受難は振りかかる
「……あ、そう。やだ、先に言われちゃった」
サリーは戯けるように肩をすくめた。その目は放置されたスープくらい冷めている。
「あなたは“キープ”に ちょうど良かったの。なに? あたしが他の男にもコナかけてたのは知らなかったんだ」
口紅を引いた唇がキレイな弧を描く。今の彼女は良い感じに力が抜けて、心なしか美しく感じる。
「いや、お互い様だ。義弟と距離を置きたかったのが、俺の本音」
「え?」
ジニィはサリーに好感を持っていた。結婚願望も本物。彼女が本気じゃなくても、日々を丁寧に積み重ね、良い家庭を築ければいいと思った。
「そうだ……自分だけの家庭が欲しかったんだ」
アルカンとサリーの組み合わせを見てしまい、一時は失意のドン底に落ちたけれど。
「アルカンは大嘘つきで、秘密主義も大概にしろって感じだけど……とにかく俺が好きなんだ。ソレだけは本当だって分かる」
「アル、カン? 騎士のアルカン・モーリア!?」
サリーの表情が一瞬で強張った。
「そう。俺の、もと弟」
「――ッ!
あたしにはもう、関係ないから!!」
彼女は放られていた己の荷物を引っ掴み、全てを なげうって逃げ出した。名を呼びかけても無視だ。去り際の眼は、関わるのも悍ましい、そんな忌避感すら滲んでいた。
「あ、アイツなにしたんだ」
「すまん。後の事は俺がやる」
ジニィがハンカチで頭の出血を抑えている間に、ようやくフレッドが再起動した。
ひとまずマイクに布をかけて、従業員らの救出にかかる。うち一人に他の隊員を呼びに行かせ、被害者らに軽く事情聴取などをした。
「ブレシュ。応援が来たら、お前は持ち場に戻れ」
「大丈夫か?」
「……ああ」
フレッドは衛兵隊の分隊長として、やるべき事を優先させるようだ。
応援に来たのは、指揮を執っているはずの上長だった。旧宿舎の惨状を、大いに嘆いている。
「ここって やっぱりそういう所なのかなぁ」
宿舎を出る間際、ジニィの耳は実に聞き捨てならん台詞を拾った。ヤバい、今が一番ショック。
襲撃のピークが過ぎ、迎撃を担当していた隊員らは外に撃って出た。攻撃専門の部隊が制圧した暴徒を回収する仕事は、ジニィ隊に任されている。喧騒が落ち着いてきた事で、立て籠もっていた街の人々がそろりと顔を出す。道々で状況を説明し、場合によっては衛兵隊に避難するよう促していく。衛兵隊の対応の遅れに憤慨する人もいたが、ジニィの怪我を見ると渋々と怒りを収める。上長の采配に感服だ。
「こりゃ牢が足りねえぞ」
「あぶれた奴は柱とかに括り付けておこうぜ」
「おーい、向こうで まだ暴れてる奴がいるぞ」
話によると、盗んだ馬で逃げ回っているお調子者が近くにいるらしい。たまに馬のいななきが聞こえるのは、ソイツのせいだった。
「『投げ縄のフランク』って分かります?」
「あ、懸賞金かかってた奴だ。最後は衛兵隊に喧嘩売ってバチボコにされたんだぜ」
「蛮勇って奴だな」
各地で盗みや暴力沙汰を繰り返し、殺人容疑もかかった この男。衛兵隊から馬を盗んで逃げたものの、国境は越えられなかった。
噂をすれば影がさすという。全員が疲労で集中力を欠いている時に、曲がり角から騎馬が迫った。
「隊長!」
グレイズが叫んだ直後、丸く結った縄がジニィの首にかかる。突然の事で身構える間もなく、縄が締まって体勢が崩れた。グレイズの手が空を掻く。ジニィは騎馬に引きずられ、あっという間に仲間から引き離された。
「ヒャッハー!!」
「グッ、くっ」
乗り手が奇声を上げる。ジニィは首を絞める縄に必死に抵抗し、逃れる手段を模索した。
(クソッ。なんだってんだ、神よ!!)
マイクとの一戦で勝ち残ったのに、受難は次から次へと振りかかる。
「ジニィ!」
一瞬 野太い声が聞こえた。シャバの空気でハイになっている乗り手は、ドライブ感覚で街中を周回している。この状況を見た誰か、どうか助けて欲しい。どうしたらいいか分からないが。
「ぐうっ、この……!」
コイツの仕業で接触事故を起こす二次被害も、元賞金首の累犯加重ポイントなのだろう。ジニィのダメージとHPは、絶賛反比例中だ。
「!?」
唐突に銃声が鳴り響いた。縄は乗り手から離れ、ジニィは命の危機から解放される。
「ゲホゲホッ」
急に呼吸が楽になった反動で、埃まで吸い込んでしまった。散々 地面を引き摺られたせいで、ブーツや服の損傷も洒落にならない。
「ここは……」
ようやく人心地ついて辺りを見回すと、先の方で乗り手が落馬していた。馬は無事らしく、遠くを走ってる。この区画は、普段 馴染みのない高級住宅地。フレッドの実家、それにカドマス本家の別宅もあったはず。
「アイツ、撃たれたのか……?」
軍人に限らず、護身用に銃を所持している金持ちが居るとか居ないとか。うつ伏せに倒れる乗り手の様子を覗うと、頭の一点から血を流し絶命していた。
「なんだこれ。腕が良すぎる」
違和感はもう一つ。ここは異様に人気がない。
「金持ちの家なんて格好の餌場だろ……」
争いの形跡が無い訳じゃない。地面の荒れ具合いから、その痕跡が辿れる。行き先は小洒落た邸宅。門の内側を覗いて見たら、顎に冷たい物が当てられた。
「またかよ……」
「動くな。てめえ、衛兵隊か」
銃の所持者の他に、門の陰から二人の男が飛び出してジニィを拘束する。流れるように口に猿轡を噛まし、強制的に邸宅の中へ。
「こいつサーベルなんか持ってるぞ!」
「は? 階級も低い雑魚じゃねえか」
あっという間に 最初の三倍程に増えた男共に囲まれた。手際の良さといい会話の内容といい、“その筋”の者で間違いなさそうだ。紛れ込んだ衛兵の処置について、物騒な遣り取りが交わされる。
(隣国の訛り……まさか中区で悪さしてた連中の一味か)
騒ぎを聞きつけて、二階から上役らしい男が降りてきた。
「何だソイツは?」
「邸を探ってたんでさぁ」
「ベルゼムじゃあるまいな。それともアンヘルか?」
ジニィの服装を見ると、上役は訝しげに眉をひそめた。
「ココで殺っちまいますか?」
「……いや。ソーンで衛兵を殺すのは不味い。あの目敏い代官に知られると厄介だ」
部下らは不承不承 頷いた。
「おい、このサーベルは?」
ヒラ衛兵の横に転がされたサーベルは、不相応に良い品である。
「コイツのです。表の脱獄囚をぶっ殺したみてえで」
なんて雑な冤罪だろうか。どうやら彼らは狙撃犯と別口の様子。
「そんな物、ソイツに持たせておけ」
「何でです!?」
上物の骨董品だ。勿論 部下らは納得がいかない。売れば高値がつくはずである。
「先代が集めてたコレクションに似てる」
彼の言う“先代”とは、いわゆる“ドン・某”とか呼ばれる界隈の人だ。
「それじゃあ!」
「俺は“捨てろ”と言ったんだ! 二度も同じ事を言わせるな!!」
上納どころの話じゃない。上役に激しく拒絶されては、サーベルに手をつけるのは厳禁だ。ジニィは内心でホッと一息ついた。
必然的に話題は、彼らの現状に移り変わる。
「クソッ。いつまでこんな所に留まってりゃいいんだ!」
「このままじゃあ、せっかく解放した囚人共が衛兵隊に鎮圧されちまう」
「この取引き自体、罠だったんじゃねえか?」
男達は再び殺気立つ。
「黙れ!」
上役は部下らを一喝して黙らせた。
「代官に警告文を送った。奴が馬鹿じゃなきゃ国境は開かれる!」
部下らが懐疑的に目を見合わせていると、上階から階下へと足音が響いてきた。新たに現れた人物は貫禄のある中年男性で、上役の男とは同世代に見える。鷹のような眼光の上役に比べると、体格を含め腹黒狸の風体だ。
「首領。何かありましたか?」
「本国に戻るぞ」
首領は男達の足元に転がる“異物”に視線を向ける。
「人質には弱いが、いざとなれば その“皮”は役に立つ」
冷酷な対の目がジニィを見下ろす。“皮”とは制服の事か。それとも……
「アンヘルもベルゼムも役に立たん。口ばかりの俗骨共だ」
「ははっ。我らが上手く使ってやれば問題ありません」
「フッ」
黒狸の冷笑と狡猾な鷹の目には、正直ゾッとしない。わざと隠語を使った内情を垂れ流してるのが、ジニィの命運をも暗示している。
「行くぞ」
「「「ハッ!」」」
引っ立てられ荷馬車に放り込まれてからは、走行中の揺れや振動に ただ耐えるのみ。
(アンヘル……ベルゼム……どこかで聞いたような)
強固な拘束は脱出を拒む。必死に逃走の糸口を探り続けるも、心の隙間には雑念――後悔や焦燥が入り混じる。
(何で俺はいつもこうなんだろう……)
己の欠点を挙げつらい反省してみても、肝心な事は一ツだけ。自分が一番したいこと、望むこと。
(アルカン、逢いたい。――助けてくれ)
<解説>
①
フレッドの供述「とにかく衛兵隊にマイクを連れ込めば、仲間もいるし後は何とかなると思った。ブレシュを利用したのは、意外に信じると思ったからだ」
ジニィ隊「自己中乙」
②
元賞金首に当たった弾は貫通していません。してたらザクロ。




