気疲れは後からやって来る
「ジニィ」
自分を呼ぶ声がする。熱に浮かされ朦朧とする意識の中、上掛けを剥がされ 軽々と抱き上げられた。額に柔らかな感触。まるで子供のような扱いなのに、ロクな抵抗も出来ないし、する気も起こらない。“彼”は敵じゃないから。
✦✦✦
応接室を出た代官デューガルドは、人気の無い廊下を 男を連れ立って歩く。
「この辺でいい。お前さんも忙しいだろ」
「この後はどうするんだ」
「そうさなあ」
振り返った男は、何でもない顔でカラッと笑った。
「王都方面にでも行こうかね。俺は人気者だからな。命が欲しいって輩が多くて、ひと所に居ると周りに迷惑を掛けちまう」
「シャレにならんな。落ち着いたら連絡を」
「か〜っ。ケツの毛まで抜かれて鼻血もでねえよ!」
中央棟から渡り廊下に出た男は、前方から人の気配を感じてチラと視線を上げる。
「!」
相手も男に気づいた。“彼”はシーツの塊を横抱きにかかえており、一瞬 射殺すような目で男を威嚇した。
「なんだ。あなたでしたか」
「いやいやおいおい」
突っ込みドコロは山程あるが、それよりも男の目を引いたのは、塊の先端に生えた焦げ茶の“ひげ”だった。
「ジニィ? 何だどうした。具合いが悪いのか!?」
「チッ。目敏いな」
小股で駆け寄る男を、彼――アルカンは鬱陶しげに睨む。
「熱が出たようです」
「どれ俺が運んでやろう。さあ!」
男はジニィに手を伸ばすが、アルカンの肩に阻まれ触れる事も叶わない。
「あなたの手は借りません。お戻りなのでしょう。サッサと帰ってどうぞ」
ジニィを どこに運ぶ気かと男が尋ねれば、アルカンは苛々と声を荒げる。
「お帰りを!」
ジニィが腕の中でうなされる。二人は目を見合わせ声を抑えた。
「寝顔は昔のまんまだ」
ジニィを見守る男の顔は“父親”そのもの。ただし成人した息子に向ける類ではない。
「ついてこないでください」
「嫌だね」
アルカンの縄張りに息子を運ぶらしいと知り、男はウキウキと後をついていく。
「そろそろ腕が疲れただろう?」
「ジニィを抱っこするのは これで二回目です」
道中 何度も見えない火花を散らしながら、三人は とある部屋の前に辿り着いた。
「ディエル、開けろ」
「はい、ただいま!」
即レスで扉を開いたディエルは、三者三様の有り様を見て瞠目する。まぁボスはいい。説明が無いのはいつもの事。しかし不審者は駄目だ。体を張って侵入を阻止する。
「あんた誰だ」
「ジニィのパパだ!」
「はあ!?」
問答の間に、アルカンはサッサと奥の部屋へ。ジニィをベッドに下ろすと、内側から鍵を掛けた。
「騒がしくしてゴメンね」
ジニィは浅い呼吸を繰り返し、額にうっすら汗を滲ませている。
「し、仕事は」
「大丈夫。まずは水分を取って」
張り付いた前髪を指先で横に梳いてやると、熱い手が頼りなく手の甲に触れた。熱に潤んで茫洋とした目が、ジッと己を見上げる。
「おれ、こんなのばっかりだな……」
「ジニィってば」
フッと和らぐ彼の表情に、熱いものが込み上げる。嬉しいような、悲しいような。咄嗟に笑って誤魔化した。だがジニィの追撃は止まない。
「あんまり優しくするな。甘えたくなる」
生半可じゃない衝撃が脳天をぶち抜いた。目眩を覚えたアルカンは、“危険物”から逃げるように寝室を出る。扉の前で深々と息を吐いた。
「……」
オッサンと部下が、猫のような目でコチラを見ている。
「デル。体温計。着替え。飲み物。五分以内」
「ハッ!」
次の標的は、おトボケ顔のオッサンだ。
「お義父さん?」
男は美人の迫力笑顔に一切 怯まない。居座る気満々の様子に、アルカンの機嫌は急降下だ。
「俺に気を遣ってるのか?」
「いいえ」
「……待て待て。いや国教が許さん。ありえない。俺のことは――」
アルカンの発する雰囲気一ツで、何やら勝手に動揺する男。
「『傭兵王』と?」
「ダグ小父さんと呼べ」
静かに威嚇する男に、アルカンは不敵な笑みを返した。
「お前さん性格悪いぞ」
「母親似なもので」
陽気なダグ小父さんから、親しみやすさが抜け落ちた。
「覚えています。性悪女と離婚するのに、ずいぶん手間取っていました」
「言うな」
色んな意味で良くない発言だ。少なくともダグ小父さんにとっては。
「あなたも他人の事は言えない。幼いジニィを放置して、傭兵稼業を優先したとか」
「ぐっ」
反撃の効果は抜群だ。だからといって元義息子の態度は緩和しない。
「ジニィから?」
「そんなわけない」
アルカンの意識が寝室へ移る。厳しいばかりの眼差しが微かに和らいだ。
「ジニィは優しい」
複雑な関係になっても、二人の大事なものは同じらしい。ジニィに秘密があり、おいそれと話せない事も。それゆえに反目する。
「あなたは酷い人だ」
「お前には言われたくない」
それからすぐ、わざとらしい音を立てディエルが戻ってきた。彼は凍りつく空気を察知しても、カンストしたスルースキルで粛々と仕事を熟す。
「体温計と飲み物はチェストの上に。着替えはコチラに置いておきます」
「ああ」
ディエルが戻る際、アルカンに見えない角度でダグラスと目が合った。
「賢い部下だな。
おっと、俺も戻らなきゃ。もう一度 ジニィの顔を見ていきたい」
アルカンは しかめっ面のまま扉の前から退いた。
丸一日 上質なベッドを占領したお陰か、翌日 ジニィの熱は気持ちよく下がっていた。まだ気怠さは残るものの、体調は徐々に回復しつつある。皿に盛った 果物の砂糖漬けをかじりながら、ジニィはその甘さに頬を緩ませた。
「俺の為に缶詰めまで。なんか悪いな」
「貰い物ですから、お気になさらず」
用意してくれたディエルに、ジニィは首を横に振る。
「どう返したらいいか」
「それならアルカン様に」
「そりゃ礼は言うけど」
不在のアルカンの代わりに、色々面倒を見てくれたディエルを見上げる。
「何だかんだあったけど、君のことは友人だと思ってる」
「……」
恐らく看病など仕事の一環でしかない。それでもいいと思った。
「俺に出来る事があれば頼ってくれ。どんな つまらない事でもいい」
「……その時は、ぜひ」
ディエルは眉を垂れつつ、控えめに微笑んだ。前よりずっと自然な、良い笑顔だ。
✦✦✦
病み上がり後 初めての合同訓練。ジニィはストレッチで体を解し、走り込みは軽く流した。隊を持たないクライヴとカーターも、指導員として真面目に勤めている。
「ジニィ、暇か?」
彼らは「教えるだけなら問題ないだろう」と言って、指導員の仕事を回した。
「人が足りないのか?」
「ああ。フレッド隊が全員 帰省してる」
なるほど、静かなわけだ。
訓練の規模が大きいせいか、外部の見学者がチラホラ見られた。若い男らは次の募集に向けて予習を。女子らは黄色い声援を上げている。対象は硬派で生真面目なオリバー隊。ちなみに顔面偏差値は比較的高い()。
(地方三区とは層が違ぇ〜)
ジニィは ファンの中にサリーが居ないのにホッとしつつ、顔を盛大に顰めた。顔が悪くなくて腕も良いとは けしからん。
(てか、あの価値観はどうやって養われるんだ?)
新入りのジニィ隊を、彼らが あからさまに蔑んだ事はない。悪い噂に証拠が無いからだ。
「隊長、コッチも見てよお〜」
指導から逃げてきたジーンが、ジニィの前で不貞腐れる。そこにクライヴが現れ、彼を無言で引きずって行った。運動苦手勢の特別メニューらしい。先程から断続的に聞こえている、変な悲鳴の出処だ。
紅一点のグレイズは、対戦相手に困り 例のごとくバスカルに頼った。
「腕が鈍ってないか見てあげましょう」
「バーロ〜。そりゃあコッチの台詞だ」
中区では体術のグレイズ。喧嘩のバスカルと言われた二人だ。二人の組手は白熱し、様子を窺っていた男達は戦々恐々とする。
(俺だったら、衆目の中カカシみたいに投げられたくない)
最終的にバスカルは、丸太のように投げげられ 強かに地面へ打ち付けられた。
(受け身を覚えろとあれほど……)
指導に熱が入り、頬に垂れた汗を肩口で拭う。横あいからタオルを差し出された。他分隊の若者が、「あそこの女の子から」と視線で促す。サリーだった。駆け寄って礼を言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「他の人に教えるなんて、ジニィって強かったのね。普段は優しい人なのに」
「軟弱は余計だよ」
「軟弱なんて言ってないわ」
自然に笑い合える“今”を噛みしめる。
「……ジニィ、あのね」
見学を切り上げてきた少女らが側を横切る。サリーは慌てて彼女らに背を向けた。
「どうしたの?」
「ん、ええと……あぁいうコ達、苦手なの。話が合わなくて」
気分を害した彼女は、話を途中で切り上げて仕事に戻って行った。
ふと、視界の端に居たバスカルと目が合う。真剣な表情はすぐに解け、いつもの戯けた様子で肩を竦めた。
ジニィinシーツ=巨大とうもろこし(皮付き)を抱えるアルカン→ダグ小父さん「ジニィ!!!!?」←アルカン「何で判ったんやキモ」




