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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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彼らが見た怪物

 第二ソビエト社会主義共和国連邦は、成立した直後から、世界の各首都で同じ種類の不快を引き起こした。


 単に危険だからではない。危険な国家なら歴史上いくらでもあった。軍事独裁も、革命政権も、民族主義国家も、神権国家も、核武装国家も、どれも新しくはない。問題は、第二ソ連がそれらのどれにもきれいに収まらなかったことだった。軍事国家であり、革命国家であり、社会主義国家であり、東洋主義国家であり、しかもその全部を、露骨な報復心と行政能力で繋いでいる。つまりこれは、理念の怪物ではなく、狂気の理念が現実の制度へ落ちた国家だった。そこが諸外国にとって本当に嫌だった。第二ソ連の成立、国号、四谷の地位は既定の骨格として記録されている。


 アメリカは、最初それを分類しようとした。


 国家安全保障会議の地下会議室では、ホワイトハウス、国務省、国防総省、CIA、国家情報長官室、太平洋軍系統の人間が、第二ソ連に関する初期評価文書を前にしていた。表題は長く、慎重で、いかにも官僚的だった。


 『On the Emergent East Asian Federal-Military Revolutionary State Known as the ‘Second Soviet’』


 文書は丁寧だった。

 体制の起源。三国統合の経路。四谷賢一の権力集中。核開発の兆候。軍事統合の程度。経済統制の速度。対中・対米・対EDF・対ロシアのそれぞれに対する戦略的含意。

 問題は、最後の結論部分だった。


 誰も、どう呼べばいいか決めきれない。

 ファシズムか。ボルシェヴィズムの亜種か。軍事社会主義か。東洋的な権威主義革命国家か。

 どれも一部は当たっている。

 だがどれも足りない。


 国務省の男は、忌々しそうに言った。


「こいつは、冷戦の亡霊ではない。人類史の失敗そのものが国家化した何かだ」


 CIAの分析官は、そこをもっと冷たく言い換えた。


「感情の制度化です」


 室内が静まった。


「憎悪、報復心、階級敵認定、若年層の苛立ち、対外的屈辱感、その全部を、配給、徴用、軍事命令、教育課程、人事措置として実装している。あれは普通の独裁国家ではありません。独裁者の感情がそのまま法文になっている。ヒトラーです、四谷は」


 ワシントンが本当に恐れたのは、そこだった。


 第二ソ連は、アメリカにとって軍事的に危険だった。

 太平洋の海上交通路。

 半導体供給。

 日本列島の基地網。

 韓国半島の前線性。

 台湾の技術基盤。


 どれを取っても厄介だ。

 だが、それ以上に嫌なのは、交渉の前提が崩れることだった。


 普通の国家は、国益で話せる。

 革命国家は、理念で話せる。

 独裁国家は、権力維持で話せる。

 だが第二ソ連は、その全部が混ざっている。


 利益を与えても、報復心が残る。

 理念を論じても、軍が先に動く。

 権力維持を前提にすれば、むしろ敵を作ることで内部が固まる。


 つまり、抑止も懐柔も、どちらも半端にしか効かない。

 それは米国にとって最悪の相手だった。


 ペンタゴンの将官は、より具体的に言った。


「こいつらは、国益のために戦うわけでないし、負けないために戦うんじゃない。世界を巻き込んででも勝敗の意味を変えるつもりで戦う」


 軍人らしい、だがかなり正確な表現だった。

 第二ソ連が本当に核を持ち、極超音速での投射手段まで手に入れた場合、それは単なる地域覇権国家では終わらない。少なくとも本人たちはそう信じている。その信念自体が戦略環境を汚染する。アメリカは、久しぶりに「こちらの理屈が全く通じない可能性のある大規模国家」と向き合わされていた。


 中国の恐怖は、もっと個人的だった。


 ワシントンにとって第二ソ連は危険な敵だ。

 だが北京にとっては、それだけではない。

 自分たちが長く独占してきたはずの革命国家の看板を、隣国にひったくられたという屈辱があった。


 中南海では、建国大典の映像が繰り返し再生された。

 国旗。第二ソ連という国号。四谷の演説。

 韓国と中華民国の代表が、その下で共同建国者として立たされている図。


 老いた幹部たちにとって、それは単なる悪趣味ではなかった。

 侮辱だった。


 人民日報や外務省は、もちろん表では嘲笑した。

 軍国主義的偽装社会主義。

 東アジア不安定化の怪物。

 歴史の失敗作。


 だが内部文書は別だった。

 国家安全部が出した分析には、嫌なほど正確な一文があった。


 「第二ソ連は、革命の正統性を理論ではなく処刑と再配分によって再演している」


 ここを中国は深く恐れた。


 中国共産党も、革命の語を持っている。

 人民も、平等も、共同富裕も、反帝も、全部持っている。

 だがそれらは長く、儀礼と宣伝へ薄まってきた。

 そこへ隣国が、上層の没落、資産接収、青年動員、軍事的な規律、そして露骨な階級敵認定を、今更にやり始めた。


 中国の若者が、そちらの方を「本物」と見始めるかもしれない。

 北京が本当に震えたのは、その可能性だった。


 ある若い政策研究員が、会議で不用意に言った。


「我々はいうでもなく社会主義政策を保持している。しかし、彼らがより正統的な社会主義を演出している。いまの時代、演出された方が伝わる危険があります」


 老幹部の一人が、ひどく嫌そうな顔で黙り込んだ。

 反論できなかったのである。

 理論的正統性ではこちらが上だ。

 だが若い世代は、理論より、誰が本当に金持ちを吊るしているかを見る。

 そうなると、中国は自分の方が古びて見える。


 しかも第二ソ連の構成には、台湾が含まれている。

 そこが中国にとってはさらに悪い。

 中華民国という、自分たちが歴史の外へ押し出したはずの亡霊が、今度は東アジア革命国家の一角として再浮上する。

 それは地政学でも軍事でもなく、物語としてまず危険だった。


 中国の恐怖は、軍事侵攻の可能性より先に、歴史の独占権を奪われることへの恐怖だった。


 ロシアの反応は、怒りというより、吐き気に近かった。


 ロシアは、ソ連の後継でありながら、ソ連の敗残でもある。ヤゾフの権力掌握、軍政、崩壊、軍閥化、内戦、ようやく成立したロシア連邦。悲惨な経路を辿った分だけ、ソ連という名には、誇りと恥辱が同時にこびりついている。だから東アジアの新興怪物が、その名を「第二」として使い始めたことは、国家神経の深いところを逆撫でした。ソ連崩壊の経路と、第二ソ連という国号は、設定の上で密接につながっている。


 クレムリンの会議では、最初に出た言葉が雑だった。


「盗人猛々しい」


 それ以上の表現を、年長の将官はしばらく見つけられなかった。

 ロシアにとってソ連は、自分たちの失敗の名でもある。

 それを他人に使われると、失敗そのものが再利用される感覚がある。

 しかも使っている相手は、ロシア革命の継承ではなく、その失敗を踏み台にした東洋からの再起動を名乗っている。

 これは象徴戦争としてかなり悪質だった。


 ロシア軍部の分析は、米中より少しだけ情緒的だった。


 第二ソ連は、ロシアにとって実際の軍事脅威である以上に、「失敗した帝国が、別の場所でより若く、より凶悪な形で再演される」ことの不快さを伴っていた。ソ連がかつて持っていた世界革命の看板、軍事的厳粛さ、敵に対する露骨な階級憎悪。そういうものを、自分たちは保持できなかった。保持できないまま市場と民族主義と内戦へ分解された。そこへ東アジアが現れ、ロシア革命の語彙を武器として再組み立て始める。ならばロシアは何なのか。老いて、資源にしがみつき、かつての自分の名前を奪われて見ているだけの国なのか。そういう自問が、露骨に言葉にはされなくても、空気として漂っていた。


 ある情報機関幹部は、極めて冷たく総括した。


「彼らはソ連を継承していない。われわれが継承に失敗したことを、国家名にしている」


 この言い方は、ひどく正確だった。


 そして欧州は、米中露ほど鋭くは反応しなかった。

 少なくとも最初の数日はそう見えた。

 だがそれは鈍いのではない。

 欧州は恐怖を、しばしば最初に官僚文書の語尾へ隠すからである。


 ブリュッセルでは、「東アジアにおける急進的軍政連邦形成」という、ひどく味気ない表題の危機メモが各機関へ回った。そこでは第二ソ連という語を、最初はあえて正式名称として扱わず、「self-styled “Second Soviet"」 と書いている。自称。勝手にそう呼んでいるだけだ。そう書くことで距離を取ろうとした。だが距離を取る必要があること自体が、既に相当効いている証拠だった。


 ドイツは、経済の面から震えた。

 戦略物資、半導体、海上交通路、対中依存の再編。東アジアで、ただでさえ不安定な供給網の一角へ、さらに「革命軍事国家」が乗る。しかもそれが計画経済へ寄りつつある。市場原理だけで相手を読むことができない。

 ドイツの財界と官僚は、そこに強い不快を覚えた。

 平和なグローバル化の延長で東アジアを見る時代が、はっきり終わったからだ。


 フランスは、もっと観念的な恐怖を抱いた。

 革命の語彙は、本来なら欧州近代が世界へ与えたはずのものだ。

 自由、平等、共和国、人民、国家、革命。

 その言語の系譜の一部を、東アジアの怪物が、こちらよりも粗暴で、こちらよりも露骨で、しかも軍事的に強靭な形で使い始める。

 それは、ヨーロッパが自分たちの近代を制御しきれなくなったことの証拠にも見えた。

 パリの論壇は当然のように激怒したが、その激怒には、いつもの道徳的優位だけでなく、少しばかりの羨望と、自分たちの時代が終わったことへの気づきが混じっていた。


 そしてロンドンは、最も現実的に震えた。


 地球防衛軍に既に一度痛い目を見ている。

 そこへ第二ソ連が現れる。

 軍事、社会主義、東アジア統合、核志向。

 帝国の亡霊を引きずるイギリスにとって、それは二重の悪夢だった。

 自分たちがかつて分割し、均衡させ、操作できると思っていた東アジアが、今や欧州の理解の外側で、独自の怪物を二つ――EDFと第二ソ連――産み始めている。

 ロンドンのシンクタンクは冷静を装ったが、その報告書には苛立ちが滲んでいた。

 『Europe no longer interprets Asia; it is now interpreted by what Asia becomes』

 欧州はもはやアジアを解釈する側ではなく、アジアが何になるかによって、自分の位置を解釈される側へ落ちつつある。

 それが痛かった。


 米中ロ欧で分析の仕方は違う。

 恐れの種類も違う。

 だが、彼らの報告書と会議室には、一つだけ共通する感覚があった。


 第二ソ連は、普通の敵ではない。


 単なる地域大国ではない。

 単なる独裁国家でもない。

 単なるイデオロギー国家ですらない。


 これは、疲れた社会が自分への憎悪を国家として組み上げると、ここまで行くのだという実例だった。

 しかもその怒りは、配給と軍事と行政によって支えられている。

 つまり一時的な発狂ではない。

 制度化された発狂である。


 そのことを、世界の主要国はみな感じ取っていた。

 だからこそ、誰も安心して見下せなかった。

 狂っている。

 だが、現実に動く。

 下品だ。

 だが、軍隊と工場と港と若者を本当に動かしている。

 嫌悪すべきだ。

 だが、既に世界史の一部になってしまった。


 そういう相手が、最も厄介だ。


 第二ソ連は、その意味で、誕生直後から十分に世界を震えさせる資格を持っていた。


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