ジニィ隊は奮闘する
時刻は正午を回った。ソーン市中央衛兵隊の食堂にて、空いている席を探すジニィらの耳に、嫌らしい囁き声が届いた。
「来たぜ」
「よく顔が出せたモンだな」
あからさまにジニィらを そしるのは、三人組グループの一ツだけ。だが その他の面々も、ジニィ隊を同胞と認めているわけではない。一度芽吹いた不審感は、そう簡単に拭えないという事だ。
「犯罪者どもが」
最後の一言にバスカルがキレる。このタイミングが絶妙で、ジニィらはトレーに手を掛けたばかり。幸いにも迅速な初動が叶い、大乱闘は未然に防がれた。
「放っておけ。俺たちが入ったせいでアイツ、彼女に振られたんだろ」
無関心を装っていた連中が、盛大にスープを噴き出した。
「おぉい、色男ども。こっち空いてるぜ!」
コールの主はクライヴだった。同じテーブルにはカーターの姿も。見知った顔に誘われ、五人で長テーブルの空席に着いた。バスカルはクライヴの真正面をゲット。
「おい、なに笑ってんだよ」
「掴みは上々だな」
ジニィが軽く注意すると、カーターが例の独特な笑みで煽る。
「注目を浴びるのも困りモンだ」
「アイツらか。なんだか様子がおかしいな。知り合いか?」
「ただの同期だ」
クライヴが指す連中は、ジニィ隊への最多嫌味大賞 最有力候補者で、先の三人組である。彼らに絡まれるのは、今に始まったことじゃない。チャチないじめに、皆が辟易していた。
「ふーん。で、お前らのロッカーに生ゴミぶっ込んだ犯人も放置するのか?」
軽妙な口調だが、クライヴの目は笑ってない。
「お前達ならどうする?」
カーターが愉しげにスープ皿の中身をかき回す。
「もう実行犯の目星はついてる。ロッカーへのイタズラも すぐに止むだろう」
クライヴは目を瞬き、カーターは興奮気味に口笛を吹いた。
「ハッハッハ。迅速な対応だ!」
彼らはまだ知らない。いい意味でも悪い意味でも、ジニィ隊は近寄りがたい存在。その神髄を大いに知らしめるのだ。
「昨日も呼び出されたんだって?」
ジニィはパンを喉に詰まらせて咳き込んだ。きちゃない。
「あ、エヘヘ。それボクのせいです」
トサカ後輩が控えめに手を挙げた。その言動とは裏腹に、トサカの立ち上がりは今日もキレッキレ。
「お、おう。お前さん、ちまたで殺人鬼って呼ばれてるぜ?」
「違います〜!」
「裏庭に死体を埋めてるとか」
隊の面々は肩の震えが止められない。
「カルは たい肥を作ってるんだ。それにイタズラの残留物も使ってる」
「たいひ??」
ヒント。カルは農家の三男坊。屯所の周りは映えスポットとして それなりに有名だった。
「おい、隊長。目が死んでんぞ」
「ほっとけ」
地域の住人にも色々頼み込み、お返しに修繕や清掃を引き受けたのは主に この二人である。
「そんなんで大丈夫か?
お前が始めた作戦だろうが」
バスカルの懸念はもっともだ。
翌日、ジニィは 再び上長に呼び出された。
「あのねぇ。君らが来てからさ、壁の落書きが すごいんだよ。君らが使ってるロッカーも……あれね、何て言っていいかさあ!」
「どうでしたか」
「は?」
「新しい落書きの出来は、どうでしたか」
「凄かったよ!!」
上長はキレ気味に叫んだ。
ジニィ隊は連帯責任で、壁の汚れ落としと 訓練場の整備を命じられた。
「あ〜あ。今日は廃棄芋からデンプン取ろうと思ってたのに〜」
「そんなの自業自得っしょ」
「お前が言うな!」
爪の間に土汚れの詰まった手が、少年兵ジーンの頭で乾いた音を響かせた。
「あーっ、今のパワハラだよね、隊長!」
「ジーン。おまえの絵、凄かったってよ」
隊長の台詞に、じゃれ合っていた後輩らが動きを止めた。その手には水入りバケツとデッキブラシ。ここは『泥酔者の便所』と呼ばれる壁の前。
「「イェーイ!」」
さっきまで喧嘩してたくせに、もう仲良くハイタッチしている。未成年というのは、微笑ましいやら呆れ返るやら。
「手を動かせー、手を」
ペナルティなだけあって、固まった吐瀉物のミルフィーユを落とすのには相当手こずりそうだ。後輩の尻を叩きながらブラシを濯いでいると、背後から笑い声が響く。振り向くと、おさげ髪の娘が愉しげにジニィらを眺めていた。
「やあ、サリー」
「こんにちは、隊長さん」
サリーと呼ばれた年ごろの娘は、隊舎食堂に勤めている調理スタッフの一人だ。体調を崩した寡婦に代わり、姪の彼女がその役を引き受けたという。今はエプロンと三角巾を外し、普段着のワンピースに薄手のショールを羽織っている。
「仕事終わり? 帰り、一緒に食事でも」
「いいわ。その前に買い物してきてもいいかしら?」
「ああ。急がないでいいからね」
ジニィとサリーは、最近よく話す仲だ。彼女の背中を見送りつつ、ジニィは独りごちる。
「良い娘だよなあ」
「普通じゃん」
我らが隊長は、結婚を前提とした恋人を随時募集中である。
「わかってないな。俺たちに親切なのは彼女だけだぞ」
「それはクライヴとカーターが かわいそッス」
いつから二人で食事に行く仲に、と部下らが尋ねると、機嫌の良い隊長は聞いてもない成り行きを語るが、割愛する。
「あ〜。あの娘も東部出身かあ」
「隊長、オレ思うんスけど。ちょっと離れてるだけなのに、中央の人らってココ以外を やたら田舎扱いするじゃないですかあ。大して変わんないっしょ!」
トサカ後輩の主張は正しい。ソーン市はそれなりにデカいが、中央は行政を担う小さな中心市街地のみ。国境に近い中区は商人が交流する賑やかな町。上区は畜農でソーン市の食を支えてる縁の下の力持ち。下区はソーンの町工場として領内の細々した不便を解消してる。中央以外を誹謗するのは、全体が見えていない証拠だ。
「勘弁してやれよ。町のグレードでしか物事を差別化できない可哀想な人たちもいるんだ」
かくいう新人時代のジニィも、先輩に似たような文句を垂れた後輩の一人だ。その後、王都を見聞して悟りを得、今に至る。
「ほい、ラストスパート!」
「ういーす」
ジニィは これからデートだ。つまらん仕事なぞサッサと切り上げ、身なりを整えねばならない。
バケツとブラシを片付けて寮に戻る道すがら、例の嫌味グループとかち合った。
「げ。めんどくせぇ」
「隊長ぉ」
「本音ダダ漏れ」
案の定、先頭の男がジニィを見つけ、嫌らしい笑みを浮かべた。
「よう。フレッド」
先手はジニィ。迅速果敢なスタートを切る。一秒早く出鼻を挫かれた真ん中のフレッドは、鼻周りをクシャリと歪めた。
「偉そうに俺の名前を呼ぶな、田舎者」
「フレッド・フレデリック。いつまで昔の事を根に持つんだ。ストレスは毛根に良くないぞ」
「なっ!?」
フレッドは赤面し、カッとなった勢いでジニィに殴りかかった。腰の入ってないパンチを軽く避け、ジニィは彼を淡々と煽る。
「この体たらくで勝ち負けに拘るのは みっともないぜ」
容赦のない正論パンチがフレッドを襲う。
「黙れえ!」
彼のグラスハートは亀裂待ったなし。リーダーを守らんと動く仲間の前に、トサカ後輩カルが立ち塞がった。世紀末雑魚による無言のプレッシャーは、中身を知らない三人を容易にビビらせる。
「ハハッ。狂人を飼うなんざ、マトモな神経とは思えないぜ!」
「責任逃れしか頭にないお前より、ずっとマトモさ」
「中区の犯罪者どもが!」
「相変わらずレスバ下手くそだな」
唾と捨て台詞を吐いていく三人組を、変顔ジーンが丁寧に中指を立てて見送ってやる。
と思ったら、ジーンが視線を留めたまま不自然に固まった。ジニィが彼の肩を叩いて正気を確認する。
「おい、下痢か?」
「止めてよ恥ずかしいなあ!」
ジーンはフレッドらを指差した。彼らも魔女に呪いの言葉を浴びせられたような顔で硬直している。一体 何を見てそうなったのか。四人の視線の先にある原因を見つけて、ジニィも目を見張った。
「やあ、ジニィ」
果たして そこに居たのは、魔女すら誑かす魅惑の微笑みを浮かべた青年、アルカンだった。長身に均整のとれた完璧なスタイル。騎士の平服と思われる洗練された装い。強さを内包する美。そこだけスポットライトを当てられているような、別世界の輝きがあった。
「その格好」
「ああ、コレ」
アルカンは薄く微笑んで、シャツの襟を少しつまんだ。
「仮の姿ってところ」
「でも」
追及しようとするジニィの唇を、手袋越しの指先がチョンと塞いだ。
「その話は また今度。二人っきりの時に」
「!?」
あらぬ誤解を呼ぶ妖艶な仕草に、ジニィのシナプスは接触不良を起こす。巻き添えを食らった面々も、アルカンに畏れすら感じて後退る。
「じゃ、また」
風のように去っていく貴公子の背を見送り、ジニィは悔し紛れにボヤいた。
「なんてやつだ!」
ただならぬ関係性を匂わせる二人の遣り取りは、フレッドに別個の衝撃をもたらしていた。
(ジニィ・ブレシュ、特務部隊と どういう関係だ!?)




