら、すぐ終わるけど」
「いいんだ。いずれ、苦手なものまで詰め込ませる教育は終わる」
「なに、それ。そんなわけないじゃん」
「できるとこまでやって、あとは絵でも描いてればいい。どうせ、大山も授業どころじゃないから自習にしただけだ」
「……真佐奈のことだよね?」
「たぶんな。……正確には矢田沢のことだろうが」
「そっか……」
「今、俺らがやるべきは漢字プリントだ。終わったら見てやる」
「ん……わかった」
何やら嬉しそうな琴子。こいつ、漢字苦手なくせに、前向きだな。
「ねえ、慎太、さっきのさ」
ふと思い出したように、琴子がシャーペンを動かす手を止めてこちらを向いた。
「なんだ?」
「あとで頼みたいことがあるとかってやつ、なに?」
「あぁ、お前が嫌がるかもしれんから、あとでじっくりお願いするわ」
その瞬間、琴子が椅子を引いて身体を両腕で隠すように身構えた。
「まさか……エッチな頼みとかじゃないわよね?」
俺は彼女の胸元へ視線を落とす。
「……そのぺたんこを隠しても虚しいだけだぞ」
「こっ、これからよ!……そうなったら、あんた、私の虜になるわ」
ふんすと鼻をふくらませた琴子に、俺はため息をつく。
「その、妙な知識はどこで覚えるんだ?」
「ビッグコミックスピリッツとか。あとヤングジャンプとかモーニングとか」
「おい、それ全部、青年誌だろ……」
軽く目眩がした。
「ふふん、お父さんの読み終わったもの、私も読んでるから。……あんたの知らないこともいっぱい知ってるよ」
漫画知識だけのくせに、やたら自信あるな。しかも、顔は美少女なだけに、このままだと将来、よからぬことになりそうな予感がしてならない。
だが。
「まあいい。手伝って欲しいのは、それだ」
みるみる顔を赤くする琴子。
「え……?ちょ……!まだ早いって……!」
「……早い?」
「私たち、小五だよ?そりゃ、あんたのことは嫌いじゃないけど……」
「年齢、関係ないだろ?」
「そ、そういうことは、ちゃんと大人になって、結婚してから……!漫画と現実とは違うんだから!」
「……いや、だから、漫画書いて欲しいってことなんだが」




