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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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第二ソヴィエト社会主義共和国連邦

 十二月の福岡は、海が鉛のような色をしていた。


 冬の湾は、夏や秋ほど表情を見せない。光っているのか濁っているのかすら曖昧で、ただ重く、鈍く、そこにある。博多湾の向こうから吹いてくる風は湿り気を失い、港湾施設の鉄骨や、岸壁に積まれたコンテナの角を、まるで刃物のように冷たくしていた。こういう日には、祝賀も歓呼もどこか嘘くさく見える。だからこそよかった。東アジア統一会議は、祭りではなかった。国家の誕生というより、国家に名前と骨格と死刑執行能力を同時に与える手続だったからである。


 十二月の福岡で行われた東アジア統一会議は、六月会議とも十月十日の会議とも性格が違っていた。


 六月はまだ示唆の場だった。

 十月は名前の輪郭を取る場だった。

 だが十二月は違う。


 ここでは、もはや後戻りの余地を残さない文言が必要だった。

 国号。

 建国日。

 最高指導機関。

 共同軍事指揮権。

 経済・産業・港湾・技術統制の恒久化。

 そして、誰が頂点に立つのか。


 会議場は、前回よりさらに演出が削られていた。


 壁面の白布はなくなっていた。

 代わりに、三国の国旗の背後へ、濃い灰色の布地が垂らされていた。

 そこにはまだ新国家の国章はない。

 だが中央には、十月の段階では会議ロゴでしかなかった幾何学紋章が、金属製のレリーフとして既に置かれていた。


 三本の線が中央で重なり、その交点から外へ放射する図柄。

 六月には曖昧さのために置かれたそれが、十二月には明らかに紋章の前段階になっていた。

 国家というものは、決定の日より前に、こういう小さな図像の方が先に本気になる。


 会議の開会前、控室では三者三様の沈黙があった。


 韓国代表団は、最も神経質だった。

 彼らは既に実務的統合の必要を完全に認めていたし、海上交通路の再編、燃料備蓄、共同防空、工業分担の現実から見て、日本との一体化が避けがたいことも知っていた。だが、それを「国号」の段階でどう飲み込むかは別の話だった。国号は大衆へ届く。国号は学校で暗唱される。国号は兵士が胸に付ける。そこへ何を刻むかは、港湾利用覚書よりずっと重い。


 台湾側は、もっと複雑だった。

 中華民国改新政府の連中にとって、十月十日は革命の記念日であり、十二月はそれを再定義される月になりつつあった。彼らは十月十日の会議で「第二ソ連」という語を聞いた瞬間から、その名が危険であると同時に、恐ろしく四谷らしいことも理解していた。問題は、その危険をどこまで引き受けるかだった。中華民国は孫文の正統を名乗る。ならば「ソ連」の名を被ることは、表面的には屈辱にも見える。だが同時に、ソ連がかつて独占した世界革命の語彙を、東洋から奪い返すという理屈は、孫文を革命の工程管理者として読む四谷の発想とは妙に相性がよかった。だから嫌悪しながらも、完全には切れない。そういう不快な距離感が続いていた。


 日本側は、一番静かだった。


 静かであることは、落ち着いているという意味ではない。

 四谷の周囲にいる人間たちは、もうこの会議の帰結を半ば知っていたからだ。

 問題は何が決まるかではなく、どの順番で、どの言葉で、どの程度の反発を抑えながら決めるかだけになっていた。

 日本自衛軍は、韓国軍や台湾軍を撃破して、両国を制圧するだけの能力は持たない。だが、四谷の強みは軍事力それ自体ではなかった。彼は国内にのみ武力を使い、国外には武力を決して誇示していない。


 神代が議事運営表を最終確認していた。

 牧野は軍事指揮権条項の文案を、榊原は人事と治安機関の再編名簿を見ていた。

 四谷は、それらとは別に、ただ一枚だけ紙を持っていた。


 そこには、国号と建国日、それに最高職名だけが書かれていた。


 会議は、まず建国原理の確認から始まった。


 この国家は何か。

 防衛共同体か。

 経済連合か。

 文明圏再編か。

 革命国家か。


 神代が議題を読み上げるたび、言葉が少しずつ会議室の空気を固くしていく。六月なら、この種の議題はまだ演出だった。今は違う。誰もが、その一つ一つが文書になり、通達になり、教育綱領になり、軍の誓詞になることを知っている。


 韓国側の代表が、慎重に口火を切った。


「まず確認したい。われわれが作る国家は、民族国家の単純な上位互換であってはならない。それは十月に合意した通りです。しかし同時に、既存三国の歴史的正統性を完全に消去する形も受け入れ難い」


 台湾側がすぐに続いた。


「加えて、この国家は対外的な挑発性だけで名乗ってはならない。国号は威嚇装置であると同時に、内部の忠誠形成装置でもある。人民が自らの歴史をそこへ接続できることが必要です」


 四谷は、その言い方を途中まで聞いていた。


 途中までで十分だった。


「だから、第二ソ連が適切です」


 彼は何の溜めもなく言った。


 十月にはまだ、それが提案だった。

 今日、この瞬間には、もう提案というより確認に近かった。

 あまりに直線的で、あまりに傲慢で、あまりに不愉快な名である。

 だが、それだけに、この会議のどの人間も、その語を心のどこかでずっと引きずってきた。


 韓国側の准将が、ほとんど反射的に言い返した。


「その名前は、ダメだ。想像を絶する。韓国国内における受容可能性を考えるべきです」


「受容可能性」


 四谷はそこで初めて顔を上げた。


「国家の名前を、受容可能性から決めるのですか」


「人民の頭上に落とす名前です。人民が飲めなければ統治コストが跳ね上がる」


「逆です」


 四谷の声は低かったが、よく通った。


「統治コストが跳ね上がる名前の方がよい。人民が最初から飲み込みやすい名前とは、要するに旧世界の延長に見える名前です。我々は延長を作るためにここにいるのではない」


 台湾側は別の角度から抵抗した。


「ソ連は、ロシア革命の産物です。我々が奪還を語るのは勝手だが、我々はロシア人じゃない。外から見れば結局、東アジアが自分たちの歴史を捨てて、他所の亡霊を被るようにも見える」


「見せればいい」


 四谷は即答した。


「誤解を恐れる必要はない。むしろ誤解は有効です。西側は恐れ、中共は激怒し、ロシア残滓は意味を測りかねる。韓国では拒絶と熱狂が割れ、台湾では屈辱と選民意識が混ざる。その全部が必要だ。国号とは、全員にとってちょうどよくある必要はない。全員の神経を正しい場所で逆撫でする必要がある」


 日本側のある文官が、十月にも似た反論をした。


「外交上の自殺だ」


「日本、韓国、台湾は死ぬでしょう。しかし第二ソ連は生まれる。外交上の誕生です」


 四谷は薄く笑った。


「世界がそれを自殺と呼ぶなら、なお良い。ということは、この名前がまだ十分に生きているということだからだ」


 神代が、そこで資料を一枚配らせた。


 十月会議の総括文。

 そこに書かれた「国号選定原則」が、改めて印刷されている。


 「単なる地理的連合名ではないこと」

 「東洋からの革命的正統奪還を表象すること」

 「既存国際秩序に対して明確な政治的挑発性を持つこと」


 神代は静かに言った。


「原則論だけで申せば、第二ソ連が最も適合的です」


 それは事務的な言い方だった。

 だから余計に効いた。

 感情論ではなく、会議で自分たちが定義した条件へ照らすと、最も適合してしまう。

 そこへ追い込まれるのが、一番嫌なやり方だった。


 議論は、昼前から午後へ食い込み、途中から露骨に疲弊の色を帯びた。


 韓国側は代替案を出した。

 「東アジア社会共和国連邦」。

 「東方革命共同体」。

 「亜細亜人民連邦」。


 どれも理屈としては通る。

 だがどれも、第二ソ連ほどの毒を持たない。

 毒を持たない名前は、いまや物足りなく見え始めていた。

 それが会議にいる者たち自身にとって、かなり不愉快な事実だった。


 台湾側も、「孫文」の語をどこかへ入れ込む余地を探った。

 国父連合。

 革命民国連邦。

 東方民国社会同盟。


 これらはもっと駄目だった。

 日本が飲めない。

 韓国はもっと飲めない。

 しかも中華民国への偏りが強すぎる。


 こうして、一つずつ代替案が崩れていくと、最初は論外だった名前が、徐々に「不快だが他よりまし」へ変わっていく。

 四谷はその過程を、まるで工場で歩留まりを確認するような顔で見ていた。


 午後遅く、会議は一度中断された。


 控室では誰も朗らかではなかった。

 韓国側は内部で言い争っていた。

 台湾側は沈黙していた。

 日本側は、もう半ば勝った顔を隠そうともしていなかった。


 その短い休憩のあいだに、四谷は韓国側代表と台湾側高官を個別に呼んだ。


 最初に韓国側へ告げたのは、脅しではなく計算だった。


「あなた方は国内世論を恐れている。分かる。しかし考えてほしい。地理的な穏当名で建国した場合、国内で何が起こるか。若い将校も急進青年も、こう思うでしょう。結局また、どこにでもある地域協力体制だと。彼らは熱を失う。国家は最初の二年でぬるくなる。ぬるくなった統合国家は、外へ敵を作れないまま内側から腐る」


 韓国側の代表は黙って聞いていた。


「第二ソ連は過激だ。過激だからこそ、建国そのものを一回の革命へ見せられる。あなた方の若い支持層にも、単なる屈従ではなく、世界史への参加として飲ませられる」


 それは完全な詭弁ではなかった。

 むしろかなり本質を突いていた。

 韓国の若い急進層は、穏当な名前より、明らかに危険な名前の方へ引かれる。

 維新軍政府はそこを最初から利用してきた。

 いまさら綺麗な名前へ逃げれば、むしろ基盤の一部を失いかねない。


 台湾側には、別の論理が使われた。


「中華民国は孫文の正統を称している」


 四谷は言った。


「ならばこそ、奪うべきでしょう。ロシア革命の語彙を。ソ連が失敗し、ロシアがその名を保持できなかった以上、その空いた王座へ東洋が座る。孫文の後継を名乗るあなた方にとって、それは屈辱ではなく、むしろ最も倒錯した勝利の形ではないですか」


 台湾側の高官は、露骨に嫌そうな顔をした。


「倒錯した勝利」


「そうです。革命国家とは、だいたいそういうものだ」


 その言い方が、またしても効いた。

 台湾側は、四谷の思想に全面的に同意しているわけではない。

 だが「中華民国が、大陸中国ではなく、東アジア再編を通じて世界革命の語彙を奪い返す」という構図は、彼らの自尊心をかなり悪い形で刺激した。

 嫌悪と魅力が混ざる。

 そういう名ほど、人は切りにくい。


 休憩後、会議は最終局面へ入った。


 建国日を先に決めるか、国号を先に決めるかで一瞬揉めたが、結局、四谷が「名前が先だ」と切った。


「建国日とは、その名が現実へ着地する日付にすぎない。名がなければ日付はただの記念でしかない」


 その理屈も、否定しきれなかった。


 最終採決は、厳密には多数決ではなかった。

 この種の会議で多数決などやる方が馬鹿だ。

 やったところで、後に遺恨が残る。


 採られた形式は、「異議留保を含む総意形成」だった。

 要するに、賛成ではないが、反対しきらない。

 飲み込めないが、破談にするほどでもない。

 その灰色の合意こそ、超国家形成の一番現実的な姿だった。


 神代が最終文案を読み上げる。


 「日本国、韓国、中華民国は、東アジア統一国家の正式国号を『第二ソヴィエト社会主義共和国連邦』とすることで合意した。」


 誰も拍手しなかった。

 六月のような演出はここにはない。

 ただ、言葉だけがそこに落ちた。

 第二ソ連。


 発音された瞬間、それはもう冗談でも挑発案でもなくなった。

 会議室にいる者たちは、その名の重さより先に、その名が既に取り消しにくいことを理解した。

 国号とはそういうものだ。

 一度文書へ載ると、それは後から人間を動かし始める。


 続けて、建国日が確定した。


 二〇三一年一月一日。


 日本、韓国、中華民国の三政権は、その日をもって新国家へ改組される。

 四谷賢一は「全連邦統裁者」および「最高元帥」に就任する。

 東方統合参謀研究会は正式な共同参謀機関へ昇格する。

 生産再配置委員会、労兵青年動員庁、技術・海運共同奉仕法関連機関は、新国家の臨時中央統制機関へ統合される。

 ここまでくると、もはや建国というより吸収に近かった。


 韓国側代表は、建国日条項への署名の直前、ほんの一瞬だけペンを止めた。

 台湾側の高官も、署名欄の上でわずかに呼吸を詰めた。

 それは逡巡だった。

 だが逡巡は、行為を止めるほど長くは続かなかった。


 署名は行われた。

 印章が押された。

 書記官が文書を回収した。

 その手つきは異様なほど事務的だった。


 国家の誕生とは、しばしばそういうものだ。

 雷鳴も砲声も要らない。

 疲れた人間が、震えを隠した手で、何枚かの紙へ名前を書く。

 それだけで、後から何千万、何億もの人間が巻き込まれる。


 会議の最後、短い共同写真撮影だけが行われた。


 背後には、まだ正式国旗ではない三国旗と灰色の幕。

 中央には、金属製の幾何学紋章。

 そして机上には、署名済みの「第二ソ連建国準備議定書」。


 その写真は、すぐには公表されなかった。

 新年を待ってから出す予定だった。

 だが出さなくても、会議室にいた者たちは知っていた。

 もう戻れない。

 第二ソ連という最悪の名前は、とうとう公式文書になってしまった。


 会議後、廊下で韓国側の准将が、吐き捨てるように言った。


「狂っている」


 それを聞いた台湾側の文官が、低く返した。


「だが、よくできている」


 その二つの感想のあいだに、この国号の本質はほぼ全部あった。

 狂っている。

 だが、よくできている。

 不快だ。

 だが、忘れにくい。

 拒絶したい。

 だが、自分たちがここ数か月やってきたことを最も正確に表してしまう。


 四谷は、その廊下の少し先で立ち止まり、振り返らずに言った。


「国家は、最初から好かれる必要はない」


 誰へ向けた言葉かは分からなかった。

 だが、たぶん全員に向けたものだった。


「恐れられ、嫌われ、しかし無視できない。その三つを同時に満たすとき、ようやく名は力になる」


 十二月の福岡では、その力がとうとう文字になった。


 第二ソ連。


 まだ国旗はない。

 憲法も完成していない。

 国民の大半は、その名をまだ知らない。

 だがそれでも、国家は既に半分生まれている。

 なぜなら最も大事なもの――自分を何と呼ぶか――を、もう決めてしまったからである。


 窓の外では、冬の湾が相変わらず鉛色だった。

 祝いの光はどこにもない。

 だがその鈍い海の向こうへ、二〇三一年一月一日が、もうほとんど物理的な重さで近づいてきていた。

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