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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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破滅加速

 四月二十四日の朝、世界は最初、それを事故だと思った。


 キャンベラで最初の映像が流れた時、キャスターはまだ落ち着いていた。上空からの黒煙。行政街区の一角に立つ炎柱。通信が不安定なまま入ってくる市民の動画。画面の下には速報帯が走っているが、読み上げる声はまだ「大規模爆発」「原因不明」「当局確認中」の範囲を出ていない。人は本当に異常なものを最初から異常としては受け取らない。あまりに大きいと、むしろ知っている箱へ押し込もうとする。


 だが、三分後にはもう無理だった。


 同時刻に、プレトリアでも、ブエノスアイレスでも、同じ種類の黒煙が立った。

 しかも黒煙だけではない。

 上空からの爆撃映像に続いて、地上の固定カメラが捉えたものの方が、各国の軍人を青ざめさせた。

 それはテロリストのトラックでも、ゲリラの待ち伏せでも、都市暴動の延長でもなかった。

 砲列だった。

 戦車だった。

 装甲歩兵戦闘車らしきものの縦隊だった。

 道路と広場と官庁街を、まるでどこかの先進国軍の教範に従っているかのような速度と間隔で、ただし既知のどの軍よりも乱暴な火力で切り裂いていく、正規軍の地上戦そのものだった。


 そこが世界を凍らせた。


 二十一世紀の人間は、首都に対する暴力を知っている。

 テロも知っている。

 無人機の群れも、サイバー攻撃も、発電所や港への破壊工作も知っている。

 だがそれらは、どこかでまだ「国家ではない者の攻撃」だと理解できる。

 今回、画面の中に現れたのは違った。

 誰とも分からない集団が、国家の中枢へ対して、国家が国家へ対して行う種類の戦争を、しかも迷いなく首都そのものへやっている。

 首都は象徴ではない。

 国家そのものだ。

 それを徹底的に打つ。

 官庁街だけでなく、避難で詰まった高架道路も、広場に溜まった群衆も、議事堂の石段も、行政区を囲む住宅地も、区別なく吹き飛ばしていく。

 人民も建物も、最初から同じ重さで標的に置かれていた。


 キャンベラでは、連邦議会の白い壁が、午前八時台のうちに崩れた。

 映像には、破片と煙のあいだで、何か長すぎる砲身の影だけが一瞬だけ映り込んでいた。

 それが戦車なのか、自走砲なのか、もっと別のものなのか、誰にも分からない。

 だが一つだけ分かる。

 既存の装甲車両のシルエットではない。

 それに、速すぎた。

 市街戦ではありえない速度で通りを切り、旋回し、次の一撃を入れる。

 砲撃は重く、しかも着弾の様子がどこかおかしい。

 爆発はする。

 だが、爆発の前に何かが空気ごと押し潰すような、ひどく乾いた衝撃が先に来る。

 現場の兵士たちはそれを説明できなかった。

 説明できないまま死ぬ者の方が多かった。


 プレトリアでは、政府庁舎街へ向かう幹線で避難車両が詰まり、その列の上からまとめて焼かれた。

 砲火の中に、明らかに既知の火砲や戦車砲よりも長く直進し、しかも着弾した後の破壊様式が異質なものが混じる。

 南アフリカ軍の現地指揮官は最初、誘導爆弾か対戦車ミサイルの群れだと思った。違った。

 空からだけではない。

 地上から来ている。

 しかも地上から来る火力の方が、空爆より強い。

 その理解に到達した時点で、もう首都の外縁は破られていた。


 ブエノスアイレスはもっとひどかった。

 人口が多い都市は、打撃を受けた時の映像もまた濃い。

 広幅員道路を逃げる人波。

 高層建築のガラスがまとめて崩れる音。

 上からではなく横から来る火力で、街区ごと切り裂かれる中央部。

 そして何より、首都中心へ突入してくる機甲縦隊の映像。

 観測手や歩兵を先に薄く散らし、砲火で交差点を潰し、遮蔽物を消し、突撃路を開け、そこへ重い車体が雪崩れ込む。

 都市の中心を抉るための手順としては、驚くほど古典的だった。

 古典的で、だからこそ世界中の軍人に通じた。

 彼らは映像を見ながら、何が起きているのか分かってしまった。

 分かってしまったからこそ、なおさら恐ろしかった。

 これは狂人の乱射ではない。

 都市を奪うための、正規の、しかも洗練された地上戦だ。


 ワシントンでは、統合参謀本部の地下会議室が朝から荒れていた。


 将官たちは最初の十分、誰も「地球防衛軍」という語を口にしなかった。

 まだ情報が足りない。

 正体不明武装勢力。南半球同時侵攻。未確認重装備。未知の火力投射手段。

 そういう乾いた語ばかりが並ぶ。

 だが、数か月前から一部で回っていた極秘映像を知る者は、その時点で悟っていた。

 インド洋で消えた哨戒群。

 オーストラリア北方で消息を絶った英軍の先遣隊。

 映像記録の途中で、最新の西側戦車が何に撃たれたかも分からないまま穴を開けられ、熱源ごと消えていく数秒。

 それらは事故として処理されかけていた。いや、処理したかった。

 自分たちの最新兵器をさらに上回る何かがいる。それは軍事大国にとってほとんど自尊心の死に近いからだ。

 だが、もう隠せなかった。隠せない規模で、そいつが首都を焼き始めた。


 ロンドンでも同じだった。

 英国軍の分析官は、南半球から上がる断片映像を一つずつ見て、顔色を失っていく。

 砲撃の間隔。車体の動き。被弾した側の破壊の仕方。

 どれもどこか既知の延長に見える。だから対処できそうに錯覚する。その錯覚が、次の瞬間に壊れる。

 既知の延長なら、この距離で、この反応時間で、この速度はありえない。

 既知の装甲車両なら、この重量感と機動は両立しない。

 既知の砲なら、この貫徹と破壊範囲は同時に出ない。

 つまり映像の中にあるのは、「見慣れた地上戦の文法」を使いながら、「見慣れた兵器体系の前提」だけを裏切る何かだった。


 世界中のニュース番組は、その日、午後までに一つの短い映像を何十回も流した。


 顔は映らない。黒い背景。世界地図。白い手袋の片手。

 声だけ。


 「世界は腐敗した。資本主義は人類を腐らせた。進歩主義は腐敗を飾り立てた。来るべき破滅は不可避である」


 そこで一度だけ、音が切れる。

 その沈黙が嫌に長い。

 長いのに、向こうはわざと待っている感じがしない。

 人間の怒りではない。

 もっと確信に近い温度だった。


 「ならば、我々の世代のうちに破滅するべく、これを早める」


 それだけだった。

 改善要求はない。撤兵要求もない。捕虜交換もない。国家承認もない。革命宣言ですらない。

 ただ、世界が存在していること自体へ死刑を宣告している。

 そこに譲歩の余地がないことを、どの国の政府もすぐに理解した。

 交渉相手ではない。

 要求を持つ武装勢力でもない。

 自分たちが生きている文明そのものを「廃棄対象」と見なす何かだ。


 そして、その何かが、ただのテロ組織ではなく、首都へ機甲戦力を突っ込ませる。


 そこがこの世界の午後を永久に変えた。


 キャンベラの街路では、撃ち返そうとした豪軍装甲部隊が、ほとんど対戦にならないまま消えていった。

 交差点へ出る。照準をする。その前に、向こうの火力が来る。正面装甲が破られる。砲塔がずれる。熱と金属の雨だけが残る。

 生き残った兵は、敵を「見た」と証言できなかった。見たのは影だけだ。長すぎる砲身。低すぎるシルエット。信じられない速度で建物の影から影へ移り、撃って、消える何か。

 それが一両なのか、一個中隊なのかすら、現場では区別がつかなかった。戦場認識を与えない。

 それが彼らの恐ろしさだった。


 プレトリアでは、政府高官の避難車列がまとめて粉砕されたあと、南アフリカ軍が防衛線を再編する前に、もう市街の芯へ重い車列が流れ込んでいた。

 歩兵はいる。

 だが歩兵は主役ではない。

 従来の反政府勢力や聖戦組織のように、人間を爆弾として使うのではない。

 まず火力が街を沈黙させる。次に装甲がその沈黙の中を進む。歩兵はその後ろで残りを確認し、片づける。

 順番が完全に正規軍なのだ。

 しかもその正規軍が、国家を名乗らず、軍制も編制も装備名も、一切不明。


 ブエノスアイレスでは、午後のうちに中央部の地図が役に立たなくなった。

 役所も、新聞社も、駅も、広場も、同じ密度で打たれる。

 都市の骨格を抜くためではない。

 都市そのものを叩き潰すためだった。

 人間を生存条件から切り離して降伏させるのではない。

 人間そのものも、建物そのものも、最初から同じく敵なのだと、砲火が正直に語っていた。


 東京では、その映像を見た人々が、最初は言葉を失った。

 それから、ようやく「戦争だ」という単語が出た。

 だがその単語でさえ、どこか弱かった。

 戦争という語は、まだ相手を国家だと仮定している。

 今やっていることは、国家の戦争の文法を借りながら、国家という説明そのものを拒絶する何かだった。


 四谷賢一は、その映像を幕僚とともに地下会議室で見ていた。

 誰も喋らない。

 モニタに映るのは、炎と、砲撃と、崩壊した議事堂と、逃げる群衆と、名前のない重装甲の影だけだ。

 四谷だけが、途中で一度だけ小さく息を吐いた。


 彼は知っている。

 あれが自分たちの敵であることを。

 しかも、ただの敵ではない。

 自分と似ていて、自分よりさらに徹底している敵だ。

 第二ソ連は破滅の上に国家を建てようとする。

 だが地球防衛軍は、国家という形式すら最後には焼き払いたがっている。

 その差は、思想としてはわずかに見えて、戦争では致命的だった。

 同族嫌悪とは、たいてい細い差異にいちばん燃える。


 「正規軍だ」


 誰かが、ひどく遅れて言った。

 たぶん神代だった。

 あるいは榊原かもしれない。

 その程度には、部屋の全員が同じ感覚を共有していた。


 四谷は目を離さずに答えた。


 「違う」


 声は低かった。


 「正規軍のふりをした終末だ」


 その一文だけが、部屋の空気へ落ちた。


 アメリカ軍もイギリス軍も、すでに一度それに触れていた。

 自分たちの最新兵器が、未知のより新しい火力の前で無意味になる感覚。

 砲の届くはずの距離が、届く前に逆転する感覚。

 装甲が信じていた厚みが、計算そのものを裏切られる感覚。

 軍事大国にとって、その敗北は単なる損害ではない。

 世界の見方そのものの破綻だ。

 その破綻が、今や南半球の首都で公衆の目の前に晒されている。


 そして世界はまだ、何も知らない。


 あの部隊が何個旅団なのか。

 何個師団なのか。

 砲の口径は。燃料は。補給は。編制は。名前は。誰が指揮しているのか。

 分かっているのは一つだけだ。

 彼らは自らを地球防衛軍と呼び、世界を現在生きている人類から防衛すると宣告し、その宣告を、首都へ重装甲を突っ込ませる形で実行している。

 それだけだった。


 夕方には、各国の首都で同じ質問が繰り返されていた。


 どこから来た。何者だ。なぜこんな装備を持っている。なぜ首都を撃つ。何が目的だ。


 答えはどこにもなかった。

 答えの代わりに、黒煙と、潰れた庁舎と、焦げた装甲車と、同じ宣告文だけが残る。

 それが、地球防衛軍の本格的登場だった。


 その日を境に、世界のすべての戦争は、以前のものではなくなった。

 国家が国家へ戦う時代は、まだどこかで理性の残骸を装えた。

 だがいま現れたのは、理性の形だけを借りて、人類そのものを戦場に置く軍隊だった。

 軍隊。

 そう呼ぶしかない。

 だからこそ、なおさら怖かった。


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