禍福は糾える縄の如し
前領主の暗殺未遂は、彼が隣国上層部から『反政府勢力に協力している』との誤解を受けた為に起きた事件だ――アルカンが あらゆる情報を精査・考察し 出した結論である。
父親の仇を討たんと奮闘する息子の努力は、涙ぐましくも憐れみを覚える。理性と感情。当事者と被害者家族。そこに認識の食い違いが生まれたのは、想像に難くない。
(策士 策に溺れるか)
アルカンが見るに、自信家の新領主と 実務に長けたデューガルドは相性が良くない。
「失礼します!」
急ぎの報せが入った。刑務所から解き放たれた服役囚が、ソーン市街の建物を破壊し略奪を行なっているという。
「麻薬カルテルの頭はまだ捕まらないのか!? 衛兵は、衛兵らは何をしている!」
領主の部下は戸惑いながら首を横に振る。
「いえ、その中央衛兵隊が、現在 襲撃を受けており、人手が足りないと報せを」
あんまりな事態に、新領主は絶句した。
「そんな馬鹿なっ。他……屯所からも人を呼べ!」
そんな事は とうにデューガルドが やっている。相手は犯罪者。追い詰められれば何でもやる。
「手を貸しましょうか?」
「っ、デューガルドの手引きか!?」
アルカンは嗤った。
「なぜ? 麻薬カルテルは私の獲物。狩人の当然の備えです」
そう。隣国で体制派と反体制派を両天秤にかけ、この国で美味い蜜だけ掠め取ろうとする毒蜂に思い知らせてやらねばと。
「代官は私に言いました。
『領主様が頷かない限り、粛清部隊とは勝手に手を組めない』と」
「……!」
新領主は驚愕する。デューガルドの言葉の向こうに、在りし日の父が見えた。その政治理念、心構え、領主としての生き方。
「そうだ……“彼”は父が選んだ忠臣」
デューガルドは前領主に忠誠を誓っている。心を許す。だからこそ青年領主は――
「特務隊に協力を要請する。麻薬カルテル頭領の捕縛を……」
才覚が劣ると言われているようで、悔しかったのだ。
✦✦✦
さて、こちらは絶賛 修羅場中のソーン市街である。数年前までは、市民のフラストレーションが溜まると軽い暴動が散発的に起きたものだが、デューガルドが代官になってからは比較的平穏な日々であった。
「刑務所を破るなんて、考えたモンだぜ!」
「敵を褒めてんじゃねえよ!」
クライヴとカーターは、代官の命令で麻薬カルテルの頭を捜索していた。道々で暴徒を制圧するのも忘れない。女性に襲いかかる囚人服の男をカーターが斬り伏せ、混乱に乗じて暴れる馬鹿(※市民)の顔にクライヴの拳がめり込む。
「むっ」
路地で血を流して倒れている一般人を発見。咄嗟に駆け寄って脈を見るが、既に事切れている。
「この人、フレデリック商会の会頭か?」
「ああ、フレッド隊の!」
荒らされた店に従業員の姿は無く、声をかけても誰も出てこない。
「身内を逃がす為に犠牲になったのか……」
「噂に聞く人柄はアレだったが、アテにならんモンだな」
二人は会頭を店の軒下まで運び、近くにあった布を丁寧にかけてやった。スタッフの無事を祈りつつ、再び探索に戻る。彼らは街の異様な雰囲気に呑まれ、店の違和感には全く気づけなかった。
衛兵二人の気配が去ると、店の奥から若い男がフラリと姿を現す。中年男性の襟首を掴んで 無理やり引っ張りつつ、血まみれの刃物を目の前に突きつけて。
「フゥ、危なかったぜ。あの二人は厄介な奴らだ」
「グッ、グゥウ!」
「俺に反抗するなよ、小父さん」
口に猿轡を噛まされている男性は、あの臆病なピーターの父親である。彼は震えながら息子の幼馴染みを見上げた。亡くなったばかりの父を悼む息子とは思えない、凍りついた相貌を。
「アンタの長年の横領がバレないように、俺が親父を黙らせてやったんだぞ!!」
ピーターの父は必死に首を横に振る。
「ああ、不幸が続くぞ。街の混乱でオヤジさんが死んじまった。煩い奴も、疑う奴も、どんどん居なくなる!」
殺気立った目が、ギョロリと道の向こうを睨む。
「よう。遅かったな」
「マイク! お前、病院から勝手に」
遅れて来たのは、マイクを探しに来たフレッドである。彼の視線は、マイクからピーターの父、店先に横たわる“誰か”へ移って釘付けになる。血の染みがついた布。見覚えのある革靴。特徴的な親指の爪の形。
「喜べ。次の会頭はお前だ、フレッド!」
「お、お前は病気だ……」
知らぬ間にフレッドは死神に魅入られていた。圧し潰されそうな恐怖が、父の死を嘆く暇も与えてくれない。
「なあ、遺言書はどこだ? オヤジさんなら絶対に作ってるよな。早く始末しないと、外で修行してるお前の兄貴の命が危ない」
「……ッ」
ピーターの父が涙目でフレッドに訴える。絶対に渡してはならないと。
✦✦✦中央衛兵隊
ただでさえ混乱の最中では、正常に物事を判断できない。
例えば硬い石壁にリアルな『開かれた門の絵』が描かれていたら。
食堂の入り口に、美味そうな匂いを漂わせる鍋が、これ見よがしに置いてあったら。
破壊を目論んだ教会で、“お仲間”がシーシャバーよろしく水タバコを吸っていたら。
久方ぶりのシャバで開放感が天元突破していた脱獄囚の末路が、以下の状態である。
偽の扉に顔から突っ込み気絶。
飢えた腹に毒を流し込み、上からも下からも大洪水。
快楽を求めた餓鬼の行き先は、天国でなく――
「ここが地獄だったか」
ジニィが想定した以上のカオス、死屍累々の有り様になっていた。監督監修指導したグレイズですら、単純な策がこうも上手くハマるとは思わなかった。ゴミ運搬担当のバスカルは顔色が悪い。
「隊長はコレを読んでたのかしら?」
「……ただの思いつきだろ」
二人は 温厚でお人好しな隊長を思いながら、誘引剤に引き寄せられるようにやって来ては倒れる脱獄囚を拘束していく。
「追加のスープできたッス!」
「バッカで〜。壁に掛けた絵に突っ込んで気絶してやんの〜!」
「クックック……神の愛で景気よく地獄に送ってやったぜぇ〜!」
他分隊の協力もあって、ジニィ隊はG退治さながらの捕獲率を叩き出している。
「つかよ、キディ。お前的には教会で痺れ薬盛るのはアリなのか?」
「偉大なる神はよぉ、教えに背く者にも懺悔の機会を与え下さるんだぜぇ〜。慈悲深いだろ〜?」
キディという男の『倫理の一線』が、まだイマイチ掴めないバスカルである。
一方 ジニィは秘蔵のサーベルを奮い、トラップから漏れた脱獄囚を制圧していた。
「悠長な事やってられねえな」
収監される囚人は重い罪を背負っている。本人が望む望まぬに関わらず、欲望の餓鬼と化した彼らは存在そのものが凶器だ。
刃の血脂を布で拭っていると、トサカ後輩が走り寄って来た。
「隊長、西門に来る囚人が減ってきたッス!」
「隊員に怪我人は?」
「みんな大した事ないッス!」
カルの露出している肌部分には、それなりの傷や殴打痕があった。彼は決して腕っぷしの強い方じゃない。それでも大切な日々の為に闘える男だ。
「隊長、ここはオレに任せてください。今の内に避難所の様子を見に行った方がいいッス」
「助かる!」
後輩はジニィの心配を察して、役割を交代してくれた。
中央衛兵隊で避難所に指定された場所は、目につきにくい場所にある旧宿舎だ。周辺に警戒しながら走っていると、一番の修羅場である正面口南門が見えた。激しい喧騒と暴力の応酬が遠目にも分かる。手助けしたい気持ちを抑え、旧宿舎までの道のりを最短距離 全力疾走で目指す。
「ブレシュです。皆さん、無事ですか!?」
玄関口で声をかけたが、応答がなければ物音もない。その静けさに違和感を覚え、ジニィは慎重な足取りで廊下の先に足を踏み入れる。まさか――嫌な想像を引きずりながら、一階をぐるりと見て回る。二階に続く階段が目に入った時、ようやく人を見つけた。
「ハハッ。ジニィ・ブレシュ、お前って奴は つくづく間が悪いぜ」
「マイク……お前、入院してたんじゃあ」
フレデリック隊のマイクと、その傍らに居るのは隊長のフレッド。まるで罪人のように両手首を縄で括られ、マイクに連行されている。顔には殴打痕。鼻下と唇に血が滲み、表情には屈辱と恐怖が刻まれている。
大まかな情況を察し、ジニィは目を据わらせた。
「ついに暴走したか」




