南から来るもの
その日、SNSやテレビは珍しく同じ話題で埋まっていた。
南半球の複数地点で、正体不明の武装勢力による大規模攻撃が発生。複数の国の政府施設が同時多発的に制圧され、通信網が一時遮断され、都市インフラが破壊された。犯行声明は散発的に確認されているが、組織名や指導部の詳細は不明。各国政府は緊急会合を開催。国際社会は情勢を注視。
画面の上では、いつもの言葉がいつもの順番で並んでいた。注視。懸念。強い非難。断固たる対応。必要な支援。
そういう言葉は、すでに何度も聞いてきた。戦争でもテロでもクーデターでも災害でも、国家というものはだいたい同じ語彙で時間を買う。まだ何も分かっていないことを、分かったような顔で言い換えているだけだ。だが、その日の画面には、いつもより少しだけ、本気で事態を掴めていない感じが滲んでいた。
キャスターの声は落ち着いている。
画面には燃える建物、黒煙、走る群衆、上空からの映像。
だが、その冷静さの奥に、僅かな震えがあった。
どこかの政府施設が落ちること自体は、二十一世紀には珍しくない。珍しくないからこそ、報道の側もある程度まで形式的に扱える。問題は、その攻撃の様式が、従来の反政府勢力や地域的クーデターのそれと明らかに違っていたことだった。
首都だけを狙っていない。軍事拠点だけでもない。インフラが先に壊されている。都市の機能そのものが攻撃対象になっている。しかも、それが複数地点で、ほぼ同時に起きている。
まるで、国家を倒すというより、人間の住んでいる環境そのものを壊しに来たような手つきだった。
地球防衛軍。その名称が、初めて一部メディアに現れたのはその夜だった。
防衛軍。その名前にもかかわらず、やっていることは侵略と破壊だった。まるでどこかの国防軍のように。しかも、その声明文は、従来のテロ組織や反政府勢力のそれとは中身が違った。
『世界は腐敗した。資本主義は人類を腐らせた。進歩主義は腐敗を飾り立てた。来るべき破滅は不可避である。ならば、我々の世代のうちにこれを早める。廃墟から次世代人類を発生させる。』
それは政治声明というより、宣告に近かった。改善要求ではない。譲歩の余地もない。何かを是正しろと言っているのではなく、現在ある世界が存在していること自体を処刑対象として指さしている。
ニュース番組のコメンテーターたちは戸惑っていた。
極左か。極右か。宗教か。軍事組織か。環境テロなのか。終末論的カルトなのか。
分類が定まらない。
それも当然だった。
その思想は、既存の分類に収まり切るようなものではなかったからだ。
柊は自室のテレビでその声明の一部を見た。胸の内に、嫌なざわめきが広がる。世界を憎悪し、破滅を早める。その言葉は、自分の中にもどこか引っかかる部分があったからだ。
もちろん、自分はあんな連中とは違う。そう思いたかった。
だが、人間が現実に救済を見いだせなくなったとき、破滅に対して妙な親近感を抱くことはある。世界が自分から大切なものを奪ったのなら、その世界が壊れても仕方ないのではないか。そこまで明確に考えなくても、その手前の暗い納得くらいは、誰の中にも生まれうる。
一方、志門杏里は、スマートフォンで流れてくるニュースを見ながら、息を呑んでいた。これは本物だ、と直感した。自分たちがネットでやっている悪口や煽動とは違う。理念の切れ端や、敗北の言い換えや、就活と生活苦への恨みを、雑に革命語彙へ接続して盛り上がるのとは別種のものだ。向こうは、もう現実に手をかけている。
彼女は、自分の胸の内に湧いたものが、恐怖だけではないことを認めざるをえなかった。羨望。それに近い何か。
言葉だけで終わる不満ではない。まだ可能かもしれないという期待でもない。実際に世界へ裂け目を作る者たちに対する、敗者としての嫉妬だった。
志門は、自分がそれを感じてしまったことを、少し遅れてから軽蔑した。軽蔑したが、否定はできなかった。
自分たちは何をしている。読書会。翻訳。批評。サーバー管理。悪口の共有。向こうは都市を止め、政府を沈黙させ、世界に自分たちの名前を覚えさせている。優劣があるとすれば、あまりに明白だった。
三角京太郎は、家のリビングでニュースを見ながら、父親と「物騒だな」と短く会話を交わしただけだった。遠い世界の話に見えた。南の海の向こう。治安の悪い国々。日本には関係のない話。
その認識は、彼一人のものではない。むしろ多くの人間が最初はそう思う。世界が変わるとき、人は必ず、最初の兆候を地理的に遠ざけて理解する。「あそこ」で起きていることであって、「ここ」には来ないと考える。そうしないと、自分の日常が持たないからだ。
そういうふうに、人は最初の兆候を見逃す。
世界が変わるとき、世界は最初から終末の顔をして現れるわけではない。まず、遠くで燃える。次に、画面の中に入る。それから、人々の言葉になる。最後に、自分の生活へ来る。
東峯良弥は、研究室の端末で各国の報道とネットワーク障害状況を同時に追っていた。ニュースそのものより、彼の目を引いたのは、攻撃に連動して発生している情報の偏りだった。検索語の急激な集中。断片的な声明文の爆発的拡散。模倣犯的な言説の増殖。SNS上で、敵の輪郭が数時間で神話化されていく過程。それらは普通の炎上や国際危機の波形より、もっと早く、もっと粘りがある。
昼休み、甲斐が東峯の研究室を訪れた。話題はもちろん、地球防衛軍のことだ。
「来たな」と甲斐は小さく言った。
「何が」と東峯が聞く。
「この時代にふさわしいやつだよ」
東峯は返事をしなかった。
その夜の終わり、日本の夜空はいつも通り静かだった。街は明るく、コンビニは開いており、宅配便は届き、動画配信は止まらず、若者たちは恋愛の話をし、サラリーマンは終電を逃し、受験生は問題集を開いていた。
だが、深いところでは、すでに何かが始まっていた。
国家の下で。ネットワークの中で。研究室の隅で。若者の不満の群れの中で。死者を呼び戻そうとする一人の男の執着の中で。
まだ誰も知らない。
この国そのものが、予定表から外れ始めていることを。




