義弟は疑惑の人
『ジニィさんに彼女ができたようです』
ディエルの報告に、アルカンは少し考える素振りを見せた。熟考とは言えないレスポンスの速さで、彼は気がない返事を寄越す。
「放っておけ。大した事じゃない」
また例の直感だろうか。ディエルは訝しみながらも、調査続行を決めた。
(ボスに影響を与える存在は無視できない)
彼は“食堂のサリー”の身辺調査を頭のメモに書き付け、次の機会を待った。
ディエルは常日頃から情報収集を欠かさない。隊舎で起こった盗難騒動は、すぐさま彼の耳に入った。
色々あった結果、盗難は空騒ぎに終わる。
「そんな……お祖母様の指輪が〜!」
貴重品を紛失したのは、ジニィを敵視している男の取り巻きだ。仲間のマイクは、面倒そうに一歩引いている。実はこのフレッド隊。豪商フレデリック家を上に置いた親の上下関係を模しており、切っても切れない間柄のようだ。
犯人に興味はないが、ジニィ隊は延長戦を申し出、ディエルが これを引き受けた。
(決して面白いと思っているわけじゃない)
誰にともなく言い訳をし、公平を期する為に同僚のレビィを召喚した。彼女は嗅覚に優れた猟犬達のオーナーなのである。
「あなたは尻派ですか? 脚派ですか?」
「……なんて?」
初対面の相手に、彼女は必ずコレを聞く。ワンコの好きな部位はどこかと。ディエルがやられた時は、彼女の言葉足らずぶりに横転したものだ。同じ目に遭ったジニィも やはり面食らう。が、あっという間に意気投合し、協力プレイが対戦ゲームに変更された。
「ベティと競走しましょう!」
「いいね!」
「皆さん。競走は あくまでも余興の範囲内で!」
「「「うぇーい」」」
ディエルはジニィの人物評価を上方修正した。ジニィ隊は変わり者に寛容なんじゃない。むしろ彼らの性癖は排他かつ閉鎖的。そのままでは散り散りの個が、ジニィを要に強く結びついている。
(彼の何がそうさせるのだろう)
強いてジニィに特別な才を見出すとすれば、孤独な者を引き寄せる力。あるいは奇人変人への高耐性だろうか。
(いや、しっくりこないな)
ディエルは結論を一旦先送りにした。
驚くべきことに、キディと猟犬の能力は拮抗した。犬()を制御するジニィとレビィは、自然な成り行きでヌシ友へ。なおフレッドらは、キディのボディピアスがリードで引っ張られる様を見て、顔を引きつらせていた。
果たしてピーターの貴重品は、手洗い場 付近の茂みから発見された。まさかのドローである。二人の対戦は盛り上がり、良い余興になった事を記しておく。
「おかしい! ここは最初に探したはずなのに」
「お前は素直に喜べよ」
フレッド隊に何も期待してなかった面々は、早々に現場から離脱した。
「協力感謝する、デル」
「いえ……私のことはディエルと」
「ぁあ、そうなのか」
ジニィは頑なに義弟の正体を尋ねようとしない。
「何か困った事があれば、アルカン様へ」
「それ、俺は どう取ったらいいんだ?」
ディエルは何とも言えずに押し黙った。
✦✦✦
「じゃあね、ジニィ!」
「ああ、またね」
非番のデート終わりにサリーを見送り、ジニィは次の予定に思いを馳せた。
「あの娘と結婚……うん。悪くない」
彼女との未来を想像すると、誰かさんの顔が一瞬チラつく。また溜め息が。
「俺には難しすぎるぜ」
隊舎に戻る道すがら、少し先でフレッドがジニィを待ち受けていた。面倒事はゴメンだが、逃げるのも癪である。なんて悩んでいると、どこぞから名を呼ばれた。
「ああ、やっぱりジニィ坊主だ!」
見覚えのある小太りのおじさんが、ジニィに向かって親しげに手を振っている。
「ゴードン小父さん!?」
彼は商人で、父を介した古い知り合いである。幼い頃から色々と世話を焼いてくれて、独立してからは思い出したように顔を見に来てくれる。懐かしい人との再会に、面倒事は頭からスッポリ抜け落ちた。
「ココにはよく来るの?」
「当然だ! ウチは代官様のお墨付きだぞ」
「そりゃ知らなかった!」
「コイツめ〜!」
ブランクは長かったが、すぐ昔のように打ち解けられた。
「こっちに異動したって聞いてな。昇進したんだって?」
「ん。そうだ。隊の奴らにも新商品 見せてやってよ」
分かりやすく話題を逸らすジニィに、ゴードンはヤレヤレと肩をすくめて応えた。
「おう。ところで昇進祝いは何がいい?」
「えー、そうだなあ」
考える仕草をしながら、ふとゴードンを観察する。社会経験を経ると、昔は気づかなかった事が見えてくるもので。彼は目端が利く したたかな商人である。ジニィは彼ならばもしやと、淡い期待を抱いた。
「俺、父さんに会ったよ」
「ほう」
変化のないゴードンの表情に、一つの確信を得る。
「ちゃんと話せたか?」
微妙な父子関係に配慮してくれる小父さんには申し訳なくて、視線が落ちる。
「ジニィ。お前は賢いやつだ。だから分かってるだろう。俺は親父さんに頼まれて、お前の様子を見てたんだ」
「……」
「納得できないって顔だな」
「なあ、小父さん。親父は どうして」
ゴードンはジニィの胸ぐらを掴むと、目の前まで引き寄せた。
「理由は聞くな。いつかその日が来たら、親父さんが全てを語るだろう」
ゴードンの鋭い目つきに気圧され、ジニィは少しも反論できなかった。
「あの、ゴードン小父さん」
「ん、飴玉か?」
「違う」
ジニィは襟を直しつつ、追加の昇進祝いをねだる。
「アルカンが何やってるか知ってる?」
「は?」
間の抜けた顔は、隙のない小父さんにしては珍しい。
「本人に聞けよ」
「いやだ!」
ゴードンは呆れつつ、息子と変わらない歳の青年の肩を叩いた。
「特務部隊は敵に回すな。親類でも信用しちゃいかん」
「特務、部隊」
ゴードン小父さんは 最後に取ってつけたような笑顔を浮かべ、さらばと使用人を引き連れて去っていった。
非番明け、欠員が出た分隊へ ヘルプに入ったり、立て続けに起きたトラブル処理などをして忙しく働いた。隙間に分隊長会議などを経て、ようやく終業時間に差し掛かる。建物を出ると、夕日が横顔を照らした。
「ブレシュ」
反射的に振り向いたジニィは眉をひそめた。退勤前に絡まれるとはツイてない。
「フレデリック、今度は何の用だ」
一人で待ち伏せるからには、やむにやまれぬ事情があるらしい。
近くの資料室に誘われ、渋々ついていく。棚に資料がズラリと並ぶ様は圧巻で、紙とインクの匂いが鼻をかすめる。
「お前は関与してなかった、なんて言わないだろうな?」
「何のことだ」
「何も知らなかったのはピーターだけ?」
「は?」
とぼけてやがる、とジニィは鼻白んだが、フレッドの反応に違和感はない。無関係ながら少々危うく思えた。
「もういい。で、要件は?」
フレッドは訝しみながらも、人が居ないのを念入りに確認する。
「特務部隊はソーン市に何を調べに来たんだ?」
「な、何のことだ」
「とぼけるなっ、知ってるんだろ!?」
フレッドの動揺ぶりは尋常じゃない。
「ちょ、声が大きいぞ」
「まさかマイク……」
「何だって?」
「知り合いなら何か聞いてるはずだ!」
業を煮やしたフレッドは、更に強くジニィに迫った。
「は? おい、ウソだろ。彼は【紫の目の悪魔】って呼ばれてるんだぞ!」
「は……」
またしても知らないのはジニィだけ。“彼ら”は自分を命知らずの蛮勇扱いする。不快感は溜まる一方だ。
「そんなモン知ったことか!
いいか、フレッド・フレデリック。俺たちへの嫌がらせは、今後一切許さない。部下にもよく言ってきかせろ。次は手のかぶれだけじゃ済まない!」
言うべき事を言って資料室を出る。隊長のフレッドに釘を刺したが、勝手に動く部下がいるのが問題だ。
(最後は俺がフレッドとケジメをつけないと)
ディエルを巻き込んだせいで、ジニィがアルカンを後ろ盾にしていると思わせてはいけない。
「はぁ。どいつもこいつもアルカンをわかってない」
髪を掻きむしり、夕日に向かって吐き捨てる。彼らの知っているアルカンは、ジニィの知る義弟とはまるで違う。
「話さなきゃ……」
いつまでも避けて通れない道が、そこにあった。




