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再会した元兄弟、因縁のワルツを踊る  作者: 垣花 やお


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8/10

すれ違いは必然に

挿絵(By みてみん)

「ジニィ。ぼくを そんな風に思っていたの?」

 アルカンの声色は変わらなかった。怖いのは心が読めないせい……きっと、それだけのはず。

「いいさ。俺を利用しろよ」

「……なに?」

 身分制度から逃れ得ぬジニィ、本心からの台詞である。

「それでソーンが守られるなら」

 今度こそ掴まれた腕を振り払う。

「なあ。次に混乱が起こるのは いつ?」

 アルカンは まだ黙っている。

「使い捨ての兵隊にだってプライドはある。こっちは金の為だけに衛兵をやってんじゃない!」

 捨て台詞を吐いて、抜け道である塀の隙間へ向かう。追って来ない。正直 ホッとした。あと五、六歩も歩けば中央衛兵隊 官舎敷地内に入れる。

「っ」

 猛烈な悪寒がした。反射的に飛び退こうとするが、服を掴まれ塀に体を叩きつけられる。肺が圧迫され咳が出た。ビール瓶が地面に落ちるのと同時に、唇が何かに塞がれる。

「ッん!」

 直後、それがアルカンの唇だと気づく。脳内が疑問符で埋め尽くされた。さほど飲んでもいないのに、拒む腕に力がこもらない。仄かに香るローション。アルカンに呼吸を合わせて感じたのは、無表情で一点を見つめる幼い義弟の姿。

「っ、……は」

 唐突な口付けは穏やかな終わりを迎えた。濡れた唇が空気に触れ、若干の生々しさを覚える。二度目を請われそうな気配を感じ、慌ただしく苦言を呈す。

「ばかやろう、なに考えてんだっ」

 言うほどは怒ってない。きっと酔いで感覚が麻痺しているのだ。

「なんで分からないんだ、ジニィ」

「いま分かった。おまえはキス魔」

 月影に隠れた美貌を粗雑に押し退ける。

「違う」

 ムッとした気配に、ジニィは ちょっとした隙を見出す。こんな時は兄として鷹揚に構えるが吉。

「アルカン。おまえの配慮は理解する」

「嘘だ。ジニィは鈍感だもの」

 何を根拠に。そう反論しようとして声が詰まる。あの紫の瞳で ジニィの心を覗いてると思うと、急に怖くなった。胸ぐらを掴まれたまま、肩にそっと触れる。

「……ジニィ。そうやって すぐ ぼくを絆そうとする」

「そんなんじゃない。俺たち、協力しあった方が効率がいいって話さ」

 苛々とした溜め息が髪を揺らす。

「その話はまた今度にしよう。ジニィ、体温が いつもより高い」

「酒のせいだ」

 首筋にアルカンの指先が触れた。火照った肌に心地よい、冷たく滑らかな質感。巻き毛に長い指が絡む。心臓が強く脈打つ感覚が、全身に広がる。これを感じ取られていたら……、思いがけない恥ずかしさが込み上げてきた。

「自分では疲れに気づけないものだよ」

「おまえは冷え性を治せ」

 熱冷ましには適温だが、不健康さは否めない。己の体に有り余る熱を移すように、両手でアルカンの 冷たさを包み込む。じんわり融解していく熱の境界線。ジッと触れ合う沈黙の時間は、存外に悪くないものだった。

「ジニィ……ぼくには無理だ」

「え」

 ふと視線を上げる。

「ぼくを弟だと。家族として想うのなら、もう関わらない方が賢明だよ」

 猫がスルリと腕を抜け出すように、アルカンはジニィを置いて立ち去った。

(おぉ……俺と同じコト言ってる)

 今日今夜初めて、元義兄弟は図らずも意見の一致を見たのだった。


 

(今のジニィを ぼくの傍には置けない)

 アルカンは帽子を深く被り、隊舎の方角を一瞥した。

(これからは仮初めの関係じゃ足りないんだ。ジニィ、貴方には覚悟があるか?)

 アルカンが闘う世界は、生き馬の目を射抜く戦場。だからこそジニィを守る為に、彼には強固な『繋がり』と『護符』が必要となる。例えば『傭兵王』のような……。

(さて、もう切り替えよう)

 現在アルカンが追っているのは、隣国に拠点を置く麻薬カルテル総帥の行方。先日得た情報によると、新たな『契約』を目的として 密かに国境を越えてソーンを訪うという。今夜 アルカンは、その裏取りの為に外出している。

(『あの方』が麻薬カルテルに執着する理由は何だ。必ず有るはず。『彼女』すら知らない事情が)

 危険な執念を感じる依頼人。自陣営で目的を異にする部下。今回の作戦進行(オペレーション)は不確定要素が多すぎる。

(本来なら不安要素は排除して臨むべきだが)

 麻薬カルテルと手を組む『売国奴』こそ真なる粛清対象。このシチュエーションで不安要素が強い武器に裏返るのだ。

(『取引相手』の見極めが難航している今は、いい選択とは言えない)

 作戦を開始してから、輪郭のぼやけた不穏が幾度も意識の端をかすめる。強いカードが有るに越した事はない。

 例外はジニィ・ブレシュのみ。

(彼は ぼくの『守護天使』になるひとだ)

 手持ちとは別に、プレイヤー・アルカン自身に影響する存在。彼の誤算は、ジニィに厄介な感情が芽生えてしまった事。

「まずは一人。死刑台へ」

 朧夜は鎌の月。死神を彷彿とさせる男が刃を振るう相手は、果たして……。



 ✦✦✦



 アルカンの指摘は的を射ていた。

 翌朝、ジニィの部屋。

「ゔ〜」

「大人しくねてろ」

 ジニィはグッタリとベッドに横たわっている。頭痛と吐き気、めまいで起きるに起きられない。様子を見に来た部下達が、勤務前に軽く世話を焼いてくれている。

「そうですよ。今日は私達に任せてくださいな」

「あり、がとう」

 じっとり汗をかいた体は重く、地に沈むように眠りについた。

(面倒事も、汗と一緒に流れ落ちればいいのに……)



 ✦✦✦



 ソーン代官のデューガルドは、対面に座る男をジッと観察する。

 ここはソーンの行政機関、その最上に座する代官の応接室。三つある応接室の中で、一番グレードが高い部屋である。秘匿性を重視し、それなりの相手と話をする為に設えた場所だ。

「俺は いつまで黙ってればいい?

 まさか求婚するつもりじゃあるまいな」

「馬鹿を言え」

 軽口を叩く この客は、大型獣の緩慢で重い雰囲気をまとった男だ。威圧感を抑えているだけに、皮肉を垂れても嫌なものは感じない。

「君は新領主を どう見た?」

「よせよ。好き嫌い言いたがる子供じゃあるまいし」

 鼻白む男を、デューガルドは真剣な眼差しで見据える。

「大事なことだ」

「焦りすぎじゃねえか? かしらが やらかさねえよう上手く手綱を握ってやんのが古参の仕事だろ。時間をかけて ゆっくり経験 積ませてやんなって」

 痛いところを突かれたデューガルドは押し黙った。

「親父殿はもう限界か?」

「ああ」

 男は ほんの少しだけデューガルドに同情心を寄せる。

「心配は分かるぜ。俺にも息子が。目に入れても痛くないどころか、瞼にしまって持ち歩きたい愛息子がいる」

「? 愛娘の聞き間違いか」

 男の威圧は空耳を否定する。この男、常に放浪してる癖に、いつ息子を拵えたのだろうか。

「新領主を危うんでる?

 俺にソレを言ってどうする。

 先代に恩義のある者同士、ずっと一緒に支えて行こうねって? 小さな女の子の口約束みたいに!」

「私は君の道義心を気に入ってる」

 男は肩を竦めて小さく笑った。

 デューガルドは 代官に引き立てられる直前、先代に この男を紹介された。きっと彼には、この未来が見えていたのだろう。

「病じゃない。あの御方は殺されかけた」

 男の目つきが変わった。その鋭い気配に怯むより先に、安堵が込み上げる。

「新領主は?」

「知ってる」

 張り詰めた空気を先に破ったのは、話を茶化していた男の方だった。

「特務を呼んだのは“抑え”の為に?」

「ああ」

 半分は 復讐に燃える新領主に冷や水を浴びせる為。実際 効果はあった。『紫の瞳の悪魔』は、その地位を確固たるものにする為 幾人かの羊を犠牲に捧げた――公然の秘密だ。

「危ない橋を渡ったな。アレは手強い」

「会ったのか?」

「潜伏場所がバレた」

 デューガルドは絶句した。みるみる内に血の気が引いていく。

「どこまで知ってる?」

「さあ。突撃訪問にビビっちゃって聞けなかったぜ」

 もう白目を剥く他ない。


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