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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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国家の国幹

 建国大典が終わったその日のうちに、第二ソ連は祝賀から事務へ切り替わった。


 それが四谷賢一の国家らしかった。普通の新国家なら、まず旗を見せ、歌を流し、歓呼を撮り、しばらくは「誕生」の余韻で食う。だが四谷には、国家の誕生それ自体に酔う趣味が薄かった。彼にとって国家とは、崇める対象ではなく、世界征服のための器官でしかない。器官は、名前を与えた翌日から動かなければ意味がない。だから第二ソヴィエト社会主義共和国連邦――略称、第二ソ連――は、建国大典が終わったその夜から、ひどく味気ない紙と命令と配線の束として本当に生まれ始めた。第二ソ連の成立自体と、四谷の「全連邦統裁者」「最高元帥」就任は既定の骨格である。


 最初に片づけられたのは、首都の問題だった。


 東京ではない。

 ソウルでもない。

 台北でもない。


 その三つは、いずれも旧国家の重みを引きずりすぎていた。人が多い。記憶が多い。既得権が多い。どこを歩いても旧体制の亡霊に触る。四谷はそれを嫌った。旧世界の中心に新国家の脳を置くのは、死体の胸に心臓移植をするようなものだと考えていた。福岡が選ばれた理由は、地理だけではない。日本本土にありながら、東京ほど旧国家に汚染されていない。朝鮮半島と台湾の双方へ海路・空路で手を伸ばしやすい。港湾と駐屯地を軍政の論理で改造しやすい。しかも何より、西部方面軍が原隊である四谷にとって、福岡は最初から自分の庭だった。


 公式文書では迂遠だった。


 「連邦政府中央庁舎を福岡特別行政区に設置する」

 「統合参謀本部を福岡連邦軍管理地域に設置する」

 「全連邦統裁府を福岡中央執務地区に置く」


 そういう書き方だ。


 だが実態としてはもっと露骨だった。

 福岡が首都になったのである。

 少なくとも軍と官僚にとってはそうだった。

 のちに「全連邦統裁者のいるところが首都だ」という四谷の悪趣味な定義が半ば公認のように流通し、福岡大本営が揶揄と恐怖を込めて「連邦首都」と呼ばれるようになる下地は、この時点で既にできていた。


 連邦政府の内実は、最初から綺麗ではなかった。


 福岡市内の既存官庁、自衛軍施設、港湾管理棟、放送設備、金融出先機関、その全部が継ぎ接ぎで使われた。県庁舎に似た建物の中で連邦産業計画委員会が動き、古びた合同庁舎に連邦食料配分庁が入り、旧駐屯地司令部の地下へ統合参謀本部の前身が押し込まれ、別のフロアでは連邦人民保安委員会が人を消していた。国家の誕生を想像するとき、人はしばしば壮麗な新築庁舎を思い浮かべる。概ねの場合、現実は逆だ。既存の建物の中に、別の命令系統だけが先に巣食う。


 第二ソ連の法的建付けも、四谷らしく倒錯していた。


 国号は壮大だが、中身は妙に暫定的である。

 建国大典では「第二ソヴィエト社会主義共和国連邦」の名が高らかに宣言された。だが構成単位の名は、あえてすぐには全部変えなかった。日本国、韓国、中華民国。この三国家は、法文上は「加盟共和国」あるいは「構成共和国」と位置づけられ、広範な自治権を保持するものとされた。自治権とは聞こえがいい。実際には、旧統治機構を全部即日潰す能力がまだ連邦政府にないというだけだった。だが、能力がないことは、そのまま制度になることがある。


 日本国は日本国のまま。

 韓国は韓国のまま。

 中華民国も中華民国のまま。

 ただし、その上へ福岡の連邦政府が乗る。


 徴税、治安、教育、地方行政、民事の多くは当面各共和国に残される。

 だが軍事、外交、戦略産業、海運、通信、核計画、重化学工業、重要技術者の配分、広域配給、対外宣伝は、ほとんど最初から連邦が吸い上げた。


 つまり、生活の細部はまだ旧国家が担う。

 だが世界に対して何をするかは、福岡が決める。

 その構造だけ見れば、これは連邦というより軍事的帝国の前段に近い。


 四谷はそれを気にしなかった。

 彼にとって重要なのは整った理論ではない。権限がどこへ集中するかだけだ。


 統合参謀本部も、似たような不格好さで成立した。


 建国前から動いていた東方統合参謀研究会は、そのまま「第二ソ連統合参謀本部準備局」へ格上げされ、さらに建国と同時に「第二ソ連統合参謀本部」と改称された。だが改称しただけで、中身が即座に綺麗に統合されるわけではない。日本自衛軍、韓国軍、中華民国国軍は、紙の上ではこの日から全て「第二ソ連連邦軍」の構成軍となった。だが命令系統と編成は、一時的に現状維持が選ばれた。


 それは妥協ではなく、必要だった。


 自衛軍の師団や方面隊をいきなり解体すれば、地方の秩序が壊れる。

 韓国軍の軍団編制を潰せば、将校団の反発が一気に噴く。

 中華民国国軍の名称や徽章まで即日奪えば、台湾側の政治的耐久が持たない。


 だから四谷は、軍隊を「法的には統合し、作戦上は共同化し、日常運用は旧編制を残す」という、中途半端な方式で抱え込んだ。


 日本自衛軍はそのまま「連邦軍日本方面軍」のように扱われるが、名称の完全改称は見送られる。

 韓国軍も韓国軍のまま。

 中華民国国軍もまだその名を捨てない。

 ただし統合参謀本部が作戦命令を出し、各国軍はそれを共同作戦として実施する。


 戦略単位は福岡が握る。

 戦術単位は当面、旧国家ごとの癖を残す。

 無理に一体化すれば折れる。

 だから一度は継ぎ接ぎのままで走らせる。


 軍事史家にとってはひどく気持ちの悪い構造だが、それが必要だった。


 統合参謀本部の地下では、壁一面の地図が三色で塗り分けられていた。


 青が旧日本系統。

 黄が韓国系統。

 白が中華民国系統。

 そこへ赤の作戦線が横切る。


 赤だけが、第二ソ連の線だった。

 つまり兵はまだ旧国家の色を引きずっているが、作戦だけが先に連邦化されていく。


 福岡大本営の造成も、ここから本格化した。


 旧福岡駐屯地とその周辺は、もうただの駐屯地では足りない。北朝鮮、中国、さらにその先の対世界戦争まで視野に入れるなら、そこは連邦軍の大本営でなければならない。四谷はその発想を露骨に押し通した。地下指揮壕の拡張。港湾部との専用通路。航空運用司令所の増築。統合参謀本部、核運用局、戦略兵站局、対中戦略室、対EDF評価班、連邦人民保安委員会の直通線。国家の脳と軍の脳と秘密警察の脳が、福岡の地下で嫌なほど近く置かれていく。そこが大本営と呼ばれるのに、そう時間はかからなかった。


 軍事部門で最も早く、最も露骨に優先順位が与えられたのは、核だった。


 第二ソ連にとって、核兵器は単なる抑止ではない。

 世界征服の建前を軍事的に本物へ変える最短の道具である。

 四谷は、通常戦力の再編とほとんど同時に、「連邦戦略特別計画」を発足させた。


 その中身は徹底して秘密にされたが、関わった人間には十分に分かった。

 核燃料サイクルの統合。濃縮・再処理能力の秘密移管。日本の原子力技術基盤。韓国の製造・工業動員力。台湾の精密電子・制御技術。


 この三つを足せば、第二ソ連は自前の核兵器体系を、想像以上に短期間で持ちうる。問題は技術そのものではなく、政治的決断だけだった。そして政治的決断は、最も簡単な問題だった。四谷が躊躇うはずがないからである。


 核実験は、建国直後の時点ではまだ行われない。

 だが計画は始まる。

 どこでやるか。

 地下か、海か、遠隔島嶼か。

 名目はどうするか。

 平和利用の延長に見せるか、最初から恫喝に使うか。

 実験ひとつ取っても、そこには外交と宣伝と軍事の全部が絡む。


 福岡大本営では、地図の上に幾つもの候補地点が赤鉛筆で囲まれていた。太平洋上の隔絶海域。旧演習区域の深部。廃坑利用。あるいは北朝鮮有事を口実にした緊急実証。どれも現実味があり、どれも最悪だった。


 極超音速ミサイルの開発も同時に走り出した。


 こちらはもっと露骨に、地球防衛軍と米中露を意識していた。EDFの兵器体系が既存列強を上回って見えるなら、第二ソ連もまた「新兵器」を持たねばならない。単なる弾道弾では足りない。迎撃不能に近い機動と、核搭載を前提にした投射体系が必要になる。四谷は兵器の名前に妙な詩性を持ち込む癖はあまりない。だが計画名だけはやけに仰々しかった。


 復槍計画。

 あるいは、対外文書では単に「連邦極超高速滑空体開発事業」。


 復讐の槍か、歴史の槍か、そんな説明はどうでもいい。重要なのは、敵の後背へ「到達する」という感覚を国家へ与えることだ。兵器開発とは性能競争であると同時に、国家神経の再教育でもある。いまや東京でもソウルでも台北でもなく、福岡の地下で、「どこまで届くか」が一つの国家の妄想として共有され始めていた。


 経済では、もっと地味で、もっと深い変化が進んだ。


 計画経済は、宣言しただけでは始まらない。

 まず必要なのは、何がどこにあり、誰がそれを持ち、どれだけ動かせるかを、国家が把握することだ。

 旧資本主義社会の最大の利点は、その把握の大部分を市場へ丸投げできる点にある。

 逆に、計画経済は国家に全てを見せることを要求する。

 第二ソ連は、そこから始めた。


 港湾の貨物流量。

 半導体の歩留まり。

 精製能力。

 肥料と農薬の投入量。

 工作機械の稼働率。

 電力のピーク負荷。

 鉄鋼の炉別生産量。

 トラック運転手の年齢分布。

 造船ドックの空き。

 配給所ごとの欠品率。


 それら全部が連邦産業計画委員会へ吸い上げられた。旧国家では企業秘密や自治体データや省庁縦割りに埋もれていた情報が、福岡へ集まり始める。そうなると、国家は初めて「自分が何を持っているか」を知る。そこから先は早い。重点産業の優先順位。不要産業の圧殺。都市ごとの役割分担。人口移動の誘導。教育課程の変更。市場の自由を残す余地は、日に日に狭まった。


 人々はそれを、最初は「非常時対応」と理解した。

 非常時だから仕方がない。

 南半球も燃えている。

 中国も不穏だ。

 米英も頼れない。


 だが非常時対応が長く続くと、それはだんだん国家の平時になる。四谷はそこを狙っていた。


 東京湾上の人工島計画も、この段階でまだ正式着工ではないが、明らかに「国家の仕事」として動き始めた。


 武陽島。

 その名だけが先に内部文書へ現れる。

 東京湾の上に、第二ソ連のモデル都市を作る。

 ただの埋立地ではない。

 連邦政府の新しい都市的実験であり、軍事港湾であり、兵站拠点であり、旧東京の腐臭から切り離された「純粋な第二ソ連の領土」である。


 四谷は東京を嫌っていた。

 東京には旧日本が染み込みすぎている。

 財界、議会、メディア、旧官僚、大学、旧左翼、消費社会、予定表の国の匂い。

 それらを全部背負った都市の上へ、新国家の顔を乗せるのは愚かだと彼は考えた。

 だから海に作る。

 地理ごと捏造する。


 この時点ではまだ、海底地盤の調査、潮流と航路の解析、予備埋立計画、都内物流との接続試算、軍民混用港湾の配置案、といった段階にすぎない。正式な「武陽島プロジェクト」として国家事業化されるのは後だ。だが構想はもう、かなり嫌な精度で図面化され始めていた。武陽島が後年、東京湾に建設された人工島として記録されることを思えば、この時点はまだその胎動にあたる。


 言語については、表ではほとんど何もされなかった。


 学校ではまだ旧来の教育が続く。

 行政文書も日本語、韓国語、繁体字中国語が併記される。

 軍の現場は通訳と英語混じりの臨時用語でどうにか回る。


 つまり手付かずである。

 だが四谷の頭の中では、そこが最終的には最も重要だった。


 彼は、言語を単なる伝達手段とは見ていない。

 言語とは命令系統の最深部であり、世界統一後に何を人類の「当たり前」とするかを決める骨そのものだ。

 だから彼は、日本語を基軸とした新世界共通語を構想した。言語を支配するものが世界を支配する。彼は、最終的には語彙を操り、第二ソ連体制が永遠のものとなるようにする妄想を抱えていた。


 もちろん、まだ誰にも本格的には言わない。

 言えば多くの者が呆れるからだ。

 だが福岡大本営の私室には、そのためのメモが既に積み上がっている。


 漢字をどこまで残すか。

 活用を削るか。

 助詞を整理するか。

 日本語を骨にしつつ、朝鮮語と中国語の語彙をどこまで混ぜるか。

 旧世界の英語覇権をどう断つか。

 そして最終的に、その新世界共通語を「全人類へ使用を強制する」には、教育・軍隊・配給・行政をどう連結するか。


 その発想は狂気と紙一重だ。

 だが四谷は、妄想を行政計画へ変換する種類の狂人だった。

 周囲の者たちはまだ半分冗談として聞いていたが、その冗談がいつか本当に教育勅令へ化けるかもしれないことを、誰も完全には否定できなかった。


 こうして、第二ソ連は建国後はじめて、本当に「中身」を持ち始めた。


 福岡に政府があり、福岡に統合参謀本部があり福岡に大本営が造成され、

 旧三国の軍は連邦軍として一つの指揮系統で束ねられ、核と極超音速弾の計画が動き、市場の代わりに計画表が世界を刻み始め、東京湾の上にはまだ存在しない都市の図面が広げられ、世界征服後に全人類へ強制されるはずの言語が、まだ誰にも読まれないメモとして積み上がる。


 旗と国号だけでは国家はできない。

 だが旗と国号の後へ、こういう醜く具体的なものが雪崩れ込むとき、国家は本当に生き物になる。


 第二ソ連は、もう単なる悪趣味な看板ではなかった。

 それは港湾荷役の優先順位であり、工場の割当表であり、軍の地下配線であり、将来の核実験場の赤鉛筆であり、海の上にまだない人工島の断面図だった。


 国家の骨とは、たいていそういうものだ。

 人は旗を見て国家を想像する。

 だが国家を本当に支えるのは、地図、配線、配分表、そしていつか他人へ強制するつもりの言語である。


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