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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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予定外の人間

 三角京太郎が今まで生きていた意味は、まさにこのためにあったのかもしれない。


 彼は最初から悪人ではなかった。搾取者として自覚的でもなく、他人を踏みつけて悦に入る種類の人間でもない。ただ、恵まれていることを空気のように消費し、その空気が社会全体へどう配分されているのかを考える必要がなかった。親が太く、お気楽な坊ちゃんで、自分が恵まれた立場にいることを理解していない。


 彼は以前、政治や社会を、自分の生活圏の外にある天気予報のようなものとして扱っていた。知っていてもいいが、知らなくても困らない。そういう種類の鈍さの中で育ち、それでも十分に優秀で、十分に感じがよく、十分に未来があった。だからこそ、彼の転落は、単なる不幸ではなく、時代そのものの処刑台になる。


 最初の破壊は、財産から始まった。


 社会主義の語が前面へ出た直後、四谷政権は旧支配層の資産凍結を公然化した。最初は寄生的資本の摘発、戦略物資隠匿の捜査、国家危機時における不法な私的蓄財の没収という名目だった。テレビは、倉庫から押収された食料や医薬品や工業部品の映像を流し、やつれた顔の役員たちに「私益を優先した」と自白させた。大衆はそれを見て拍手した。拍手しない者もいたが、反対の声は既に大きく出せなくなっていた。


 京太郎の父は、そういう「役員たち」の一人ではなかった。もっと中途半端な位置にいた。大企業の経営陣そのものではない。だが資本の流れに寄り添って生きてきた、十分に裕福な上層だった。株、不動産、会社役員との縁、私立校の寄付、大学の推薦枠、そういう、社会が露骨に口にしない種類の優位を、何の疑いもなく自分の生活へ変えてきた人間である。彼は国を動かしてはいない。だが国がどちらへ傾いても、だいたい損をしない側へ先に座ってきた。


 そういう人間が、真っ先に死ぬ時代が来た。


 ある朝、京太郎の家へ「東アジア生産再配置委員会」と「国家保全監督局」の腕章を付けた人間が来た。軍服ではない。だが私服でもない。今の国家が最も好んで増やしている、軍と官僚の中間みたいな顔をした人間たちだった。


 彼らは玄関で靴を揃えた。妙に礼儀正しかった。


「三角正臣氏ですね」


 父は、そこでまだ威厳を保とうとした。声を低くし、落ち着いた口調を作り、顧問弁護士がどうの、手続の根拠がどうのと喋った。昔なら、それで少しは時間を稼げたかもしれない。だが相手は紙を一枚見せただけだった。資産調査の対象。国家危機時の流動性保全措置。居住実態確認。戦略物資・金融資産・不動産保有の申告義務。


 父はその紙を受け取り、読んだふりをして、途中で読むのをやめた。読み切る意味がないと分かったからだ。言葉は整っていた。整いすぎていた。どこにも「お前の家を奪う」とは書いていない。だが結論として起こることは、まさにそれだった。


 最初の一週間で、口座が止まった。


 父の個人口座、母の個人口座、投資口座、教育資金、信託、海外送金履歴、全部が確認対象になった。クレジットカードはある日突然使えなくなり、家政婦は来なくなり、塾代の引き落としは未処理になった。父は電話をかけまくった。銀行。会社。知人。昔の同僚。大学の先輩。だが電話の向こうでは、みな妙に静かだった。助けたいが助けられないのではない。自分まで巻き込まれたくないのだ。その種の沈黙は、すぐ分かる。上流階級の世界では、露骨な裏切りより、上品な音信不通の方がよく使われる。


 京太郎は、最初の数日はまだ現実感を持てなかった。


 何しろ家はまだ家のままだった。広いリビングはそのままで、床暖房も動き、冷蔵庫には食べ物があり、彼の部屋の机の上には本とノートパソコンが並んでいた。金が止まったと言われても、家具まで即座に消えるわけではない。だから彼は、どこかでこれは一時的な揉め事だと思っていた。父なら何とかするだろう。母もそういう顔をしていた。彼らはずっと、社会の上側で問題を金と人脈で処理してきた。今回も、たぶんそうだ。京太郎は深く考えなかった。深く考えなくても済むのが、彼のこれまでの人生だった。


 だが二週間目に、父が連れていかれた。


 夜ではなかった。昼だった。昼間に来る方が、今の体制は好きだった。隠す必要がないからだ。警察車両ではない。軍用車でもない。白い無地のワンボックスだった。父は最初、出頭要請だと思っていたらしい。背広を着て、ネクタイを締め、妙に几帳面に靴を履いた。その姿が、京太郎には滑稽に見えた。いや、滑稽だと思った瞬間に、自分が何を感じているのか分からなくなった。父はまだ、自分が手続の世界にいると思っている。だが外で待っていた二人の男は、父を手続の中へ連れていくのではなく、手続の外へ運び去るために来ていた。


 「国家危機時における私的資産隠匿および生産妨害の疑い」


 そう説明された。父は反論した。私はただ資産管理をしていただけだ。会社の存続を守っていただけだ。法律に違反したつもりはない。だがその言い方自体が、もう時代遅れだった。いま問われているのは合法か違法かではない。国家が敵と見なしたかどうかだけだ。四谷の国家では、そこが先に決まり、法は後から整えられる。


 父はそのまま戻らなかった。


 数日後、国営放送の深夜枠に、似たような顔の男たちが何人も並んで座らされていた。照明は明るく、椅子は簡素で、机はなかった。彼らは一人ずつ、自分の罪を読み上げた。私益を優先した。危機下で人民の生存を軽視した。寄生的蓄財に耽った。東アジア共同体の形成を妨害した。京太郎はその画面の中に父を見つけた。父は生きていた。だが、生きているというだけだった。髪は乱れ、頬は少し削げ、目の焦点が妙に浅い。あれが自白かどうかを考える意味はなかった。言わされているに決まっている。だが、それでも口から出てしまった時点で、その言葉は父のものにもなってしまう。


 母はテレビを消した。

 消したあとで泣いた。

 その泣き方は、夫を失った女のそれであるより、もっと生活的だった。

 これからどうやって生きるの。

 そういう泣き方だった。


 そこからは速かった。


 家は「再配分対象高額住宅」に指定された。要するに没収である。ただし政府は没収とは言わない。高位行政・軍事・技術要員の共同住宅への転用、と発表した。京太郎たち家族は、一月の猶予を与えられた。猶予と言っても、自分の家から出ていく準備期間にすぎない。家具は持ち出し制限がかかり、車は保全資産として差し押さえられ、母の貴金属類は申告漏れを理由に押収された。冷蔵庫の中身だけは自由だった。だから最後の数日は、妙に高い食材を、もう二度と買えないと分かりながら雑に食べることになった。高級肉。ワイン。輸入チーズ。母はその一つ一つに手を付けるたび、ひどく機械的な顔をした。


 京太郎の部屋も解体された。


 勉強机。

 まだ持っていた受験参考書。

 ブランド物のコート。

 スポーツ用品。

 旅行先で買った雑貨。

 高校のアルバム。

 進学祝いにもらった時計。


 それらは全部、急に「所有物」から「荷物」へ変わった。人間が持ち物へ感じる親しさは、その物が置かれている空間ごと支えられている。空間がなくなった瞬間、物はただ重いだけになる。京太郎は段ボールへ物を詰めながら、初めて、自分の人生がいかに「置き場所」によって成立していたかを知った。静かな部屋。広い家。帰れば食事がある台所。机。そのどれもが、彼自身の能力の延長ではなく、親の資産と社会の配分によって与えられていた。だが今さら理解しても遅い。理解はたいてい、失ってから来る。


 彼は大学を卒業し、いい企業に進むつもりでいた。

 その違いも、ようやく身にしみて分かった。


 大学はまだ存在していたが、存在の仕方が変わっていた。学費は凍結され、入学手続は混乱し、教育継続は「国家必要人材養成」の名目で再編された。法学や経済のような、京太郎が軽く選べると思っていた学部は、いまや体制に奉仕する官僚の養成コースか、単なる余剰として扱われていた。彼は成績だけなら悪くない。だがそれはもはや決定打にならない。推薦枠は消え、父の縁故も消え、母の社交も無意味になり、残ったのは試験と身辺調査だけだった。しかも身辺調査の欄には、はっきり記される。父、国家危機時生産妨害容疑で拘束。家族、再配分対象層。そうなると、成績などまるで意味がない。


 京太郎は初めて、自分が「優秀である」ことが、環境を失ったあとでも本当に価値を持つのか試された。


 そして、驚くほど価値を持たなかった。


 何もかもが降りるのではなく、剥がれていった。


 家の予定。

 就職の予定。

 家族の予定。


 彼が昔、世界の変動に対してすらまず自分の予定表がどうなるかを気にしていた、その予定表そのものが、一枚ずつめくられていった。最後に残ったのは「今週どこへ住むか」「配給は何時から並ぶか」「父はまだ生きているのか」「母はどこまで壊れるか」くらいのものだった。彼は予定表の上にいた。今や予定そのものから外へ投げ出されつつあった。人はそこへ落ちるとき、自由にはならない。ただ予定外になるだけだ。


 転居先は、旧市街地の外れにある「共同生活区」だった。


 共同住宅と政府は呼んだ。元々は古い公営団地を改修したものらしい。狭い。薄暗い。壁は薄く、廊下は湿っていて、窓の外には別の棟の壁しか見えない。入居者の大半は、京太郎たちのように上層から落ちてきた者か、旧体制の職を失った者か、地方から職を求めて流れてきた者だった。つまり、貧民街というより、敗者の集積所である。そこが京太郎にとっていっそう不快だった。昔から貧しい人間がいる場所ではない。つい最近まで、みな自分の生活の方がまともだったと思っている人間ばかりが、隣室の物音に苛立ちながら詰め込まれている。貧しさに誇りなどない。あるのは、互いの没落を見たくないという薄い羞恥だけだ。


 母はみるみる黙った。

 父の不在より、台所の狭さにやられた。

 自分の鍋を置く棚がなく、冷蔵庫が小さく、洗面台に化粧品を広げられない。

 人間は思想で壊れるのではない。しばしば収納の減少で壊れる。


 京太郎はそこで初めてアルバイトを探した。だが仕事もまた、彼が知っている仕事ではなかった。国家奉仕配分局に登録し、待ち、割り当てられるのを待つ。自分で選ぶのではない。選択肢を比較するのでもない。履歴書を書いて自己PRをするのでもない。誰かが「お前はここ」と決める。それだけだ。彼はそこで、就活というあの湿った儀式ですら、まだ選ぶふりをさせてもらえるぶん贅沢だったのだと知った。今や彼に与えられるのは、倉庫か、配給所か、清掃か、荷役か、臨時事務か、その程度だった。


 配属先は港湾近くの共同倉庫だった。


 倉庫と言っても、最先端の物流拠点ではない。再配分された物資、押収された生活用品、備蓄食料、工場部品、軍需転用前の半端な資材、そういうものを雑多に積んでおく場所だ。夏は暑く、冬は寒い。埃が多い。現場監督は怒鳴り、作業表は日ごとに変わる。京太郎はそこで、初めて自分の手が何の役にも立たないと知った。勉強はそこそこできる。顔も悪くない。だがコンテナを運ぶ力にはならない。帳票整理をやらせても、隣の中年女の方が速い。体力でも、要領でも、彼は中途半端だった。中上層の子弟がよくそうであるように、彼は「それなりに何でもできる」つもりでいた。しかしその「それなり」は、環境が整えられていたから見えた輪郭にすぎない。倉庫では、輪郭の薄い器用さは何の価値にもならなかった。


 昼休み、彼は配給のパンを齧りながら、何度も自分の手を見た。


 以前の自分は、何者になろうとしていたのか。官僚か、企業か。

 結局どっちでもよかった。

 「別にそんな大したことじゃないよ」と言えていた。


 その無邪気さが、いまはひどく遠かった。

 遠いのではない。殺されたのだ。

 しかも銃でではなく、配給表と差押命令と共同住宅の合鍵で。


 ある日、倉庫の壁に貼られた啓発ポスターを見て、彼はしばらく動けなくなった。


 予定された人生を拒否せよ。

 失敗を個人の責任として受け入れるな。

 未来を予定表から奪還せよ。


 あの日、志門杏里から渡された紙と、ほとんど同じ文句だった。


 だが今、その言葉は別の意味で彼を殴った。

 自分は予定された人生を生きていた。

 しかも、それが当然だと思っていた。

 だがいざ予定表から落ちたとき、失敗を個人の責任として受け入れるなという言葉は、彼を慰めなかった。

 なぜなら彼の失敗は個人の努力不足ではないが、それでも誰も彼を救ってはくれないからだ。


 構造を知っても、パンは増えない。

 不公平だと理解しても、父は戻らない。

 自分の特権を理解しても、共同住宅は広くならない。


 そこにあったのは思想的救済ではなく、もっと裸の事実だった。

 お前はもうブルジョワではなく、大貧民だ。

 それだけである。


 京太郎は、そのあとさらに落ちた。


 母が倒れたのだ。重病ではない。栄養と睡眠が足りなくなっただけである。だがその「だけ」で人は十分に崩れる。共同住宅へ移って以降、母は食べる量が減り、夜中に何度も目を覚まし、父のことを聞きに役所や配給所や監督局へ行っては追い返されていた。ある朝、狭い台所で急に膝から崩れ、皿が割れた。京太郎は倉庫を休み、母を病院へ連れていった。だが病院もまた、以前知っていた病院ではない。待つ。紙を書く。家族の既往歴より先に職業と奉仕区分を聞かれる。京太郎はそこで、自分の家族がいまや「優先度の低い敵対階層」として処理される側へ回ったことを、嫌になるほど実感した。


 その日、彼は帰り道に、雨の中で吐いた。


 何か腐ったものを食ったからではない。

 惨めさが、ようやく身体にまで降りてきたからだ。


 彼はもう、幸福な少年ではなかった。

 だが不幸な英雄にもなれなかった。

 彼に与えられた役は、もっと低い。

 ただ転落すること。

 予定表の上で当然のように未来を前借りしていた人間が、もはや下層を搾取できなくなり、社会の最下層へ落ち、その落差を噛み締めること。


 倉庫の夜勤を終え、共同住宅へ戻る早朝、彼はふとガラス窓に映った自分の顔を見た。


 痩せていた。

 目の下に隈があり、髪は雑に切られ、肌は荒れていた。

 それでもまだ、顔立ちそのものは崩れていない。

 だから余計に惨めだった。

 昔なら、整った顔は入口になった。

 いまは何の交換価値にもならない。


 彼はそのことに、ほとんど泣きたくなるほど傷ついた。

 人間は、自分の優位が完全には失われていないときより、失われたのに痕跡だけ残っているときの方が深く傷つく。

 元ブルジョワの顔。

 現大貧民の服。

 その組み合わせは、道化に近かった。


 家へ戻ると、共同住宅の廊下には味噌と湿気と古い洗剤の匂いがこもっていた。隣室から子供の泣き声が聞こえ、別の部屋では誰かが夫婦喧嘩をしていた。床は冷たく、壁は薄い。彼は配給袋を持ったまま、しばらく扉の前に立ち尽くした。中に入れば母がいる。狭い部屋がある。疲れた布団がある。だがその全部は、彼が昔「普通」と呼んでいた生活からあまりにも遠い。


 それでも入るしかない。


 これが彼のこれからだった。


 大きな理想もない。革命の担い手にもならない。社会主義の英雄にも、反体制の烈士にもならない。ならないのではなく、なれなかった。彼は何も考えず好きなことだけして生きていける環境が与えられていたから。彼にはおよそ考えというものがなく、あらゆる思想に対するアレルギーが染み付いていたから。彼は海に漂うゴミか何かでしかなかった。


 ただ、かつて当然と思っていたものを全部失い、それでもなお生き残る。

 その生き残り方そのものが、最も醜い屈辱として積み上がっていく。


 そしてその壊れ方は、まだ序の口だった。


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