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再会した元兄弟、因縁のワルツを踊る  作者: 垣花 やお


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7/10

秘密の毒は青い果実を腐らせる

挿絵(By みてみん)

「隊長?」

 目敏いバスカルに呼び止められ、ジニィは ぎこちなく振り返った。

「今度は誰だ?」

「は〜。いつもみたいな言い方すな」

 ジニィは殴られた頬を指先でチョイと突いた。

「見た目だけさ。血の気が多いバカなんか、マトモに相手してたらキリがない」

 これは強がりじゃない。打撃のタイミングに合わせて頭を振る、喧嘩殺法の一ツである。肌への擦過傷と軽いインパクトが入る為、程々に“やられた感”が残るのがミソだ。

「いやいや。ウチの隊長を舐められちゃあコッチが困ンのよ」

 腕を肩に掛けてきたバスカルの脇腹を、肘で抉るように押しのける。

「ギャハ!?」

 肉が薄い。少し痩せただろうか。

「もうクライヴはいいのか?」

 男臭い相貌から余裕が消えた。経過は芳しくないらしい。

「だってアイツ、ガチノンケなんだもん」

「急にメス化すんな」

 クライヴは一向に なびく様子がない。諦めるにしても、気の紛れるものがないと辛いだけだろう。

「どっちかってーと、隊長のが仲いいじゃん」

 うーん、この甘ったれた口調がいちいち気持ち悪い。あとヘビー級の体を傾けられるの、物理的にキツい。

「お前さぁ、今モテ期なんじゃね?」

「……なんて?」

 ギャグなのかシリアスか。バスカルの発言の意図が微妙に読めない。

「弟、お前にガチ恋だろ」

 なるほど、ボケか。鼻で笑ったジニィに、彼は尚も畳み掛ける。

「あーっ、そうやって気持ちスルーされンのが、相手は一番傷つくんだ!」

「……」

 恋愛ガチ勢の忠告が、鋭い矢となりジニィの心に突き刺さる。

「俺はゲイじゃない」

「い〜や。隊長サンよ。お前は強く求められたら拒めない、絆されやすくて情が深い『バブみタイプ』だ。例え男でも弟でも、気を許したら最後まで行くッ」

「やめろやめろ! 俺を勝手に診断するなッ」

 ジニィは爆速で色魔の前からエスケープした。このままだと必要ない知見を押し売りされそうである。

(俺は普通の男だし、スリルとか背徳感なんかいらない。普通に恋愛結婚して、普通の家庭を築いて、普通の父親になって……)

 胸ポケットに入れていた髪飾りを取り出す。彼女が身に着けている姿を想像して、一番可愛いと思うものを選んだ。マイクからサリーを庇った後、ジニィは気づいたのだ。

(まずはサリーを守る権利を手に入れなきゃ)

 マイクは彼女を狙っていた。サリーに手を出そうという男は他にもいる。ジニィは『婚約者』という確固たる地位を得て、堂々と敵を蹴散らさねばならない。

 退勤してすぐサリーの元へ急ぐ。街には会えば挨拶を交わすくらいの顔見知りが増えた。その分、地元を離れた寂しさは薄れる。いずれ自分は、この土地に根付く人間になるのだ。夕暮れ間近の空を見上げながら、そう願った。

「ん?」

 ふと、とある男に興味が引かれた。目つき。視線の動かし方。姿勢。服装。挙動。 親の顔より見た犯罪仕草は、良くない想像ばかり駆り立てる。

(何もこんなタイミングで)

 重い溜め息が漏れる。無視したい。だが もしかしたら、と思うと無視できない。

 もう一度 胸ポケットのものに触れる。

(ジニィ・ブレシュ。後回しにできる(・・・)のは どっちだ?)

 予定はキャンセルだ。断腸の思いで不審者追跡を選ぶ。男の足取りに迷いはない。進む先は少々治安がよろしくない風俗街。ジニィの格好はかなり目立つ。迷いは一瞬。上着の裾をズボンにインしてツナギ風に。前を開き上着から腕を引き抜いて、腹の前で袖を結んだら……なんちゃって職人の出来上がりだ。髪を軽く乱して、あやしげな歓楽街に足を踏み入れる。ガス灯の明かりが灯り始めた。夕闇に浮かぶのは、欲を掲げる看板。ここは夜の商売人が手ぐすね引いて待つところ。

(俺は つまらない男かな)

 魅惑の“商品”が展示される街に、心惹かれる素直な心。次いで強い意志が腕を引く。

(たが それでいい)

 ジニィには一ツの決意があった。

「ねぇお兄さん、ココ初めて?」

「!?」

 横合いから急に伸びてきた細腕に、体がすくむ。声をかけてきた相手は、綺麗な顔立ちの若い女だ。細身の体とは裏腹に、意外と力が強い。彼女はジニィを路地へ連れ込もうと、体重をかけて押してくるのだが……。

「待て! 俺はまだ――」

 振り返った女の表情を見た瞬間、続く台詞は途切れた。濃い化粧。滑らかな亜麻色の長い髪。一見 派手でセクシーに見える衣装は、巧妙に特徴的な部分を隠している。

「イル?」

「それって お兄さんの彼女?」

 しらばっくれる女に、決定的事実を指摘する。

「口もとのホクロは消せないぞ」

「……へえ。やるね」

 知り合いじゃなければ、正体を見破るのは困難だ。どこからどう見ても美女である。

「すごいな。でも何でそんな格好してるんだい?」

「聞きたいのはこっち。普通の男は化粧なんて分からない」

 イルは極めて巧妙に、女性らしい仕草でジニィの動きを制限する。

「フェイスペイントは後輩の得意分野でね」

「フェ?」

 「モノが違う」という突っ込みは、一旦置いておく。

「ねえ、ボスに黙って遊びに来たの?」

 イルはジニィの胸にしなだれながら尋ねる。強い香水が鼻を突いた。

「あ、いや。怪しい男がコッチに入って行くのを見て」

「怪しい男なんて幾らでもいる」

「そういうんじゃなくて」

 イルの完璧な美貌が嘲笑に歪んだ。

「一兵卒の勝手な行動を、代官が許すとは思えないなあ」

 彼が初めて見せる黒い一面に、ジニィは目を見張った。

「兵隊は犬のように従順じゃなきゃ」

 その嘲りは本心か。それとも――

「勤務時間外は個人の自由だ」

 素早い手首のスナップで頬を張られた。

「いいよ。じゃあ そういう風に扱ってあげる」

 彼は なかなかの演技派だ。暴力まで熟れている。

「平民の癖に調子に乗らないで。アルカン様とは血が繋がってないんだから」

 形の良い唇が蔑みの色を刷く。彼は何事も無かったかのように路地を出て行った。

「意外と控え目だな」

 乱れたシャツを直しつつ息を吐く。事実を述べるだけの悪口が、果たして悪口と言えるのか。やはりアルカン隊は、その他大勢の貴族とは どこか違う。

「アルカンがソーンに滞在してるのは、やっぱり捜査の為だったか」

 麻薬カルテルの壊滅。それしか無い。

「本命は俺じゃない。ま、分かりきった事だよな」

 仕組まれた出会いを本気にしてしまったのは、甘ちゃんジニィのミスだ。

「親父といい、アルカンといい」

 溜まりに溜まった鬱憤を拳に乗せ、激しく壁を殴りつける。怒りは自罰のような痛みを生んだ。

「俺は いつまでたっても蚊帳の外か」

 納得いかないし虚しい。取り戻しかけた家族の絆は、結局のところ幻なのか。いつまでも縋りつくのは無様だろうか。

「俺だけの家族が欲しい……」


 今は義弟と顔を合わせたくない。強くそう願う時に限って、引きが強まるもの。

 重い足取りで宿舎に戻る道すがら。夜の帳が降りて、とうに門限が過ぎた宿舎の裏手。ジニィは臆面もなく抜け道を利用するつもりでいた。

「ジニィ……こんな時間に何を?」

 こっそり施設を抜け出すアルカンの姿に、深い溜め息がこぼれ落ちる。彼の視線はジニィの手許へ。

「もしかして飲んでる?」

「酔ってないさ」

 九割九分九厘 真実だ。馬鹿な酔っぱらいのフリをしたいだけ。

「おまえは酔いに行く格好じゃないな」

 アルカンの服装は、全身から迸る美しさを封じる忍びのコーディネートだ。

「ホラ。いつも俺に隠し事ばかりしてる」

 義弟の肩に手を置き、お綺麗な顔を覗き込む。

「だから、聞いてくれれば」

「イヤだ。ぜったい、いやだ」

 今度は我儘に肩を突き飛ばした。

「そんなに俺は頼りにならないか?

 はっ、そうだな。凡夫に頼るほど困っちゃいないか。分かってる。俺に甲斐性が無いことくらい……」

 ただの事実。何も間違ってない。同じ所で足踏みしてる自分より、彼の方がずっと……。

「ジニィ」

「アルカン。まだ少しでも俺に情が残ってるなら、ここで終わりに」

「……は?」

 アルカンの声音が一オクターブ下がった。彼を無視し横を通り過ぎようとすると、腕を強引に掴まれた。振り払おうとしてもビクともしない。いよいよ焦燥感が募り、片手に持ったビール瓶でアルカンの肩を突く。

「貧乏ヒマ無しってな。お貴族様の気まぐれにはもう、付き合ってられない」

 月影が、一段と闇を増した。

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