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最強騎士、昭和に帰還。理不尽をやり返す話  作者: 水戸直樹


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第17話 平成元年、まことの優等生

 平成元年、六月。

 梅雨特有のじっとりとした湿気と、泥混じりの雨の匂いが、五年三組の教室に満ちていた。

 

 窓際の席で、俺は教壇の周りに群がる女子児童たちと、その中心にいる教育実習生・矢田沢をじっと眺めていた。


(……今ならわかる。矢田沢の危険性を)


 あの男は爽やかな教育実習生の仮面を被っているが、欲をコントロールできていない。




 ――前世の記憶が、鮮明に脳裏をよぎる。


 あの時、学級委員の佐々木真佐奈もまた、他の女子たちと同じように矢田沢の周りを取り囲み、無邪気に別れを惜しんでいた。


「矢田沢先生、明日からもう来ないのー?」

「バイバイしたくないなぁ」

「うん、僕も本当に寂しい。みんなと、もっとたくさんおしゃべりしたかったよ」


 そんなやり取りの最中、矢田沢の視線は、ひときわ異彩を放つ真佐奈に注がれていた。

 まだ小学生でありながら、どこか涼しげで、すでに完成されつつある端正な顔立ち。白いソックスからのぞく、すらりと伸びた健康的な足。


 矢田沢は、彼女のまだ幼い膨らみを持つ胸元や、潤んだ瞳を、ねっとりとした目で凝視していた。


 下館亜里が幼なげな声をあげる。

「じゃあさ、じゃあさ! ウチに遊びに来てよ! お母さんにも言っておくから!」

「あはは、ありがとう。でも、それなら……」


 矢田沢は一瞬、教室の後ろで片付けをしている担任の大山滝子へチラリと視線を走らせた。それから、声を一段低くして、少女たちを自分のほうへ引き寄せる。


「僕のアパート、駅前にある緑色の建物なんだ。ほら、一階にケーキ屋さんが入っているところ。教育実習が終わったら、僕はもう先生じゃなくて、ただの大学生だからね。……みんな、内緒で遊びにおいでよ」

 その言葉に、女子たちが「えーっ!」「行く行く!」と色めき立つ。

 彼女たちにとっては、大人の世界への特別な招待状のように思えたのだろう。

「ねえ、真佐奈も一緒に行こうよ!」


 友達に腕を引かれ、戸惑う真佐奈。矢田沢は彼女との距離を詰め、その細い肩へ、吸い付くように手を伸ばしかけた。


「あはは、佐々木さん、いつでも遊びに来ていいんだよ。美味しいお店知ってるんだ、ご馳走するよ」


 だが、真佐奈はその瞬間、男の放つ生理的な気味悪さと、向けられた歪んだ「性」の視線を、持ち前の利発さで察知した。


「矢田沢先生……」

 真佐奈は一歩、毅然と身を引いた。その肩は微かに震えている。


 それでも、彼女は怯まなかった。教室内、いや、後ろにいる担任にまで聞こえるような、はっきりとした、よく通る声で言い放った。

「そういうことは、よくないと思います。先生としても、大学生としても。……みんなも、絶対にダメよ! 失礼します……!」


 真佐奈は引き止める声を振り切るように、足早に教室を飛び出していった。

 一瞬にして、教室が静まり返る。


 「な、何よ、格好つけちゃって……」と下館亜里が気まずそうに呟いたが、真佐奈が明確に「拒絶」を叫んだことで、その場の『お泊まり会』のような甘い空気は完全に霧散してしまった。


 担任・大山の視線を感じたのか、矢田沢は慌てたように「あはは、佐々木さんは真面目だなあ」と引きつった笑いを浮かべ、それ以上アパートの話題を続けることはできなかった。


 真佐奈の凛とした一喝で、矢田沢の、少女たちを自宅に引き込もうという下心は、完全にその場で潰されたのだ。


 子どもながらに相手の異常性を見抜き、毅然と立ち向かったあのファインプレー。




 ――前世の俺は、「優等生」「教師の取り巻き」くらいにしか思っていなかったが、今思うと、とんだ節穴だった。


 今世、隣の席で琴子に字を教えている彼女に謝罪したい気持ちになる。


「お前さ、まことの優等生だったんだな」


 きょとんと顔を上げる真佐奈。


「え、突然なに? それ、褒めてるの?」


「ああ。案外、大したやつだったんだなって思った」


「……案外は余計だけど。……よくわからないけど、ありがと」


 照れたのか、ふいと視線を逸らす真佐奈。


「なによ、二人で私に分からないこと話さないで」


 琴子がぷくっとむくれる。うん、こいつはガキだ。


「わかった、わかった。……おっ、これ上手に書けてるじゃないか。琴子も大したものだ」


「へへっ!家でも練習してるからね」


「すごいね!琴子ちゃん!」


 真佐奈も手離しで褒めている。


 ん……?


 ふと、敵意に似た視線に気づく。


 顔を動かさず、視界の端で観察する。


 ……やはり、矢田沢か。


 大人びた真佐奈と、見た目は美少女な琴子。


 女子児童を性の対象に入れている奴からすれば、俺が二人を侍らせているように見えるのだろう。


 とんだ濡れ衣だ。


 俺はクラスの端っこに固まる盟友たちに想いを馳せる。


 前世からの、ネクラ友達。


 あいつらと、夏休みに発売するファミコン不朽の名作MOTHERの話をしたい。

 『エンディングまで泣くんじゃない』は本当だと、『名作保証』に偽りなしと伝えたいのに……。


 俺が布教妄想をしていると――


「……ええー!駅前なのー?行きたーい!」


 黄色い声が聞こえた。

 下館亜里。


 声を落とした矢田沢が、下館亜里に耳打ちする。

 聴覚を拡張した俺には、丸聞こえだが。


『……声が大きいよ。実習終わってからね。それまで内緒にしてね』


「うんっ!内緒にする!楽しみー」


 はあっ、のこのこ出ていくとは、こいつバカか。いや、誘う方が悪いのか。

 

 前世は真佐奈が止めたが、今世はそこに彼女がいない。


 ……放置してはおけないな。


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