拍手される恐怖
赤色テロが本当に完成するのは、人がそれを怖がったときではない。
怖がりながら、なお拍手したときである。
四谷賢一は、そのことを最初から理解していた。大量の拘束、公開自白、資産没収、軍法会議、行方不明者。そういうものだけでは、体制は長持ちしない。ただの恐怖は人を黙らせるが、長くは持たない。恐怖が持続性を持つためには、その恐怖が「誰かにとっては得である」と思われねばならない。だから四谷は、富裕層と旧支配層をできるだけ残酷に、時間をかけてすり潰す一方で、その瓦礫の上に、人民が手触りとして理解できる再配分を置いた。
彼は処刑と再分配を同じ日のニュースへ並べた。
朝の放送では、旧財界人や反対派将校の摘発が流れる。
夜の放送では、「没収資産を原資とした共同住宅整備」「富の再配分」「若年世帯向け特別配給」が流れる。
見ている人間の頭の中で、その二つは自然に接続された。
不正に溜め込んでいたあいつらから取った。だからこちらへ回ってきた。
それだけでよかった。
実際には、没収資産のすべてがそのまま下へ流れたわけではない。大半は国家機構と軍と新しい統制機構へ吸われた。だが、政治とは全体の真実ではなく、部分の実感で動く。米が少し増えた。食用油の配給が安定した。共同住宅の一室に冷蔵庫が入った。港湾労働者向けの肉缶詰が増えた。子供向けの靴が届いた。そういう小さな改善が、上流層の没落と時間的に並べられるだけで、人々はそれを一つの因果として理解する。そのように理解したいからでもあった。
東京のある住宅街で、主婦たちが話していた。
「昨日また捕まったでしょ、あの財界の偉い人たち」
「見た見た。何とか重工の会長だか何だか」
「ほら、そのせいか知らないけど、ちょっと給付金が増えたじゃない」
「やっぱり上の連中が溜め込んでたってことでしょ」
「そりゃそうよ。あんな良い家住んでるのがまともなわけないじゃない」
根拠はない。だが根拠などなくても、感情の回路は完成する。自分たちが苦しかったのは、誰かが上で余分に持っていたからだ。だから上から取るのは正しい。しかも今、自分の手元にはほんの少しだけ何かが増えている。そうなれば支持は生まれる。理念の理解ではない。もっと低いところでの納得だ。
京太郎のような元富裕層は、その納得のための生贄として非常に都合がよかった。
共同住宅へ落ちてきた彼らは、隠れられない。身なりが違う。話し方が違う。持ち物の残り香が違う。しかも最初のうちは、まだどこかで自分は本当の貧民ではないと思っている。その微妙な上擦りが、周囲の人間の神経を逆撫でする。あいつらは苦しんでいる。だがまだ足りない。もっと落ちろ。もっと汚れろ。そういう感情が、共同住宅の廊下には確かにあった。京太郎が倉庫労働へ出るようになっても、周囲の目は冷たかった。元が違う、と皆が知っているからである。
そして国家は、その種の大衆感情を放置しなかった。利用した。
八月、各都市で「糾弾会」が始まった。
名目は政治教育と反動分子の社会的再確認である。実際には公開羞辱だった。旧財界人、旧高級官僚、反対派知識人、地主、大企業の幹部、資本独占に関わった家系、そういう人間たちを壇上へ立たせる。そこへ近隣住民、労働者、一般人、共同住宅の住民が集まり、順番に罵倒と告発を行う。
四谷の体制は、この形式を異様に好んだ。
裁判は国家がやる。
だが糾弾は人民にやらせる。
そうすると、暴力が国家だけのものではなくなる。人民の側も、自分がこの新秩序の処刑に参加したのだという感覚を持つ。
東京の体育館では、ある旧証券会社役員が壇上で頭を下げていた。
「私は、国家的危機のさなかにも、自己の資産保全のみを優先しました」
声は震えていた。
体育館の後方から、若い男の怒鳴り声が飛ぶ。
「優先したじゃねえだろ。俺たちが飢えてる間、お前らはワイン飲んでたんだろうが」
別の女が叫ぶ。
「私たちが必死に節約してた間、お前らは何してたの」
それが本当にこの男のせいかどうかは、もう誰も気にしない。重要なのは、この男の顔へ、自分たちの曖昧な不幸を全部貼りつけられることだった。赤色テロの強さはそこにある。社会が本来もっと複雑な原因で壊れていても、処刑されるべき顔をいくつか差し出せば、人々はかなり満足する。
韓国では、さらに露骨だった。
維新軍政府は「青年・労働・兵士共同審判の日」を創設し、旧財閥系の一族や旧特権層を、広場へ並べた。受験競争、就職難、住宅価格、兵役、階級再生産。そうした若者の鬱屈を、全て「寄生的上層」に向けて流し込む。もちろん本当はもっと複雑だ。国家の構造、資本の動き、国際秩序、家父長制、歴史的な蓄積。だがそんな話はどうでもよかった。目の前に、整ったスーツを着ていたはずの人間が、今は薄い囚人服で立たされている。その光景だけで充分だった。
ソウルの広場で、ある青年が泣きながら叫んだ。
「お前らの子供は兵役を避け、コネで企業に入って!俺は軍で虐められて、チキン屋だよ!」
それは政治理論ではない。
ただの怨嗟だった。
だが四谷の体制が必要としていたのは、まさにその低い熱だった。
台湾では、反共国家の伝統があったぶん、社会主義的な公開糾弾には最初ぎこちなさがあった。だが改新政府はそこへ「技術売国」「資本私有」「国家生存への裏切り」という語を被せ、階級憎悪を国家安全保障の問題として演出した。ある高雄の港湾糾弾会では、旧港湾財界の幹部が壇上へ引き出され、利益が私的利益へ振り向けていたことを責め立てられた。そこで荷役労働者たちが見たのは、抽象的な国家ではない。自分たちが汗を流して運んだ物が、上で勝手に金に変えられていたという、極めて分かりやすい怒りだった。
こうして、三国でほぼ同時に、富裕層の没落は見世物になった。
家を失う。
資産を失う。
家名を失う。
肩書を失う。
公の場で喋らされる。
人民の前で罵倒される。
最後には強制労働か、共同住宅か、処刑か、行方不明。
しかも人々は、それを「当然」と感じ始めた。
四谷はそこへ、さらに政治教育を差し込んだ。
学校、倉庫、工場、港湾、共同住宅、兵営。どこでも短い講話が義務づけられた。内容は難しくない。難しくしても意味がないからだ。
なぜ配給が足りなかったのか。
なぜ住宅が足りなかったのか。
なぜ若者が予定表に縛られたのか。
なぜ国家が危機で脆かったのか。
答えはいつも一つへ収束する。
寄生的資本。
無責任な旧官僚。
旧民族主義の狭さ。
そして、国家なき市場。
そこへ最後に、四谷の社会主義が差し出される。
生産は人民のために。
配分は生存のために。
国家は歴史のために。
三国は一つの戦略共同体として。
大衆は、この理屈を厳密に理解したわけではない。だが理解の必要はない。彼らはもっと直接的に受け取った。前より、少し配給が安定した。前より、上の連中が酷い目に遭っている。前より、自分たちを「人民」と呼ぶ放送が増えた。それで十分だった。
ある工場で、四十代の労働者が休憩中に言った。
「まあ、嫌な時代だけどさ。前みたいに、上だけがぬくぬくしてるよりはよくない?」
隣の男は苦い顔をした。
「よくはないだろ。怖えよ」
「怖いけど、前だって怖かったじゃん。給料減るのも、家賃上がるのも、子供が落ちこぼれるのも」
「それと同じか?」
「同じじゃない。でも、前は誰も責任取らなかった」
その「責任取らなかった」が大きかった。
旧体制の最大の弱点は、苦しみが多かったことではない。苦しみに顔がなかったことだ。人は漠然と不幸になると、怒りの置き場所を見失う。四谷の体制は、その置き場所を大量に作った。しかも、その多くは実際に金持ちで、実際に上の側だった。だからテロルは説得力を持った。
もちろん、全員が支持したわけではない。
知識人の一部は震えながら沈黙した。
宗教者の一部は内心で嫌悪した。
元自由主義者は、これが破局への道だと分かっていた。
共同住宅の隅では、京太郎のように、自分が見世物の側へ落ちた人間が、ただ歯を食いしばっていた。
だが支持とは、全国民の熱狂ではない。大事なのは、反対しない多数と、喝采する少数が揃うことだ。その条件は、もうかなり整っていた。
九月の初め、四谷は福岡で大演説を行った。
会場は旧展示場を改装した巨大ホールで、天井からは三国の国旗と、まだ国章ではないはずの幾何学紋章が吊られていた。客席には労働者、軍人、技術者、共同住宅代表、港湾荷役、教員、看護師。階級も身分もばらばらだが、演出としてはそれでよかった。人民の代表という絵が作れればいい。
四谷は壇上へ上がり、拍手が収まるまで待たなかった。
「諸君」
その一語だけで、場内は静まった。
「反動どもは、我々を残酷だと言う」
彼は言った。
「言わせておけ。人民が三十年、四十年、五十年と受けてきた鈍い窒息に比べれば、我々の残酷さなどまだ短い。彼らは、自分たちが長く隠してきた搾取が、ようやく可視化されたことに怯えているだけだ」
拍手が起こる。
「諸君。財を貯めた者が悪なのではない。国家が死にかけ、人民が痩せ、若者が未来を奪われているときに、なお私益を国家より上に置いた者が敵なのだ。我々は敵を敵として扱う。ここに曖昧さはない」
拍手はさらに大きくなる。
「そして我々は、ただ罰するだけではない。配分する。建てる。つなぐ。東アジアの人民が、寄生者どもの予定表のためではなく、自分たち自身の歴史のために生きる国家を作る」
最後の一文で、ホールは立ち上がった。
立った者の全員が、厳密にその意味を理解していたわけではない。
理解していない者の方が多かった。
だが彼らは、少なくとも一つのことだけは感じていた。
この体制は、自分たちの不幸に名前を与え、しかもその不幸の犯人を壇上へ引きずり出してくれる。
それだけで、人は意外なほど長く耐える。
ときには支持すらする。
演説の翌日から、各地で「人民裁断支持集会」が自然発生的に開かれたと報じられた。もちろん完全に自然ではない。党と軍と宣伝機関が相当程度仕込んでいる。だが仕込みだけでは群衆はあそこまで熱を持たない。本当に火がつくには、乾いた燃料が必要だ。旧富裕層への憎悪と、自分たちもその没落へ少しだけ参与しているという快感が、もう十分に社会へ広がっていた。
京太郎は、そのニュースを共同住宅の食堂で見た。
拍手。
歓声。
国旗。
「人民」。
「寄生者」。
「配分」。
隣の席では、倉庫で一緒の中年男が、汁物をすすりながら言った。
「まあ、俺は好きじゃないけどさ。でも、前よりマシかもしれん」
別の女が答える。
「吸血鬼がちゃんと泣いてるもんね」
京太郎は何も言わなかった。言える立場でもなかった。彼はもう、泣かされる側の匂いを体にまとっている。だからこそ分かる。赤色テロは、ただの恐怖ではない。人々が「ああ、ようやくあいつらが」と思った瞬間、恐怖は正義の顔をし始める。
そして正義の顔をした恐怖ほど、面倒なものはない。




