愛はさすらう
「お前ら聞け。隊長の様子がおかしい」
バスカルは密かに隊の仲間を集め、自身の懸念を口にした。仲間は一瞬 黙り込むも、驚き一ツ見せず「知ってる」と答えた。
「隊長は顔に出やすいッス」
「ずっと変じゃん」
「アイツがポンコツだからよぉ、クライヴとカーターの野郎がマメに見に来やがって鬱陶しいぜえ!」
バスカルは顔の中心にグッとシワを寄せた。
「夜に寮を抜け出してるのも、気づいてたかしら?」
グレイズの問いには、三人共 首を横に振る。キディは夜中の礼拝で気づいても良さそうだが、ジニィが その時間帯を避けないはずもない。
「サリーの浮気調査とか?」
「違うな。隊長は人が良すぎる」
隊員の心 隊長知らず。ジニィの隠し事にモヤモヤを抱えたバスカルは、昨夜コッソリ後をつけたという。
「えっ、サイテーですぅ!」
カルが女子のような悲鳴を上げた。
「金貸しのアボットを知ってるか?」
「借きっっ」
バスカルの分厚い手のひらが、叫ぶジーンの顔下半分を塞ぐ。
「バスカル。ジーンが窒息死します」
グレイズは呆れながらも、助ける素振りはない。
「その金貸しの事、クライヴに聞いてみたらどうかしら」
「ナイスアイデア!」
決断即実行。その日の夕食後には、バスカルがクライヴを拉致――誘い出した。身構えるクライヴに、ジニィの話をしたいと説明すると ようやく警戒心を和らげる。
「良い噂は聞かないな。アボットに金を借りる人間は、おおよそ返すアテも無いロクデナシばかりだ」
「お金を返せない人間に、どうやって返してもらうんですか?」
グレイズが素直な疑問を投げかけた。
「体で返させる。ロハで使える労働力だ」
「ああ……」
グレイズは労役する受刑者の図を想像するが、バスカルらは当然その答えの奥行きを知っている。
「クロに近い事やってんの?」
「見える所は ぎりぎりグレーって感じだ」
カーターがもう少し詳しく知っているというので、その場のノリで寮の部屋まで乗り込んだ。
「代表者だけにしろ!」
カーターは狭い部屋に押し入ろうとしたジニィ隊(ジニィ無し)に、正当な苦情を申し立てた。
「ジニィ隊は本当に仲が良いな」
渋々 廊下で“待て”をする後輩を置いて、筋肉量で選ばれたような面子を見回す。
「ウチは本当の寄せ集めです。尖りすぎて他所で持て余した人間が、どういうワケか中区にばかり」
「隊長だけは平凡な人間だぜ。唯一ほかと違うのは、ジニィが隊長じゃなきゃ今の俺達は無かったってトコかな」
そう言って、女傑のグレイズと 節操のないゲイのバスカルは頷き合った。
「……まあ事情は分かったぜ。ジニィは良い奴だ。アボットの周辺で気になる噂があったら、教えてやってもいい」
「恩に着るぜ!」
「よしなにお願いします」
ジニィ隊(ジニィ無し)を見送って、クライヴとカーターは目を見合わせる。
「特務の あの方が絡んでると思うか?」
「どっちかってぇと、関わらせないように配慮してる感じだな」
ジニィは特殊な人間関係の坩堝に居る。一番 目を離せないのは彼かも知れない。
一方、行動力の権化な部下らの心配をヨソに、ジニィはアルカンが滞在する建屋の前で夜空を見上げていた。かれこれ三十分はこのままで、優柔不断な己を呪っている。
(なんてザマだ)
個人的な調べものに行き詰まり、いよいよアルカンに突撃しようと試みたものの、いざ来てみると足が竦んだ。行こうか戻ろうか、それすらも決めかねている。うかうかしていたら、今度は見廻りの目を危惧する始末。もう いつ就寝してもおかしくない時間帯だ。
(ええい、ままよ!)
破れかぶれで立ち上がったタイミングで、徐々に馬車の音が近づいて来るのに気付く。
(あ〜っ、俺の馬鹿!)
完全にタイミングを逃した。
しかし暗くなってから馬車を出すのは珍しい。つまり秘密の訪問客か。
停車した馬車から、一人の女性が降り立つ。ガス灯の下、美しい佇まいの御婦人が周囲を見回した。
彼女に知ってる顔が重なり、ジニィは更に目を凝らす。
(なんで貴族の奥方が……あっ、そうか!)
思い出したのは彼女の昔の顔と、今在るであろう地位。あれから十年以上経つというのに、その美しさは何一つ損なわれていなかった。
(お義母さん)
彼女が“義理の母”であった頃の、気さくな人柄を覚えている。
(アルカンは本当に お義母さんにソックリだ)
現在の彼女は、騎士の息子に会いに来た美貌の貴族夫人。優雅な仕草、美しい佇まい、上品な歩き方。ジニィとは“無関係な女性”。
御者が人を呼びに行くと、間もなくイルが現れた。珍しく緊張している様子が窺える。二人が建物の中に消えると、ジニィは目を閉じて今 見たものを反芻した。
「駄目だ。目的が変わってる」
想いを振り切ろうとしても、寂しい気持ちが湧き上がる。ジニィは堪え切れない嘆息を、合わせた掌の間に封じ込めた。
✦✦✦
母親の襲来は突然だった。
「まあ、貴方。それが久しぶりに母親と会う時の顔?」
「クレームをつけるなら、私に事前の連絡くらいはするべきでしょう」
アルカンの母親 ロザリアはプロ顔負けの女優である。昔は天使をタラシ込んで善い母親を演じた事も。アルカンの特に苦い思い出である。
「連絡したら貴方、全て隠してしまうじゃない」
当然だ。完璧な“皮”をかぶって、綺麗な舞台セットを用意して、勤勉実直なワークスタイルを披露する。それが息子の親孝行というもの。仏頂面で書類を精査し、土で靴を汚し、部下を躾ける姿なぞ見せられるモノじゃない。
母親は扇の飾り羽根で、黙秘する息子の頬を撫でつける。
「こんな片田舎に長期滞在するなんて、おかしいと思っていたのよ。それで気づいたわ。ここには“あの子”が居るものねえ」
微かに目元を引きつらせたアルカンに、ロザリアは余裕の笑みを浮かべた。
「傭兵王は逃してしまったけれど、あの子だけは まだ無防備だわ」
「オルコット夫人。私の仕事の邪魔をしに来たのですか」
戯れのつもりが虎の尾を踏んだと気づき、広げた扇でエゲツない視線を遮る。
「母親が息子に会うのは当然の権利よ」
「あの人の前でも、そのブ厚い面の皮で母親を演じますか?」
ロザリアが“母親の立場”を横暴に振りかざす時は、息子を意のままに操りたい時。
だからこそアルカンは否定する。
「私に逆らうつもり?」
「母なら息子の自立を喜ぶべきだ」
本性を現した女の怒気をシレッと躱す。「本心を表に出すな」と徹底的に躾けたのは彼女自身だ。
「ここは貴女の箱庭ではない。すぐさま追い出す事もできるのですよ」
高圧的な態度が通じないとなると、ほんのひと時 言葉の応酬が止む。
「この街は貴方に相応しくない。今の“仕事”は早く済ませて、王都に帰ってらっしゃい。でないと」
「何でしょう」
これはロザリアがアルカンを なだめすかす時の、お決まりの台詞だ。
「暇に飽かせて、貴方の所有物に触ってしまうかも知れないわ」
彼女はアルカンから沢山のものを奪い、壊してきた。道具を道具として手もとに置くため。道具に意志など必要ないと。
だがアルカンは真実を知っている。支配的な母親の正体も。
廊下へ続く扉を開き、彼女に退出を促す。
「お帰りを」
「せっかくだもの、明日も来るわ」
母親を見送ったアルカンは、強張った手を軽く解す。
「愚かな女」
可愛げのない息子へのあてつけに、罪深い戯言を吐いていった。
「……許さん」
声量を抑えたせいで言葉が震える。大きく波立つ感情は、未だ収まりがつかない。机の引き出しから小箱とマッチを取って、気分転換にベランダへ。紙タバコを一本くわえて、着火部をマッチの頼りない火の上にかざす。タバコに酸素を取り込み、赤く焼けていく葉をジッと見つめる。肺から毒が回り、脳をジンと痺れさせる。煙を吹き出すと、ジワリと緊張が緩んだ。ストレスへの反動か、感情の揺り戻しか。
「あぁ……ジニィ」
拠り所の名を口ずさむ。
「ぼくの守護天使」
※タバコは健康を害する恐れがあります。アルカンは愛煙家というより、ヘビースモーカー(なおストレス)。




