攻防は切迫する
フレッドが父親から預かった遺言書――後継の指名、相続の詳細、商会の運営方針などなど。フレッドを会頭に据え 商会丸ごと支配したいマイクには、不都合な内容が含まれている。彼がフレッドを脅しつつ向かった先は、新しい方の宿舎じゃない。
「誰にも見つからないよう、ブレシュに預けた」
フレッドが時間稼ぎについた嘘である。その嘘でフレッドは殴られ、階段を荒々しく引きずり降ろされる羽目になった。
「ついに下剋上か。本性を隠す気がなくなったな」
ジニィのお人好しを知っているマイクは、フレッドに血まみれの刃物を突きつけた。
「何だ その、ちっさい刃物」
「“手術用”のメスだ!!」
その ちいさくてほそい刃物を、マイクは愉悦混じりに見せつけてくる。
フレッドを人質に誘導されたのは、避難に指定された多目的室。今は誰も居ない。
「避難者は?」
「用具室にまとめて詰め込んでる。俺は静かに話をしたいんだ」
ジニィが建付けの悪い用具室の扉を開くと、フレッドと同じように拘束された非戦闘員らを発見する。
「これだけ人数がいて、何で」
後頭部に冷たいものが触れる。マイクが脅しに使った凶器の本命を理解し、一気に肝が冷えた。
「……どうしてお前が銃を」
「小隊長の机から盗んだ」
答えたのはフレッドだ。ふと思い出す。フレッド隊は業務上、小隊長の執務室に近い場所で勤務をしている。デスクの私物をかすめ取るくらいワケもない。
「引き出しには鍵を掛けるべきだ」
「俺は助かった」
銃口を突きつけられながらも、ジニィはゆっくりと振り向いた。
「サリーが居ない」
「ハハッ。サリー、ここに来い!」
マイクが顎をしゃくって呼びつけると、場違いに派手な女が立ち上がった。濃く華やかな化粧。襟ぐりの開いた薄手のワンピース。重ね着のチュニックは、体の凹凸を強調するように胸の下でリボンを結んでいる。デコルテを飾るアクセサリーには、小粒のガーネットを敷き詰めた花のペンダントトップが揺れている。
「……サリー?」
「じ、ジニィ」
再びマイクに呼ばれ、サリーが表に出て来る。素朴なエプロンドレスも、清楚な三つ編みも、愛らしいソバカスも無い。その格好はまるで、まるで……
ジニィの肩に馴れ馴れしく腕が回る。
「お前は知らないのか。
これが“サリー”の本当の姿だぜ」
下卑た笑みを貼り付けた男が、ジニィの強張った顔を覗き込む。
「この女はよ、逃げるため伯母に毒を盛っ」
「やめて!」
甲高い声が、マイクの台詞を半ばで引き裂く。
「――る」
「あ?」
ジニィは肩の重みを跳ね除け、マイクを強く睨みつけた。
「知ってる」
「あ、アタシを調べたの!?」
サリーの悲痛な叫びに、苦悩の色が滲む。
「調べたのはアボット商会だ」
マイクがサリーに絡んだあの日、ジニィが助けに入る直前までの会話は、当前だが彼の耳にも入っていた。父親の莫大な借金。伯母との冷え切った関係。放り出した本当の仕事。
「サリーが何でも、俺は構わない。出来る事なら俺がサリーを助けたかった」
「ジニィ、あなた……」
ジニィは弱者に優しい。だからサリーは彼を選んだ。
「俺が衛兵でなくても、君は俺を選んでくれたかな」
「もちろんよ!」
金融業に善性を見出す事は難しいが、アボット商会の周辺は特に、理性無き弱肉強食の縮図だった。
「フレデリック商会とアボット商会は、懇ろな関係なんだってな」
これはマイクに向けた問い。しかしサリーにも刺さる話題だ。
「借金の回収が望めない債務者の一部を、労働力としてフレデリック商会に提供する。フレッド隊の親父さんらが、裏で取り仕切ってた」
「……よく調べたじゃねえか。どこで聞いた?」
「漏れない情報なんて無いさ」
マイクの手もとがジニィの死角に入った瞬間、彼は腕を素早く振り抜く。
「っ」
ジニィは紙一重で刃先を避けた。二手、三手と回避しながら、サーベルの柄に手を掛ける。
マイクの注意がサーベルに向く。
それはフェイント。半歩下がるのと同時に、ベルトから外したサーベルを逆利き手で突き出した。
「っ゙ぐッ!?」
サーベルの柄頭がマイクの鼻の下に直撃。悶絶する隙に、拳を腹に叩き込む。腹筋の鎧が厚く、思ったより手応えがない。マイクの手もとで殺意の刃が光る。その鈍い輝きを目にした瞬間、ジニィの脳内に殺された動物達の血が見えた。鞘から抜いたサーベルが、首を目掛けて腕を振るう マイクの肘から下を一閃する。
「ッ――!」
本体から切り離された腕が、ゴトリと床に跳ねた。マイクは自身の身に起きた惨事に気づき、追いつく痛みと出血に絶叫する。
「……呆れた。散々 色んな生き物を殺してきたくせに、今更 自分の血でビビるのか」
「ぁぁ゙あああああ!!? 俺の、俺の腕があ!」
正直に言うと、ジニィも驚いた。このサーベル、骨まで断つなんてヤバすぎる。正当防衛が認められるか、雲行きが怪しくなってきた。
「フレッド・フレデリック」
「!?」
フレッドに呼びかけると、彼は真っ青な顔でジニィを見上げた。実に心外である。その怯えようは蛇に睨まれた蛙だ。
「俺はマイクを殺さない」
「え」
「お前がカタをつけろ」
「む、むむ、無理だっ」
「フレッド・フレデリック隊長ッ。お前が部下の後始末をするんだ!」
怒鳴って急かしてみても、フレッドは腰を抜かしたまま立てそうにない。
「きゃあ!」
「サリー!?」
近くにいたサリーが、突然ジニィにしがみついた。彼女の視線の先で、腕を落とされたマイクが銃を構えている。
「死ねえ!」
銃身はジニィに向けられ、引き金に指がかかる。
「――っ」
危機的状況によりアドレナリンのシャワーを浴びた脳は、爆発的な瞬発力で取るべき行動を導き出した。ジニィの動きを阻害するサリーを、火事場の馬鹿力で引き剥がす。軸足に力を込め、抜刀の姿勢で低くマイクに迫る。
「うおお!」
反撃を潰そうとする がむしゃらな銃弾は、標的が僅かにぶれ側頭部の皮膚を抉った。デッドラインをすり抜けたサーベルの刃先が、マイクの頸動脈を過たず切り裂く。
「く、くそっ」
マイクは斬られた事に気づいてない。次弾の装填に気を取られている間に、首から下は流れ出る赤でしとどに濡れそぼる。ようやく自身の違和感に気づいた彼は、近くで腰を抜かしているフレッドを 驚愕の面持ちで凝視した。
「あっ、フレッ、あっ」
マイクは銃を手放さず、首から溢れる血を止めようともがく。フレッドに救いを求めるも、彼は首を横に振って後退る。
「おㇾ、た、ナッ、かま、ロ……タスけ」
膝から崩れ落ちたマイクは、顔から床に倒れ伏した。血飛沫がフレッドのブーツを汚す。
「うわあああ!」
助けを乞うた手は、僅かに届かず。
それが殺人鬼の最期だった。
「最悪だ」
思いつく限りの悪態を全て吐き尽くしたい。吹き溜まる怒りを喉の奥に押し留め、ジニィはひと言だけ呟く。
「コイツ、死んだの?」
サリーは怯えながらも、様子を窺うように立ち上がった。事切れているマイクを確認するなり、彼女は唸るような低い声で怨嗟を吐く。
「……ざまあみろ。私を、舐めた、報いよっ!」
サリーは ふやけた顔で嗤った。余程 鬱屈していたのだろう。怖がりながら怒っている。父親の借金の肩代わりで愛人になり。逃げる為に伯母の仕事を掠め取って。助けてくれる強い人を求め。下衆野郎の脅迫に怯え。ようやくマトモに生きられるのだ。あとは――
「……よかったな。じゃあ、俺たちも関係を解消しよう」
「へ?」
世知辛い世界で生き抜くためには、強い庇護者が必要だ。
「俺は君の理想の男になれない。いや、ならない」
乾いた視線が交差した。




