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再会した元兄弟、因縁のワルツを踊る  作者: 垣花 やお


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賽は転がる

挿絵(By みてみん)

「アンタ、またアタシと取引しようってのかい?」

 隣国の諜報員マグノリアは、正面に座る男を胡乱気な目つきで睨んだ。

「君は優良な取引相手だよ」

 一見 貴族的で寛容めいた態度の この男は、一部界隈で『紫の瞳の悪魔』と呼ばれている。彼との最初の取引は、マグノリアの無事と引き換えだった。それからもずっと駆け引きは続き、今や力量差が明白な上下関係を作り上げている。

「ふっ。亡命の約束より美味しい話なのかしらね」

 彼女は悪魔を信じてない。それでも従っているのは、彼が約束を守る男だからだ。

「ああ。それは蜜が如く甘いモノ」

 彼が何を言っても笑い飛ばしてやろうとしてたのに、失敗して真顔を晒す。

「……話を聞くわ」

 男の蠱惑的な微笑みが恐ろしい。それなりに心の準備をしていたが……その唇から語られる取引内容は、彼女ですら話についていくのがやっとの強烈さだった。

「この作戦はスピード重視、かつシビアな行程になる」

「そんな特大の嘘がバレたら、私が殺されるだけじゃ済まなくなるわ」

 男の計画を実行すれば、『全て無くす』か『全て壊す』か、駒の一ツとして結果(どちらか)を丸ごと受け入れる事になる。

「サポートは私が担当する。自然に見える情況も整えよう。万が一の場合は、隣国に住む君の息子を亡命させ、独り立ちまで援助する」

「……」

 実に魅力的な提案だ。しかし彼女にとって、最も現実的な問題は解決してない。

「君が捕まった場合は、速やかに殺害する」

「そう。なら、これが最後よ」

 嬉しくはないが、胸を撫で下ろした。男の殺意にだけは、唯一信頼が置ける。

「“本国”に復讐出来るなら、願ってもない事だわ」

「では取引成立だ」

 マグノリアは差し出された男の手を握った。

(一生に一度。最初で最後の大仕事ね)

 マグノリアを奴隷同然に こき使う隣国の上級諜報員も、神の教えを愚弄する革命軍も、隣国の情勢を かき回す麻薬カルテルも、全て痛い目を見ればいい。その為ならば、悪魔に魂を売ったって構わない。瞋恚の炎を身に宿したマグノリアは、己の尊厳を踏み躙った連中を決して許さない。



 ✦✦✦



 爆音と共に日常が破られ、街の一部から黒い煙が上がった。フィールドグラス越しに、ソーン中央地区 唯一の刑務所から火の手が上がっている様が見える。

「アルカン様。狙撃手が配置につきました」

「うむ。おおよそ想定通りに進んでいるな」

 次々と更新される情報から 作戦の進行状況を把握したアルカンは、引っ掛けていた上着を取って移動しながら袖を通す。

「どちらへ?」

「新領主の元へ。――それと、ジニィ・ブレシュの護衛は?」

「つつがなく」

「代官にコレを渡せ」

 畳まれたメモを部下に渡し、再度 遣いに出す。連絡役を引き連れ、混乱を引き起こしている元凶の元へ急ぐ。

「アルカン様!」

 外から戻った部下が、焦りながらも努めて声量を抑えアルカンに耳打ちする。

「暴徒と化した罪人らが、衛兵隊に打ち入りました」

「想定内だ」

 冷めた返事に、部下らが一瞬 怯んだ。

「次に狙われるのは国境警備隊だ」

「ッ! 報せますか?」

「必要ない。

 “連中”なら例のトンネルを使うだろう。今は一方通行だがな」

 廃工場は完全閉鎖され、間もなく更地になる。だが抜け目のない敵連中は、もう一つの抜け道を用意している。アルカンが幹部の一人を拘束した、中区のパブを兼ねた宿の地下。まだ誰も知らないだろう。

(傭兵王がジニィの傍に留まっていれば)

 ソーンを出るよう間接的に促したのは、他でもないアルカンだ。あの男は作戦の邪魔にしかならない。

 馬に跨り、領主が滞在する借宿へと急ぐ。街の混乱はギリギリこちらに届いていない。

(若輩者を操るのは容易い。ま、次は そう楽に行かないだろう)

 代官が その気になれば、手を出した時点で蜘蛛の巣にかかった餌も同然だ。

 宿に着くと、使用人らが非常の来訪者の前に立ちはだかった。その見事な忠義は、果たしてどちら(・・・)へのものだろう。

 アルカン――黒い騎士は、彼らへ冷淡に命じる。

「退け。街で何が起きているか知らぬ訳でもあるまい」

 それでも難色を示す執事を押し退け、直接 執務室へ赴く。突然 現れた黒い騎士に、青年らの間で緊張が走った。

「このような行い、余りにも無礼ではないか!」

 敵の接近を許すまじと、若鹿を思わせる男子が雄々しく威嚇する。

「よい。下がれ」

 畏れを押して壁になろうとする忠臣を止めたのも、これまた若く二十歳にも満たない青年。

「私に何の用だ、モーリア卿。こちらは少々忙しい」

 新領主は淡々と黒い騎士に応対する。少々 肩に力が入っているが、同年代と比べれば胆力がある方だ。

「伯爵、こんな時だからです。ひとまず人払いを」

 騎士の強引さに気色ばむ側近を制し、彼は全員の退出を命じた。騎士の部下も同じく従う。

 二人きりになると、新領主は険しい眼差しで黒い騎士を咎める。

「これはどういう事だ。私に“首領”の密入国を報せたのは貴殿であろう」

「私は『慎重な対応を』とお願いしました。デューガルド殿と連携し、段階を踏んで捕らえるべきだとも」

 新領主は表情を大きく歪ませると、拳で力任せにデスクを叩いた。

「愚鈍で やる気のない、口煩いだけの男に何が出来る!!?」

 新領主の恫喝が、さほど広くない執務室に強く反響する。

「貴殿は理解しておられないようだ」

「なっ、私を馬鹿にしているのか!?」

 黒い騎士はシニカルな笑みを浮かべ、新領主の怒りを柳に風と受け流した。

(こういう所が青二才だと言うのだ)

 とはいえ、疑似餌を用意して新領主(さかな)を釣ったのは彼である。

「あの男を信じろなどとっ。デューガルドは『傭兵王』の存在を私に黙っていたのに!」

「それは当然です」

 情報の奥行きを読む技は、まだ見識の浅い領主には難しい。それでも黒い騎士は、容赦なく言の刃を返す。

「“戦乱の英雄”がコチラに渡ったとあらば、隣国は今まで以上の危機感を我が国に抱くでしょう。ゆえに帰郷を望む彼を、国境警備隊の査察に紛れて密かに入国させたのです。いざ出国の情報が漏れても、表向きは不法入国で処理できる。それ以降は外交官が表に立てばよい」

「……馬鹿な」

 新領主にとっては裏切りだった。例え国益が理由だとしても、代官が裏で勝手に動いた事実は消えない。事が終わる時が“最後”だとすら考えている。

「隣国は現在、反政府軍の規模が急速に膨れ上がり、非常に不安定な情勢です。悪政も原因の一ツだが、傭兵王への期待も高まっている。隣国で内乱が勃発すれば、我が国にも火の粉が飛びかねないのです」

「馬鹿な。傭兵如きに、情勢を一変させる力なぞあるわけがない!」

「爆発の切っ掛けにはなりますよ」

 一介の傭兵が“王”と呼ばれる所以となった決起は、悪政に苦しむ民の心を確かに掴んだ。本人にその気が無かったとしても、民が望んだ結果なのだ。

「私を責めに来た理由はそれか? 敵に恐れをなしたのか。ハッ。紫の瞳の悪魔が!

 よいか、賽は投げられた。我々は最後まで突き進むのみだ!」

 青年は面と向かって黒い騎士を誹る。それは恐れ知らずというより、愚直なまでの使命感だった。

「さようですか。確かに、麻薬カルテルの総帥がお父上の仇でなくとも、手遅れだ」

 新領主の時が止まった。ようやく口を開くが、舌がもつれる。

「な、なん、だと?」

「貴殿はお父上が狙われた原因をご存知か?」

「それは……父上が、連中の敵だから。だがっ、麻薬カルテルはそもそも!」

 生徒が答えを得るまでダンマリする教師のように、黒い騎士は口を開かない。

「たかが違法薬物の取り締まりでっ。奴らは犯罪者、単なる逆恨みだ!」

 口にして初めて自覚する。青年領主による敵の理解度は“そこまで”なのだと。それ以上が、あると言うのか――

「……“実行犯”はカルテルの暗殺部隊でしょう。しかし“依頼人”が別にいるとしたら?」

 黒い騎士は言った。本当の敵は、今も昔も変わらず国境の向こうに()ると。


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