第15話 平成元年、死の遠因
「慎太ー!朝ごはんできたよー!」
ズームイン朝が居間のテレビから流れている。
「……いただきます」
食卓に上るのは、前世、俺の死の遠因。
所狭しとテーブルを埋める、母の手料理?……だった。
昨日、ジャスコの地下フロアで買ったであろうたこ焼き、強烈な匂いを発するニンニクの炒め物、味付けが濃すぎて誰も食べなかった煮物の残り……。
(はぁ……)
母さんは悪い人間じゃないんだが、料理が苦手で、考えることも苦手。
おかしいな、日テレの3分クッキングときどき見てるのに……。
前世の俺は、年齢が上がると家の不味い飯を避けるようになり、お菓子に逃げた。
二十一世紀に入ってからはストレスで衰弱した体に、即席麺、コンビニ弁当をかきこむ食生活。
やがて病魔に侵され、短命に終わった苦い記憶がある。
「美味しくないだろうから、残していいよ。捨てるから」
「……もったいないな。母さんは食べないの?」
「やだよ、まずいもん」
俺は、めんつゆがかかりすぎて真っ黒に染まった鶏肉をつまんだ。
(自衛せねば……そろそろ自炊も考えるか……)
月曜朝の昇降口。
湿ったコンクリートの匂いと、何百人もの小学生が叩きつける運動靴の音が、狭い空間に反響している。
上履き袋から上履きを取り出そうとすると、一人の男子児童に声をかけられた。
「あの……、慎太さん! おはよう、ございます!」
四年の川野だ。
昨日、市民グラウンドであれだけの修羅場を見せた後。怖がって近づかないかと思ったが、こいつなりに何かを振り切ってここへ来たらしい。
「川野か。おはよう」
「あの、昨日は、本当にありがとうございました」
深くお辞儀をする川野。
五年の昇降口は、下級生にとってはそれだけで威圧感のある場所。
素直に礼を受け取るべきだろう。
「わざわざ待っててくれたのか。ありがとな」
「……い、いえ!」
「困ったことがあれば、五年三組にいつでも来い。手が空いてるときなら、何かしてやれるかもしれないから。……ただ、危険を感じたら、まずは自分の足で逃げてくれな」
「は、はいっ!」
いい返事だ。何度も深く頭を下げて戻っていく川野の背中を見送る。
騎士時代の口調が出てしまったが、現代の小学生には説教臭かったかもしれない。
「……少し、鍛えてやりたいな」
ボソッと呟くと、背中に軽い衝撃があった。
「おはよう! 慎太くん」
佐々木真佐奈だった。
「ああ、おはよう」
「あの子、わざわざお礼を言いにきたのね。えらいわ」
「そうだな。なかなか根性のあるやつだ」
「ふふっ、なにその言い方。おじいちゃんみたい」
「おじ……? 俺、まだ十歳なんだけどな」
「あはは。落ち着いてるって意味よ。……私、子どもっぽい男子って苦手だから。慎太くんみたいに、ちゃんとしてる人の方がいい」
真佐奈はそれだけ言い捨てると、軽やかな足取りで教室へ向かっていった。
平成元年の女子は、大人が思っている以上に冷めた目で周囲を観察している。
そういや、あいつ、前世では教師とか教育実習生にまとわりついてるタイプだったな。
今世では、妙に話しかけてくるが……。まあ、悪い奴ではないか。
気を取り直し、上履きに履き替える。
喧騒に包まれた廊下を進むと、男子たちがギャハギャハと取っ組み合いをしている。
その群れの中に、昨日、俺が説教した六年生二人が見えた。
俺を見つけた瞬間、彼らの動きがピタリと止まる。
「……っ」
顔を引きつらせ、足早に去っていった。
奴らにとって、俺はもはや「年下のガキ」ではなく、理解不能な「何か」なのだろう。
教室に入ると、机がぎっしりと並ぶ見慣れた光景。
朝の会。担任の大山滝子が、黒板の端に「教育実習」と殴り書きする。
「静かにしろー。今日から教生の先生が来るぞー」




