私利私欲は止まらない
ジニィ隊が中央衛兵隊に着任してから早三ヶ月。ジニィは 未だに上長から呼び出しを食らう。
「ブレシュ」
「はい」
この遣り取りも慣れたもの。問題は、同じ空間にアルカンが居ることだ。脳内で何度も疑問の言葉を繰り返すが、声に出したりしなかった。
「血まみれのトサカ男が、裏庭で動物を惨殺しているらしいですね」
「食堂から出た生ゴミ、魚の頭です。アイツの作った肥料、農家のオヤッサンに評判良いんですよ」
ナゼか上長の口調が硬い。
「隊員らから、訓練の時間を増やすよう要望が殺到してます」
「素晴らしい」
「市民から、宗教画は場所を選んで描くべきだと陳情が」
「相談します」
「街の若い男を片っ端から口説く色情魔が」
「もいでおきます」
「教会に偽の衛兵が出入りしてるーーは、いいよネ」
「ふぅ。もう終わりですかね」
ジニィは ずっと義弟の顔が見れなかった。ようやく機会を得たと思えばコレである。顔から火が噴き出そうだ。
「話題性に事欠きませんね。ジニィ隊は」
アルカンの感想に、ジニィも上長も どう反応していいのか分からない。
「ただ、カル隊員の報告は別件と混同されているようだ」
「他?」
上長は困惑しつつも小さく頷く。
「うむ。実は他にも死骸が発見されてるんだ。食堂の者が世話している鶏小屋で、今朝方 二羽やられているのが見つかった」
「いや、しかし!」
上長に制され、ジニィは反発を飲み込んだ。
説明によると、隊舎周辺で動物の死骸が見つかる事案が発生しているという。
「俺たちが疑われているんですね」
「いやいや、そうでもないよ。
極めて稀な例だが、司教様がキディを気に入っておられてね」
「それは いい事なんですか?」
「ああ、あの方は寛容でね。市井の出身だからかなあ?」
何にせよ聖職者が認めてくれるなら、ジニィ隊にとって心強い味方だ。
「家畜の遺棄は、内部の人間に向けてのメッセージでしょう」
緩んだ空気が、一瞬にして引き締められた。アルカンが執務机の上にメモを滑らせる。
「あの、これは?」
「死骸を調べました」
上長がメモを読み込んで顔を歪める。許しを得てジニィも内容を確認した。余りにも詳細な内容に、アルカンを二度見する。
「動物に荒らされた部分は除外している。これらの共通点は、刃物による刺傷。脚の傷はトラバサミが原因でしょう。捕まった後 死なない程度の毒を盛られ、生きたまま小刀で腹を切り裂き」
言いかけてアルカンは口を閉じた。意図なきハラスメントは不利益をもたらすし、何よりジニィの顔色が悪い。彼は怖気を抑えるように口に拳を当てた。
「誰がこんな むごいことを」
生理的な嫌悪もさることながら、残虐な手口に深い怒りを覚える。
「内部へのメッセージとは?」
上長は ぎこちなくアルカンに尋ねた。アルカンの視線はジニィへ。
「狙いが あからさま過ぎる」
「俺たちに罪を着せるため」
「だが、それすら“ついで”だ」
アルカンは驚く二人に構わず、床を鳴らして窓際に立った。陽だまりに佇む優美な姿とは裏腹に、その瞳は凍えるほど冷たい。
ジニィはメモに視線を落とし、そこから受ける印象を何となく呟いた。
「動物の命を もてあそんでいる」
顔を上げると、上長が呆気に取られていた。
「杜撰な計画だよ。バレないと高をくくっている」
「同じ人間の仕業とは思えない」
ほんの僅かな時間、ジニィとアルカンの視線が交わる。
「気をつけろ、ジニィ・ブレシュ。これ以上私から言えることは無い」
「警告ですか?」
真面目系ことなかれ主義中年を地でいく上長が、それなりの緊張感をもってジニィを見据える。
「忠告だ。人間に被害が出てない以上、残念ながら優先順位は下がる」
何事も起こらないのを祈る。それが現状で取り得る最大の対応。ジニィとて兵士の端くれ。答えは決まってる。
「問題ありません」
ジニィは用件が済み次第、上長の執務室を辞した。その背を靴音が追う。
「ジニィ」
呼ばれても、ジニィは頑なに振り向かない。
「ねえ、待ってよ兄さん」
クセとは恐ろしい。つい足を止めてしまう。
すぐ後ろで足音が止む。背中がジワリと温かくなった。
「怒ってるでしょ」
耳のそばで囁かれ、肩が跳ね上がる。
「近い!」
勢いよく振り向くと、アルカンは身軽に一歩下がった。
「怒ってる? なんで俺が!」
ジニィは強く言い返してハッとする。愛らしい過去が怒りに塗り替えられてしまう。こんなはずじゃなかった。アルカンの心に寄り添いたいのが本音なのに、情報が渦を巻いて心を翻弄する。
「ぼくに興味無いわけないよね?」
「っ、べつに」
今のアルカンと話すのは、胸が苦しくてたまらない。
「ぼくは おそれてる」
一歩、距離が詰まった。真摯な瞳の視界いっぱいに、ジニィが映っている。
「あなたに忘れられること」
「わけのわからんことを」
ジニィの意地を逆手に取り、アルカンは悠々と彼の体を捕らえた。ゼロ距離の温もり。まるでダンス中に時が止まってしまったよう。
「ねえ、ジニィ。教えて」
「知らない」
吐息を交えた囁き声が、ジニィの頬を掠める。こめかみに柔らかいものが押し当てられた。脳内の非常警報が鳴り響く。
「お前の目的が何かーーなんて、どうでもいい!」
ジニィにとって“家族の記憶”は数少ない宝物だった。なのに、目の前の男が。思いもよらないリアルが、郷愁を砂の城のように崩していく。
「家族を信用してない奴に、どうこう言われたくない!」
ジニィは思いきりアルカンを突き飛ばし、脱兎のごとく逃げ出した。逃亡直前に目が合ったアルカンは、唖然と目を見開いていて。それが どうしょうもなく悲しくて。
(俺には自分から明かして欲しかった!)
ジニィの望みは、そんな ささやかな願い一つだけ。
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つい先ほど、仮設の執務室にボスが戻った。ディエルは仕事を中断し、給湯室へお湯を取りに行った。用意する茶葉は、気分が落ち着くハーブのブレンドティー。お茶をカップに注ぎ、ご機嫌うかがいを建前にボスへ声を掛ける。
「どうかされましたか?」
ボスは心を半分どこかに飛ばしていた。恐らく、いや十中八九、義兄に関する事柄だ。
「ジニィはすごい」
「……はい」
「無邪気な天使だ」
「ええ。天然ですね」
極めて高度な認識の共有により、当たり前のように会話が繰り広げられていく。
ようやくボスが正気に戻った。さて お次は何を言いだすやら。おっかなびっくり待ってみる。
「あの人は、今でも ぼくを家族として愛してるんだ」
なるほど。お人好しのジニィ・ブレシュらしい思考回路だ。ミステリアスの皮をかぶった地獄の使者に、よくもまぁ。だから同僚らに“天然ボケ”だの“サイコパスの亜種”だの好き放題言われるのだ。
「惚れ直した」
「……え?」
思わずボスを二度見した。本気で言ってるのか この人。実は貴族の高度な皮肉だったり…。
(いかん。これは本気のやつだ)
ボスの美しさは、見る者の魂を奪う。比喩誇張なしに。そんな男が恋い慕う相手は大天使か、はたまた聖女かと謳われるほどだ。
(紫の悪魔を、一体どんな手管を使って……!?)
ディエルは戦慄した。只人が使う魔法の、その えげつない効果に。




