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最強騎士、昭和に帰還。理不尽をやり返す話  作者: 水戸直樹


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第10話 平成元年、ガシャポン戦記に光GENJIの教室

 授業を聞きながら、亀井琴子は何度も自分の手の甲をつねりたくなっていた。

 昨日から今朝までの出来事は、自分に都合の良すぎる妄想じゃないのか。


 今朝の食卓は、物心ついてから初めてといっていいほど静かだった。

 毎晩、酒に酔っては、琴子や母に怒鳴り、時には暴力を振るっていた父。


 それが今朝はどうだ。別人のように静まり返り、小さくなった背中で淡々と新聞を読んでいた。言葉数は極端に少なく、絞り出すような掠れ声はひどく頼りない。


 ふと視線を落とした食卓の隅に、丁寧に補修された琴子のノート。一枚一枚、驚くほど丁寧にセロハンテープで繋ぎ合わされていた。


(誰かがお父さんを説得してくれたの? それとも、どこかで頭ぶつけておかしくなっちゃった?)


 お父さんが怒らないなら、テストでカンニングしてまでいい点を取る必要がない。

 家の中でも外でも、顔色を窺ってビクビクしなくていい。


 チラリと隣の席を見る。

 そこには、授業に聞き入る慎太がいた。


(私だって……)

 

 琴子は深い呼吸をして、教師の説明に耳を澄ませた。

 



 休み時間、教室の片隅にある慎太の席には、大人しい男子たちが集まっていた。いわゆる「地味寄り」の面々。


「ファミコンのガシャポン戦記2、買ってもらったんだ」


 一人が自慢げに切り出すと、周りの目が輝いた。

「まじか。面白い?」

「ああ、かなり。対戦したいから、今日、みんなウチに来いよ。慎太もな。お前が薦めてくれたお陰だからさ」

「あー、大ヒットした……じゃない、しそうだったからな、それ。ディスクシステムだっけ?」


 慎太が記憶を掘り起こすように問い返すと、友人が即座にツッコミを入れる。


「カセットだよ、ディスクは1の方」

「あ、すまない。間違えた」

「はは、慎太は簡単なとこ、間違えるよな。で、放課後、ウチに来られる?」


 友人のツッコミに、慎太も苦笑いで答える。

 中身は異界帰りの大人でも、最新ゲームに盛り上がる高揚感はいつだって心地いい。


「OK、俺も行く」

「おう、慎太の薦めるゲーム、大抵、面白い。また教えてくれ」

「了解。覚えているものだけな」

「はは、忘れるんだ。じいさんか」


 慎太はかつての人生でも、彼らと同じ時間を共有していた。

(結局、こいつらとはウマが合うもんだな)




 喧騒のすぐ隣で、琴子は配られたばかりの漢字テストの予告プリントを見つめている。


 以前の彼女なら、羅列された黒いシミのような文字が勝手に踊り、それだけで絶望に沈んでいたはずだった。


 彼女はそっと、机の奥から慎太に作ってもらった「変換ノート」を取り出す。


(……嘘みたいにわかるようになっている。このノート、私に合わせてくれてあるんだ)


 慎太が彼女の特性を理解し、噛み砕いて記してくれた文字の法則。ただの黒い模様が、少しずつ意味のある言葉に変わってくる。


 教室の中央では、華やかな女子グループが話に花を咲かせている。

「サイン帳、誰のところにある?」

「裕子に渡したよー」

「あ、ごめーん!次の休み時間に回すから」

「でさ、光GENJIだけど」

 

 誰が格好いい、誰が好きだという黄色い声が響く。

 学級委員の佐々木真佐奈が、琴子に話題を振る。


「亀井さんは光GENJIの誰が好き?」

「え……?んと、私の家、お父さんが巨人戦ばかり見てるから……よく知らないんだ」


 曖昧な微笑みを返すのが精一杯。

 今の琴子の意識は、すぐ隣にある「背中」に釘付けになっていた。


「ガシャポン戦記2最強のユニットは何か」について、友人たちの話に、時折、アドバイスをしている慎太の背中。


(彼と話すようになってから、全部が変わった気がする)


 窓から入る風が慎太の髪を揺らす。琴子は、漢字プリントの端をぎゅっと握りしめた。


 佐々木真佐奈は、ふっと彼女の視線を捉える。


「……そう、亀井さんも……」

「え……佐々木さん、どうしたの?」

「ううん、じゃあね」


 背を向けた真佐奈の口元は、わずかに綻んだ。


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